第18話 エドヴァルドの告白

 性別に関係なく結婚ができるように、国王の一人であるセカンドは国を変えようとしている。城下町をうろついて情報を仕入れてから、エドヴァルドの屋敷に戻ったイサギは、考えすぎていて、周囲が全く見えていなかった。

 玄関で躓いて転びそうになったところを、迎えてくれたエドヴァルドが受け止めてくれる。発達した大胸筋に顔を埋める形になって、エドヴァルドの付けている爽やかな匂いの香水に、イサギは頭がくらくらとした。下半身に熱が集まってきてしまうのは、好きな相手に触れれば仕方のないことだろう。


「無事にやり遂げたようですね」

「せやけど、サナちゃんは明日レンさんを口説かなあかんし、俺はエドさんの失くしたもんを……エドさん、何を失くさはったん?」

「私は……何も失くしていませんよ」


 逡巡して答えたエドヴァルドに、イサギは違和感を覚えた。呪われている間は、その呪いを自身で感知できなかったり、呪いの内容を口にできなかったりするものだ。

 失くした物に関して、エドヴァルドは話すことができないのかもしれない。

 与えられている情報は、クリスティンからのものだけだった。


「お帰り、イサギさん。首尾よくやったようだね」

「ファースト女王さんの伴侶さんの呪いは解けたんやけど、エドさんと結婚するためには、失くしもんを見つけなあかんのや」


 明日のサナとレンとの話し合いの場にも、レンから「ちゃんと話せるか不安やけ、おってくれんね」と頼まれたし、セカンドからも「ご自分の願ったことの結末を見ずにいるのはよろしくないと思われますよ」と言われてしまった。

 目の前でサナがレンに振られてしまったら、イサギはエドヴァルドの失くし物を探すどころではない。


「勘違いしているだけかもしれませんよ。思春期によくある憧れのようなもので、年が過ぎれば私のような年上の男性と結婚しようと思ったことを後悔します」

「勘違いで、たへんよ」

「た……!?」


 豊かなエドヴァルドの胸に顔を埋めれば、イサギの中心は反応する。露骨な表現が15歳のイサギの口から出て来ると思わなかったのか、エドヴァルドの白い頬が赤くなった。

 潔く頭髪を剃っていて、スキンヘッドなので耳も首筋も赤くなっているのが良く見える。頬に手を当てているエドヴァルドは、そういう欲望に晒されたことがないのだろう。

 確実な欲を持って、イサギがエドヴァルドと結婚したいと思っていることが、ようやく通じた気がしたが、意識され過ぎて避けられてしまうと寂しい。


「失くしもんを見つけても、18歳までは結婚したらあかんて、ファースト女王に言われてしもた」

「そうですね、それまでに気が変わるかもしれませんし」

「やけど、俺は女王さんに認められた、エドさんの婚約者やで」


 失くし物を見つける期限は切られていない。諦めずに探し続ければ見つかるかもしれない。

 夕食を同じテーブルで食べたが、朝よりも給仕の使用人たちの態度が硬化しているのは、大事な公爵家の長男を15歳の同性の子どもに渡したくないからだろう。針の筵でもエドヴァルドがそばにいれば平気だったが、食事が喉を通らないのは体力的にきつい。

 セイリュウ領にいた頃は食べないでも平気だったのに、死んだように同じことを繰り返すだけの毎日から、必死に城下町を歩き回り、考え、解決策を探し続ける活動的な日々は、イサギを変えた。恋はひとを変えるというが、イサギも例外ではなかったようだ。

 ほとんど食べないままに部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。


――身を飾るもの。テンロウ家の紋章が入っている。二つで対になっていて、魔術が込められている。失くしたのは一つ。一つでは魔術は発動しない


「『二つで対に』って指輪やと思うてたけど、イヤリングもそうやな……ブレスレットもアンクレットも、よう考えたら、両手首、両足首に付けるんやったら、対に違いないし、二連のネックレスっていうのもありえへん話やないな」


