魔法魔術学校


 世の中には普通の人間が知り得ぬ世界が存在する。選ばれし者の世界。一般の人間、すなわちマグルがそこに踏み入れることは決してない。魔法使いとマグルを隔てる境界線は確かにあった。


 日本に魔法魔術学校が建てられ十年が経ち、魔法使いの両親の元に産まれた田中 元晴は憧れだったその学校に入学した。両親はイギリスの魔法魔術学校に通っていたので、二人とは違う学校ではあるが、元晴は魔法を学べるならそれで良かった。


 元晴はそこで闇の魔法使いと同等に戦えるほどの強さを手に入れるつもりだった。父親は黒魔術師によって殺され、母親には秘密にしているが仇を打ちを考えていた。


 その野望を胸に三年の月日が過ぎ去った。


 三年生になった元晴は、これまでの学校生活で積み重なった憤りがとうとう爆発し、校長室に文句を言いに行っていた。


「体育ばっかやん」


 元晴は校長先生に呆れ口調で言った。校長はただ長くて白い髭を弄っている。


「ほとんど体育ですやん。見てこれ」


 月曜  火曜  水曜  木曜  金曜


 体育  体育  体育  体育  体育

 体育  体育  体育 虹を見る 体育

 体育  部活  体育  体育  体育

 生活  体育  体育  体育  体育

 体育  体育  体育  体育  体育

 体育  体育  体育  体育  魔法


「おかしいやん、なにこの時間割。体育多すぎでしょ。僕魔法学びたいんですよ。それやのに魔法、金曜の六限しかないじゃないですか。水曜なんか全部体育やん。僕この三年間で覚えた魔法、なんか杖の先から光出して暗いとこでも平気みたいな、そんだけですよ? スマホのライトでええやん」


 校長は依然として白い髭を摘んでいる。


「しかも体育もな、なんかホウキに乗って空飛んでボール飛ばし合うとかそんなんじゃないやん。短距離走やん。全部の体育短距離走やん。いらんねんそんなん。ここ魔法魔術学校やろ?」


 校長は誤魔化すように口笛を吹いている。


「あとな、月曜の四限、生活って。これ小一とか小二がするやつやで? なんで今更こんなんするん。プチトマト育てるとか僕小一でやりましたよ? 


 あとほかにも、火曜日。部活入れるとこおかしいでしょ。なんで三限なん。絶対こんなとこに部活入れちゃダメでしょ。しかも部活の内容あんま体育と変わらんねん。ここの学校陸上部しかないやん


 あと木曜の二限。なに虹を見るって。これに至ってはほんま分からん。虹見る授業って、成り立つ確率低すぎでしょ。あとなんでこれだけ教科書あるん。しかも結構分厚いし。ちょっと読んでみたけど内容めっちゃ薄っぺらいねん。虹を見る時の面持ちとか書いてたで。なあ。何とか言うてくだかいよ」


 校長はようやく口を開けて、溜息を吐いた。


「わかった。短距離走はやめてアルティメットにしよう」


「違うねん。そういうことじゃないねん。聞いてました僕の話。僕は魔法学びたいんですよ」


「わかったわかった。じゃあ守護霊出す呪文、それ特別に教えちゃるわい」


「そうそう、そういうの学びたかってん。どんなんか見せてくださいよ」


 ようやくまともな呪文を学べるなと元晴は思った。


 校長は億劫そうに杖を取り出す。何やら呪文を唱えると、杖先から白いオーラのようなものを纏った何かが浮かび上がってきた。見た感じ鹿のようで、冷気がその形を表してるようだった。それは部屋中を雪景色を描くように飛び回っている。元晴は美しさのあまり口をぽかんと開けていた。


「守護霊は人によって異なる。己の内面を表すとも言われておる。わしの場合は雄鹿じゃ。君はどんな守護霊が出るのかの。さあ、やってみなさい」


 校長にそう言われ、元晴はさっき彼がやった言動を思い出し、呪文を唱えた。


 すると、杖先から薄らと霊気が放たれた。それは徐々に大きくなって何かの形となっていく。鷹か龍か、元晴はわくわくしながら事の顛末を見守った。


 そして、それは完成された。


「走れ走れ走れ! もっと走れもっとだ! 諦めるな! 走り続けるんだ!」


 松岡修造だった。


 元晴は思った。


 学校辞めて、普通に就職しよう。

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