整形


「整形したいの」


 娘の沙恵が泣きながらそう告白した。彼女から大事な話があると事前に伝えられてはいたが、それでも和幸は驚かずにいられなかった。


「また、どうしてだよ。お前は十分可愛いじゃないか」


「そう思ってるのはパパだけなの!」


 顔を両手で覆いながら沙恵が言った。和幸は言葉が出ず、ただ締め付けられる胸の痛みに耐えていた。


「私ずっとずっと我慢してた。パパには黙ってたけど、私いじめられてたんだよ。キモイとか死ねとか声が亡霊だとか散々言われ続けてきた。それも全部全部このブサイクな私のせい」


 和幸は初耳だった。その分ショックが大きく、うなだれてようやく出た言葉が「すまない」だった。


「お前が俺の顔に似てしまっただけに……すまない。母さんがよかったよな。母さんは綺麗だったから。俺のせいで、こんなことに」


「そんなこと言わないでよ……」


 そう言って沙恵は和幸の背に手を回した。父の肩で娘は泣き続けた。


「パパのことは愛してるし恨んだりなんかしてないよ。今まで男手一人で育ててきてくれて本当に感謝してる。それだけは信じて」


 それは和幸にとって救いの言葉だった。今まで頑張ってきた甲斐が有ると思えた。しかし、妻と離婚してから仕事漬けの毎日で、沙恵がこのような悩みを抱えてることに気づけなかったのも事実だ。


「それでも、やっぱり私は整形したい」


 嗚咽混じりだったが、それには強い意志を感じられた。


 沙恵は今年で二十六歳を迎える。そろそろ結婚の相手を見つけたらどうだと和幸は口酸っぱく言ってきたが、その度に難しいと返されていた。それは今思うと、容姿のことを言っていたかもしれない。だとしたら自分自身が憎くて仕方なかった。


「わかった」


 低い声で言った。覚悟が現れた証拠だった。


「沙恵がそれで幸せになれるなら、無理だなんて言えない」


 和幸は沙恵を体から離し、娘の潤んだ目を見据えた。


「ほんとに、ほんとにいいの?」


「ああ」


 和幸は深く頷くと、また沙恵は両手で顔を隠し俯いた。その拍子に、向日葵の模様をしたヘアピンが和幸の目に入る。沙恵が中学に上がる時にプレゼントしたものだった。その頃の娘を和幸は思い出していた。




 家のチャイムが鳴った。それは和幸の高鳴る鼓動に拍車をかける。ゴルフ雑誌を読んでいたが、内容はほとんど頭に入っていなかった。


 雑誌を置いて、玄関に向かう。和幸は扉を前にして深呼吸を一つした。だがそれで落ち着くわけがなかった。依然として緊張している。冷静に戻る気配など微塵もなかった。


 このまま動きたくなかったが、そうもいかず、和幸は玄関扉を開けた。


 綺麗な女が立っていた。


 彼女は唖然とした和幸を見ると、顔を和ませた。それを見た和幸も涙が込み上げてきて、頬を濡らした。その涙に含まれた意味は、和幸自身よく分からなかった。


 和幸は久しぶりに再会した娘に抱きつくように、そうした。彼女の長い髪の毛から匂いが漂ってくる。間違いなく、娘の沙恵のものだった。



 一方その頃、和幸の近辺で身元不明の女の死体が発見されていた。


 唯一手がかりになりそうなのは、向日葵柄のヘアピンが大切そうに握られていたということだけだった。

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