 考えれば考えるほど、候補は増えていく。

 失くした場所だけはセイリュウ領と分かっているのだから、セイリュウ領に一度戻った方が良さそうだ。

 廊下をてくてくと歩いてエドヴァルドの部屋に向かう廊下でも、ひそひそと使用人がイサギを見ながら聞こえよがしに話しているのが分かる。

 俯きそうになった顔を上げて、イサギは真っすぐに前を見て廊下を歩いた。

 ドアをノックすると、エドヴァルドがパジャマ姿で出て来てくれる。


「まだ寝ていなかったんですか。何か困ったことがありましたか?」


 使用人の態度が違っていたことに、エドヴァルドも気付いてくれていた。それが分かっただけで、じわりと涙が滲んでくる。優しい柔らかな低音に、穏やかな微笑み。


「え、エドさん……ふぇ、ひっく……」

「イサギさん?」


 セイリュウ領を出てから、ずっと張りつめていた緊張の糸が切れたイサギは、エドヴァルドの顔を見たら泣き出してしまった。大きな逞しい腕がイサギを抱き締めて、髪を撫でてくれる。

 ここ数日で色んなことがありすぎて、15歳のイサギにはキャパシティーオーバーで、うまく言葉にならない。嗚咽を漏らして泣いていると、エドヴァルドが抱き締めたままで優しく間近から囁きかけてくる。


「イサギさんは頑張っていると思います。こんな風にイサギさんを傷付けたくなかったから、結婚はお断りをしていたのに……」

「ち、ちが……違うんや。こんくらい、我慢できる……俺は平気や」


 色んなことがありすぎて、自分が疲れているのだと気付いたイサギは、エドヴァルドの腕から抜け出して借りたパジャマの袖で涙と洟を拭こうとした。それより先に、エドヴァルドがイサギの手を引いて部屋の中に入れてくれて、タオルで顔を拭いてくれる。

 甘い砂糖菓子と紅茶を出してもらって、その暖かさと甘さに、イサギはほっと息を付いた。


「イサギさんのことは、嫌いではありません……」

「エドさん?」

「どちらかといえば、好きです。私が結婚をずっと拒み続けている理由も、私が女性を愛せないからなのです」


 女性に対して、抱きたいとかそういう欲望がわかないことに気付いたのは、エドヴァルドがイサギよりも年下の頃だった。魔術学校の同級生は、どんな女性が好みだとか、あの子は胸が大きい、お尻が大きいだとか、そういう話をするのに、どうしても馴染めなかったのだ。

 言いづらかったであろう事実を語ってくれたエドヴァルドに、イサギは目を丸くしていた。


「エドさんは、俺が、好き?」

「女性と結婚しても、相手を不幸にさせるだけ……女性を抱くことができなければ、子どももできません。子どもの産めない妻が、貴族社会で非難されるのは、私は嫌なのです」

「せやったら、俺と結婚したらええんやない?」

「イサギさんと結婚すれば、イサギさんが責められることになるんですよ?」


 女性を抱けないことでエドヴァルドが責められるよりも、イサギが片思いをして国王の頼みを叶えた褒美にエドヴァルドと無理やり結婚した形をとった方が、彼の立場を守れるのではないだろうか。

 女性に興味がないからといって、男性に興味があるとは言っていないが、それならば、政略結婚ではよくある性行為のない『白い結婚』で構わないわけだ。


「俺はエドさんが嫌やったら、何もせんでいいし……そら、俺もお年頃やし、イロイロ、シたいに決まっとるけど、でも、大好きなエドさんが家に帰ったらおってくれて、一緒にご飯が食べられるだけでも、俺は幸せや!」

「無欲ですね……そんなだから、嫌いだって嘘でも突き放せないんじゃないですか」


 ため息を吐くエドヴァルドに、紅茶を飲み干したイサギは砂糖菓子のおかげで空腹も少しは紛れて、元気になっていた。立ち上がって、エドヴァルドにお願いをする。


「き、キスして、くれへん?」

「キス、ですか?」

「7歳のときに、してくれたやん」


 健康で大きくなりますようにと、願いを込めて額にくれたキス。

 あのキスしてもらったらどんなことでも乗り越えられる。

 もじもじしながらお願いすると、大きな手が前髪を掻き上げて、額にエドヴァルドの唇が触れる。真っ赤になって額を押さえたイサギは、でれでれとにやけが止まらないままで、エドヴァルドに告げた。


「明日、サナちゃんと一緒に、セイリュウ領に一度帰るわ。そんで、エドさんの失くしもんを見つけてみせる」


 決意したイサギは、エドヴァルドと離れても頑張れるような気がしていた。

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