第17話 新たな試練
女王ファーストの伴侶は、リュリュという名前の15歳の少年だった。15歳のリュリュと20歳のファーストは、釣り合わない年齢ではない。
抱き締め合った二人が結婚を約束するのを見守ってから、ようやく二人の世界から帰ってきてもらおうとイサギは声をかけた。
「呪いを解いたもんには、何でも褒美をくれはるって話でしたけど……」
「あぁ、良かろう、欲しいものを言ってみよ」
ソファにゆったりと座り、顔を真っ赤にしたリュリュを膝の上に抱き上げて泰然としているファーストは、やはり女王の風格がある。解呪の魔術を生まれながらに持つファーストと、解呪の歌声を持つリュリュは、魔術師の血統としても相性が良いし、リュリュを大事にしている様子からファーストが結婚を反対するものは許さないだろうというのは見て取れた。
自分の恋を成就させた女王には余裕があるはずだ。
「サナちゃん……セイリュウ領の領主、サナ様と、こちらのレンさんとの結婚を許したってください」
「俺が、サナさんと結婚すると!?」
驚いて思わず素で喋るレンに、ファーストはセカンドに視線を投げた。セカンドは姉にそっくりな顔で穏やかに微笑んでいる。
「私は構わないが、セカンド、お前は?」
「そうですわね、サナ様が直接レン様を口説き落とせたら、構いませんわ」
あくまでも自分はレンの意思を尊重するという態度のセカンドに、レンは戸惑っているようだった。サナにはすぐに通達が出されて、明日には王都に呼ばれるという。
「そ、それだけやなくて、俺とエドさん……テンロウ領の長男、エドヴァルドさんとの結婚を許して欲しいんです!」
「エドヴァルドは男性で、そなたも男性であろう」
「お、男同士やったら、結婚したらあかんのですか」
学友だと聞いていたが、どこかサナに雰囲気の似ているファーストの物言いに、イサギの膝が震えて、喉が凍り付きそうになる。ここで泣いて、退いてしまえば、エドヴァルドを手に入れる機会は二度と訪れない。
「俺が男に生まれたのも、エドさんが男に生まれたのも、自分の意志で選んだことやないでしょう。自分で決められへんことで、結婚したらあかんとか、好きになったらあかんとか、理不尽やないですか?」
「そなたは幼いから分からぬのかもしれぬが、貴族や王族の結婚は、その血脈を繋ぐこと、また政治的な意味があるのだぞ。男性同士では、子どもが望めないことは分かっておろう」
そのせいで王家の血を引くエドヴァルドは、子どもを作るように妾を持たされるかもしれない。そもそも、イサギの方がエドヴァルドを愛していても、エドヴァルドの方がイサギを愛していないかもしれない。
「貴族や王族の結婚に、本人の意思が尊重されることがほとんどないのも、確かだ。褒美に何でも与えると言ったのは私であるし、褒美が一つとも限定していない」
「ほんなら……」
「ただし、条件として、エドヴァルドが失くした物を見つけ出すこと。そして、そなたが18歳になっても結婚の意思が変わらなければ、エドヴァルドとの結婚を許そう」
父親のテンロウ公爵よりも、女王の命令が優先されることは間違いない。
完全に否定はされなかったが、ファーストの伴侶の金糸雀の呪いを解けばエドヴァルドと結婚出来て大団円だと思っていたのに、次はエドヴァルドが失くした物を見つけ出さなければという問題が立ち塞がった。
8年間もそれを理由にエドヴァルドは結婚を拒んでいて、息子を結婚させたいテンロウ公爵が手を尽くして探したに違いないのに、見つからなかったもの。それが何か教えてももらえないのに、探さなければいけない。
新たな試練に打ちひしがれそうになったイサギに、ファーストはイサギの手に吊るされてじたばたと動く人参マンドラゴラを白い手袋をつけた手で指さした。
「それ、もらえるか?」
「なんかに使います?」
育成状態のいい生きのいい人参マンドラゴラは、生命力の維持にも使える。文献に書かれていたので、死にかけていた金糸雀の延命にも使えるかもしれないと、紐で縛って捕獲していたのだが、受け取ったファーストはリュリュの手にそれを握らせた。
「そなたと私を助けてくれた人参だ」
「可愛いですね。名前を付けて飼いましょう」
「良かったなぁ、脱走一号。もう逃げるんやないで」
