ピエロの人形
ピエロのような人生を送っていた。それも命懸けのピエロだ。
ある街の高級住宅。父は優秀な医者で母もまた然り。私はそんな二人の元に産まれた。何不自由のない生活を送る私は周りの人間からよく羨望な眼差しを受けるが、実際の所、監獄に暮らしているのではというくらいに窮屈で仕方なかった。
親の期待に応えられなければ愛のムチという名の耐え難い罰則が待っていたり、家の風体を崩すような行為をすれば更なるきつい罰を受けることになる。
それのどこが自由で羨ましいのだと私は皆に言い返したくなる。しかし、それすらも私には許されていない。私は父母が死ぬまで二人の傀儡人形。だったら死んだ方がマシだ。
そう前の私は思っていたのだろうか。
「ミカ」
扉越しに母の声がした。私を心配しているのが声の抑揚から窺える。いや、違う。母が心配しているのは私ではなく世間体だ。だが、それでも私は良かった。母に少しでも思ってくれるだけで幸せなのだ。
「なに?」
私はわざと声を低くして言った。
「入るわよ」
「うん」
徐に扉が開いていく。眉尻を下げた母が顔を覗かせ、そのまま私の部屋に入ってきた。
「調子はどう?」
変わらず不安そうな面持ちでいる母に私は首を横に振った。私はこんな母と対面するのは初めてだった。
「そう·····。あんなことがあったから仕方ないけど、できるだけ早くいつものあなたに戻るのよ。もうピアノのレッスンも英会話教室も何日も休んでるんだから」
「わかってる」
「あなたはあの子と違って才能があるの。唯一同じなのは容姿だけ。だからあの時、私はあの子を犠牲にしてまであなたを助けたの。そのこともわかってるわよね?」
「うん」
言えるわけがない。
私がトラックに轢かれ身体に障害を持ったあの日、父と母は私の脳を双子の妹に移植した。結果、出来損ないの妹は死に私は妹の体を借りて生きていくことになった。私たち姉妹は一卵性の双子で両親が見間違えるほど似ていた。その分、両親からしてみれば何も変わらない完璧な姉である私を保つことが出来たのだ。
そう両親は思っている。だが、それは真実ではなかった。
本当はあの日、トラックに轢かれたのは完璧な姉ではなく出来損ないの妹である私。あの日、私たちは服を交換して姉妹が入れ替わる遊びをしていた。そして、姉に成り済ましていた私はトラックに轢かれ、私を姉だと思い込んだ両親は私を助けるために真の姉を殺した。姉はその時、何も言わなかった。
だが、そんなことは口が裂けても言えなかった。言えるわけがないのだ。だってそんなことをすれば私は愛されなくなるのだから。
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