第2話 従姉が『魔王』になったわけ

 アイゼン国の王妃が、双子の娘を産んで、お産に耐え切れず命を落とした後、長く国王は喪に服していた。娘たちは愛する王妃の命を奪ったものとして、名前すら与えられず、一番目ファースト二番目セカンドと呼ばれていた。

 二人が20歳の誕生日を迎えた年に、側近や周囲のものたちは、国にも娘にも目を向けない国王に一番目の娘、ファースト王女に王位を譲ることを勧めたが、国王はそれを拒んだ。

 挙句に、国王が再婚したのが黒い噂のある異国から来た魔女だったので、国は騒然となった。

 結婚後すぐに、セカンド王女に呪いがかけられて、それを助けようと駆け付けたファースト王女は妹の部屋で立ち尽くす。


「ファースト王女様、お逃げください」

「私が妹を恐れて逃げてなんになる!」


 勇猛果敢な騎士すら打ち勝てないと言われるファースト王女と、お淑やかで美しいものを好むセカンド王女。外見はそっくりだったが、全く違う性格の双子は、父親に顧みられない分だけ、寄り添って仲良く生きてきた。

 その可愛い妹が毒の息を吐く、醜いドラゴンの姿になってしまっているのに、ファースト王女は怯んでしまった。

 生まれながらにファースト王女は、解呪の能力を持っているのだが、それは互いに信頼関係がなければ発動することはない。


「国一番の魔術師、セイリュウの領主、サナ様をお呼びしております。ファースト王女は避難なさってください」


 セカンド王女が気に入って側仕えにしている、魔術具を作る職人、レンの叫びに、彼の身に着けているネックレスが弾けて飛んだ。防衛の魔術がかけてある魔術具すら破壊する毒の息に、レンは晒されている。


「妹を、私の妹を」

「サナ様が必ずお助けします。わたくしも、セカンド王女の御傍を離れません」


 誓うレンの魔術具が幾つ残っているのか。それが全て破壊されれば、レンの命すら危ない。

 騎士たち数名に無理やり部屋から出されたファースト王女は、直後に壁を打ち破る破壊音を聞く。醜いドラゴンの姿になったセカンド王女は、壁を破り、今は使われていない城の地下牢に自ら篭ってしまった。そこに厳重に結界を張り巡らせたサナは、ファースト王女に告げる。


「あんさん、はめられたで。多分、うちも」


 セカンド王女を醜いドラゴンに変えて、地下牢に閉じ込めた首謀者は、王位継承権を狙う妹が邪魔なファースト王女で、実行犯は国一番の魔術師であり、アイゼン王国で最大の領地を与えられているセイリュウ公爵、サナとされた。


「地下牢でどれほどセカンド王女はお寂しいでしょう。わたくしは、共に地下牢に参ります」

「あほかいな。みすみす死なせるわけにはいかん。この阿呆はうちが保護する。あんさんも、はよ逃げ」

「私は後ろめたいことな何もしていない。逃げれば、嫌疑が濃くなるだけだ」

「真実をしってはるのは、セカンド姫さんだけや。姫さんが元にもどられへんことには、どうにもならへん」


 死んでも構わないからセカンド王女のそばにいてできることをしようとするレンを捕まえてしまって、移転の魔術で領地に引き返すサナに、ファースト王女は立ち尽くした。


「私の解呪の魔術さえ発動していれば」


 後悔も虚しく、ファースト王女はセカンド王女の呪いを解ける魔術師を探して、海を渡り隣りの国に逃れることになる。



 それだけの大騒動があったにもかかわらず、サナの治めるセイリュウ領が平和でいられるのは、彼女が国一番の魔術師で、異国から来た魔女の後妻程度の魔術はものともしないからだった。

 「魔王のサナが第一王女と画策して国王の座を狙っている」という嫌疑も、領民は「サナ様はそんなことをなさる方ではない」と笑い飛ばし、黒い噂のある魔女の方を疑ってかかっていた。何より、領民を大事にするサナは、即座に領地の全土に結界を張り巡らせて、不審者が入り込まないようにしていたのである。

 王都の魔術学校で魔術を学んだサナは、ファースト王女とセカンド王女と学友だった。年はサナの方が上だが、解呪の能力については他に追随を許さないファースト王女と、防衛の魔術においては素晴らしく秀でているセカンド王女。攻撃の魔術特化のサナは、亡くなった王妃の血縁で家柄が良かったのもあって、二人と魔術談義を交わし、友情をはぐくんだ。