本来ならば首をはねられて、薬草として使用されるのだが、生きて飼われることが決まった人参マンドラゴラのために、豪華な陶器の大皿のプールが用意されて、そこにセクシーに脚を組んでぴちゃぴちゃと水を跳ね上げて寛ぐ人参マンドラゴラは、幸せそうだった。
ファーストとセカンドが去った応接室を借りて、エドヴァルドが作ってくれたサンドイッチとミルクティーで食事を摂っていると、自分の食事を持ってきたレンが隣りに座る。
香ばしいスパイスの匂いが漂ってきて、覗き込んだレンの昼食は、弁当箱に詰めたカレーとトウモロコシ粉の薄焼きパンだった。
「少し食べてみんね。コウエン領では、三食これやったとよ」
「じゃあ、サンドイッチ、ひと切れ、どうぞ」
千切った薄焼きパンをカレーに付けて食べると、スパイスの辛さと鼻孔に抜ける香りが心地よい。親し気に話しかけてくれるレンは、イサギにとって、隣りに座っても食事の味が分からなくなるような怖い相手ではなかった。
「サナさんと俺が結婚って、想像がつかんとよ。だって、俺は捨て子やったし、たまたま拾ってくれた相手が領主の屋敷に仕えてた魔術師だった繋がりで、王都に俺の作ったもんが献上されて、セカンド女王の目に留まって……ただ、ラッキーなだけやったと」
「拾われるだけの才能があって、実力でのし上がったとか、めちゃくちゃ凄いと思うんやけど」
「俺は貴族でもなんでもないんよ」
母親が次の領主となったサナを恨んで、双子のイサギとツムギを暗殺に仕向けたために、領主の屋敷で暮らすことはできなかったので忘れかけていたが、一応、イサギは前のセイリュウ領の領主の息子であり、貴族としての地位も持っている。
そういうのを関係なくごく普通に叔父である養父も育ててくれたが、領主の屋敷で関係者以外持ち出し厳禁の薬草畑と薬草保管庫を預けられているというのは、それなりに領主の信頼があって、肉親であるという証でもあった。
公爵家ほどではないが、公爵家の人間と結婚してもおかしくはない身分を持っていたことに、イサギはレンの話を聞いて初めて気付いた。
「サナちゃんは、常々言うてたんや。『自分の決めた相手としか結婚せん』て」
魔術師は血統で能力が引き継がれるために、愛などなくとも、魔術師として才能のある相手と結婚することが多い。前の前の国王は本当に愛していたのは妾で、そちらと先に子どもができたが、やはり、魔術師としての能力の低い妾の国王の長男は、魔術師として能力の高かった本妻の産んだ国王の次男に王座を渡すしかなかった。
その件に関しては、長男が大人しくテンロウ領の優秀な魔術師の娘と結婚して、テンロウ公爵となったので問題はなかったのだが、一歩間違えば骨肉の争いが起きかねない事態でもあったらしい。
「国を変えていかないと、いけません」
応接室のドアを開けて入って来たセカンドに、立ち上がろうとしたイサギとレンを、白い手で彼女は制する。
「男女の夫婦でも子どもが産まれないことは多々あります。子どもが産まれても、才能がなければ棄ててしまう夫婦もいます。逆に、才能があるのにレン様のように棄てられてしまう子どももいます」
性別に関係なく結婚ができるように、魔術師としての才能だけではない領主の選定を行えるように、子どものない夫婦が棄てられた子どもを引き取れるように、制度を変えていかなければいけない。
「性別に関係なく、子どもが産める、産めないに関係なく、誰もが尊重される国を作らなければいけません。魔術師の才能に関係なく、領主が継げる制度も作らなければ、あの魔女のようなものがまた現れるでしょう」
夫が領主だったのに、才能で差をつけられて自分の子どもを領主にできなかったがために、次代領主を恨み、最終的には国まで乗っ取ろうとした魔女は、前セイリュウ領の領主の妻であり、イサギとツムギの母親だった。
「自分の決めた相手と結婚……」
「レン様、わたくしは、あなたが選んだ相手ならば、その結婚を心から祝福しますよ」
「貴族でなくても、公爵であるセイリュウ領の領主様と結婚して良いと、仰るのですか?」
突然提示された選択肢に、レンは戸惑っているようだった。
イサギもまた、セカンドの行いたい改革に驚いて声が出なかった。
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