愛という名の保険


「二番目に好きです。だから今は付き合わなくていいです」


「はあ……」


 青春を謳歌おうかする高校生の俺。昼休み、筒井つつい はるかから校舎裏に呼び出されたかと思ったら奇妙な告白をされた。


「じゃあ、さようなら」


「ちょちょちょ待った」


 筒井が踵を返そうとしたので、俺は彼女の腕を掴んだ。


「あまり気安く触らないでくれる? まだ私たち付き合ってもないんだけど」


 急に冷たくなる。冷酷な目付き。まるで氷の魔女だ。俺は心を魔法という名の言動で揺すぶられている感覚に陥った。単に言えば、筒井の考えが読めないだけだった。


「すまん」


 俺は彼女の腕から手を離す。


 こんなにも腑に落ちない状態での謝罪が今までにあっただろうか。いや、ない。十七年間生きてきたがない。


「じゃあ、さようなら」


「いや、だから待ってくれって」


 今度は口だけで筒井を止めた。彼女は溜息混じりに俺の方に向き直る。


「なに、しつこいよ。そんな男なら三番目に降格させちゃうよ」


「いや、だからその二番目とか三番目の意味が分からないんだが」


「だからさっき言ったでしょ。あなたのことが二番目に好きなの」


「それは恋愛的な意味でだよな?」


「当たり前じゃない」


 ふぅ、と俺は息を吹いた。そして俺は大きく息を吸い込んだ。


「だったら言うんじゃねえええ!!!」


 俺の叫びは世界中に届いただろうか。届いて欲しい。俺のこの怒り、76億人の地球人にわかってほしい。


「うるっさいわね! 急にでかい声出さないでよ!」


 筒井は両耳を塞ぎながら怒号を放つ。だが、そんな彼女の怒りも俺の怒りと比べたらちっぽけに過ぎない。


「お前がそうさせたんだろ。お前なんつった? 二番目に好き? そんなの口にする必要ねーだろ。変に期待しちゃうじゃねーか。まあお前みたいなやつには誰も期待しないか。てか一番は誰なんだよ一番は?」


「よく喋る二番目ね。饒舌二番って呼ぼうかしら」


「そもそも俺の事を二番目って呼ぶのやめてくれる?」


「だってあなたのことが二番目に好きなんだから仕方ないじゃない」


 ぶっきらぼうに言う。本当に俺の事が二番目に好きなのか? どうせなら頬を紅潮とさせて目を泳がせながらその気持ちを伝えて欲しい。顔も可愛い方だし、それなら許せたかもしれない。


「だからそれで一番は誰なんだよ」


「なんで二番目に教えなきゃいけないわけ?」


 もう無理だ。この女、俺がなんと言おうとこれからも絶対俺の事を二番目と呼ぶに違いない。俺はそう確信した。


「ま、まあいいや。あともう一つ気になることあるんだけど、今は付き合わなくていいって言ってたよな?」


「ええ。言ったわよ。それがどうしたの二番目」


「……つ、つまりこの先、俺達が付き合う可能性があるってことか?」


「私が一番目に振られて、私の告白に二番目が承諾したらそうなるわね」


「そ、それってつまり俺は保険ってことか?」


「まあ、そうなるわね」


 俺はこいつのこと魔女だと思っていた。でも違った。ただのゴミだ。俺が昨日の晩に食べた弁当に入れられてあった緑のギザギザの葉っぱ、あの名前がわからんやつ、こいつはそれだ。


 俺は筒井に背を向け歩き出した。


「ちょっと、どこに行くのよ」


 後ろから筒井の声が聞こえる。


「ゴミと話してられるかよ」


「ゴミ?」


「ああ、そうだ。お前はゴミ、いやゴミ以下の存在だ。男を自分の彼氏の保険にするなんてゴミがすることだろ」


 筒井は黙っている。何も言い返せないでいるらしい。


「それにな、誰もお前となんか付き合わねーよ。お前みたいな傲慢な女、誰が好きになるんだよ。その一番目ってやつにも絶対振られるね」


 ふっ、勝ったな。相当頭にきているに違いない。どれどれ、どんな顔をしているのか見てやろうじゃないか。


 俺は振り返る。


 な、なに……。


 笑ってやがる。クスクスと口元に手を当てて不気味に笑っている。


「な、なにがおかしいんだよ」


「いやあ、滑稽だなと思って」


「なに?」


「童貞で彼女も出来たことのないのによくもまあそんなにベラベラと」


 何故この女、俺が童貞で彼女いない歴イコール年齢だということを……。


 俺が図星をつかれて狼狽うろたえていると、筒井が続け様に口を開けた。


「気に入ったわ。二番目、一番目に昇格よ」


「えっ」


 意味がわからない。どういうことだ。何がきっかけで俺は一番目になったんだ。


「だから改めて告白させてもらうわ」


 正気の沙汰じゃない。こいつやばい女だ。薬やってんじゃねーの。頭がイカれてやがる。こんな女と付き合えるわけがない。


「一番目に好きです。だから私と付き合ってください」


「断固拒否する」


「私の家系は古くからの超大金持ちで私の豪邸には映画館、水族館、遊園地、さらに地下には第二の東京と呼ばれる街が存在しているの。全国あちこちに別荘もあって飛行機も持ってるから好きな時に好きな場所にいける。将来可能になるだろうと言われている宇宙旅行には私が一番最初に行くことになっているけど一番目も連れて行ってあげる。さらに私の一日のお小遣い百万円だけど毎日半分分けてあげる。あと私と付き合ったら毎日のようにセックスしてあげるわ」


「よし、付き合おう」


 こうして俺に初めての彼女が出来た。


 彼女をゴミ呼ばわりしたが訂正しよう。やはり魔女だ。魔法の言葉で俺の心を動かしたのだから。


 彼女の一番目になれて俺は幸せだ。

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