 現在は、セイリュウ領に本格的な魔術学校を作り、優秀な魔術師を育てようと他の領地からも集めている。この世界において、魔術師は完全に血統で強さが決まるので、魔術師同士が出会う場所としても、魔術学校は貴重である。

 国が荒れているのも、領地がまともに機能していて、ある意味王都と切り離されていれば領民には関係がない。

 ただの領民に過ぎないイサギには、この事件は全く関係のないことのはずだった。

 イサギは双子の妹のツムギと一緒に、セイリュウ領の領主の屋敷の薬草畑を任されて、魔術薬や魔術具を作る材料を育てている。セカンド王女の頑固な側仕えを保護のために連れてきたサナは、レンという名の彼が仕事ができるように環境を整えているようで、求められる薬草の数も種類も増えている。


「サナちゃんが助けるやなんて、相当凄い御人なんやろか」

「惚れちゃったんじゃないの?」

「サナちゃんに、恋心とか、あるわけ?」


 あの『魔王』なサナに、人間らしい感情があったのかと驚くイサギは、かなり不敬である。

 どの領地の出身かすぐに分かるように、何十代も前の国王が、その領地固有の訛りを使うようにという法令を出したが、それも廃れてしまった現在だが、セイリュウ領の人間は、他の領地から言わせてみると、訛っているのだと言われることがある。同じく、南のコウエン領のものも訛っているらしいが、セイリュウ領の喋り方とは違うらしい。セイリュウ領から出たことのないイサギは自然に喋っているので自分の訛りに気付いていないが、劇団で王都へも呼ばれることのあるツムギは、できるだけ訛りのない喋りを心掛けている。


「サナちゃん、最近、新しい着物作らせたってよ」

「嘘やん……ほんまに惚れてるてことか!?」


 実のところ、イサギとツムギは、サナの従弟妹いとこだった。魔術師としての才能もあるし、魔術騎士として働こうとすればできないこともないのだが、理由があって二人は戦うことを拒んで、サナとの関係も利用することなく、領主の屋敷の下の方で細々と仕事をしている。

 国一番の魔術師として、最高の血統を持つサナに、その血や能力、また国で一番大きな領地の領主であるという地位を目当てに求婚してくる輩は少なくない。


「うちは、自分の好きなひと以外とは結婚する気はあらしまへん。無理やりになにかしよう思うたら、雷に撃たれて、不幸なことになってまうかもしれへんね?」


 持ち込まれるお見合いを全て笑顔で断り続けるサナが、珍しく自分で連れ帰った男性が、レンである。保護するだけならば、部屋に閉じ込めるなり、屋敷から出られないような魔術をかけるなりすればいいだけなのに、彼の仕事環境も整えようとしている。

 それだけ彼が優秀な魔術具の作り手だということは、王都から離れたセイリュウ領にも届いていた。コウエン領の出身である彼が、王都に引き抜かれ、防衛の能力を持つセカンド王女に気に入られ、異性ながら側仕えとして、共に防衛の魔術のかかった魔術具の研究をしていたというのは、有名な話だ。

 二人の間に恋愛感情があったのかどうかは分からないが、コウエン領で捨て子だったのを魔術師が拾ったというレンが、アイゼン国でたった二人の王女と釣り合うはずがない。


「釣り合う、か……王族は結婚もままならんのやな」

「サナちゃんだったら、そういうのぶっ飛ばして、『うちが惚れたんや! 結婚する!』で通しちゃいそうだけどね」

「それはそれで、側仕えはん、お気の毒やわぁ……」


 王位継承権を持つ王女にすら容赦せず口出しするサナは、気の強さ以上に、魔術が強い。名実共にこの国一番の魔術師で、自分の命を狙う輩は、容赦なく丸焦げにしていくのだから、魔女の後妻の王妃の命であってもサナを狙って王都から攻めて来られる勇敢という名の無謀な命知らずの騎士はいないのだ。

 魔術騎士ならば、尚更、サナの恐ろしさはよく分かっている。世の中には絶対に勝てない相手というものがいるのだ。

 それ故に、サナは『魔王』の汚名を嬉々として着せられていた。


「俺らが何言うたかて、サナちゃんには届かへんのや」

「ひとの話聞かないからね」


 双子は顔を見合わせて、仕事に戻った。

 日も暮れ始めている。セイリュウ領は今日も平和である。

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