いずみハイツの住人
二蝶 いずみ
第1話 ハマダ
「また、だ。」
築二十年の四階建て賃貸マンション「いずみハイツ」。
黄色の外壁に、マンション名を型どったプレートが埋め込まれている。
この、黄色いいずみハイツ二階西端の一室で、ハマダが観ていたテレビの画面にノイズが走った。
ハマダはこのハイツに転がり込んできて半年になるが、近頃は部屋にいても全く落ち着かない。夜だって、ゆっくりと眠れた試しがないのだ。
実はこの部屋では、テレビのノイズだけでなく、昼夜構わず、奇妙なことが立て続けに起きていた。
お茶を淹れるためにつけていた、コンロの火が、いつの間にか消えている。
ダイニングの椅子が、突然がたんと音をたてる。
買い置きしていた食パンの一枚だけが減っている。
熱いシャワーが好きなのに、気づけば給湯器の温度が三度下がっている。
夜中には、誰かが布団に覆い被さってくるような感覚になり、身動きが取れなくなる。
およそ科学的に説明のつかない現象の数々にハマダは困り果てていた。
知人に相談したところ、それは部屋に悪霊が住み着いているのに違いないからと、お祓いを勧められた。
そこで管理人に許可を得て、お祓いをすることになった。
よく晴れた日曜の朝、拝み屋が来た。
管理人立ち会いのもと、拝み屋がハマダの部屋に案内された。
拝み屋は、名前をモリベといった。
年の頃六十そこそこのベテラン風だ。
モリベは、管理人とハマダを立たせたまま、さほど説明を聞こうともせず、部屋のなかをぐるりと見回してから、ハマダの顔をじっと見た。
「ふむ。なるほどそういうことですか。今回の案件は、少し手こずるかもしれませんね。」
ハマダは、少しばかり不安気な顔になったものの、安心してぐっすり眠れるためには、多少の煩わしさは耐えなくてはならない、と覚悟を決め、神妙な面持ちでモリベを見つめ返した。
管理人は、予めハマダから受け取っていた代金の入った封筒を握りしめ、
「お礼はきちんと支払いますから、きれいさっぱりと除霊してください。」
と頭を下げた。
モリベは「わかりました。それでは、早速始めましょう。」と言って、持参したボストンバッグから道具を取り出した。
管理人を玄関口付近に、住人ハマダを部屋の奥の窓際に座らせ、自分は白装束に着替えてから、部屋の四方向に盛り塩をし、線香を炊いて何やら呪文のような言葉を呟く。
始めは誰かに語りかけるようであったのが、次第に声を張り上げ、威勢良く除霊のことばを叫ぶ。
管理人とハマダはそれぞれに、ぽかんと口を開け、目を見開いてモリベの一挙手一投足を見守っていた。
そして、約三十分の時が経過した頃、モリベがえいやっと今日一番の大声を放ったかと思うと、突然に静寂が訪れた。
モリベが
「終わりました。」
と言うと、管理人は、現金の入った封筒をモリベに手渡し、
「ありがとうございました。」
と礼を言った。そして、
「ほ、本当に消えましたね。」
と言うと、モリベは、
「ええ、本人に自覚がないので、予想外にすっと往きました。」
と答えると、そそくさとハイツを去っていった。
管理人は、部屋を見渡して、ハマダが消えたことをもう一度確認してから、マツモトと書かれた表札のついた部屋の鍵をかけた。
その晩、管理人は同じ部屋を訪れ、仕事から帰って一休みしていた女性にこう言った。
「マツモトさん、ここ半年程、いろいろとご不便をおかけしていましたが、今朝、部屋の修理が済みましたよ。」
「ありがとうございました、おかげさまで、コンロを安心して使えるし、シャワーの温度を、毎回三度下げなくてすみます。」
管理人はにっこりし、
「これで、安眠できますね。」
と、天井を見上げた。
いずみハイツの住人 二蝶 いずみ @papiyon2018
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