J♠︎O♣︎K♦︎E♥︎R

池田蕉陽

♠︎

殺人犯は悪夢


 こんな夢を見た。俺が人を殺してしまう夢だ。それも全く見たこともない男を殺してしまうのだ。ナイフで一刺し。目覚めた今でも、あの苦悶に充ちた表情が鮮明に頭の中で残像となっている。


 覚えているのはそれだけで、どこでどうして俺が人を殺めたのかは記憶に残っていない。俺は人を恨んだことがない。だから人なんて殺すわけないのに。


 そもそもこんな夢だってみるのもおかしい。そうだ、きっと俺は疲れているのだ。ここ続けて仕事に追われているせいだ。今日は折角の休みだから羽を伸ばそう。



 ピンポーン。アパートの部屋のチャイムが鳴った。一人暮らしなので俺が出ないわけには行かない。俺は洗い物を途中でやめて玄関の方へと足を運んだ。


 玄関扉を開けると、配達業者が荷物を持って立っていた。


「お届けものです」


「あ、はいはい……ってえ?」


「え?」


 嘘だろ。そんな馬鹿な。有り得ない。


 今俺の目の前に立っている配達業者、まさにさっき夢に出てきたあの男なのだ。俺が殺してしまった男。頭の中で再びあの表情が蘇ってきた。


 動揺していると、俺は異変に気づいた。配達業者の男が体を震わせているのだ。いったいどういうことなのだ。


「やっぱりそうだ……お前、俺を殺す気なんだろ!?」


「え、は、は?」


「夢に出てきたんだよ。全く知らない男が俺をナイフで刺し殺すんだ。その男がお前なんだよ」


 男は声を震わせながら言う。


「し、知りませんよ、そんな。しかも夢でしょ?」


 内心、俺は驚いていた。この男は俺の逆の夢を見ていたんだ。こんなことって有り得るのか。


「最近、変な正夢が続くんだ。だから今日もそんな気がして……しっかり対策を練って来た」


 配達業者の男が荷物を落とすと、後ろポケットからナイフを取り出した。


「死んでくれぇぇぇ!!!」


 男がナイフを突き出してくる。俺は咄嗟に横に避けた。


「ちょ、やめてください! てか、そんな気がしたなら仕事休めばよかったのに」


「うるさい! だまれぇぇぇ!!!」


 再び男がナイフを突き出してきたので、俺はその腕を自分の腹部の直前で掴んだ。力と力の粘りあいで、俺が少しでも気を緩むとグサリと刃が皮膚に入り込んでしまう。俺は全身に力を込め、男を押し倒した。


 だが、思ったより力が入りすぎて体勢が崩れ、俺が男の上に覆いかぶさるように倒れてしまう。


「うっ……!」


 男の低い唸り声がした。俺はまさかと思い起き上がると、夢に見た光景が今目の前で現実となっていた。男は最初苦しそうに身じろいでいたが、すぐに動かなくなってしまった。


 ああ……


 お互い、正夢になってしまったな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る