E40 アトリエデイジーオープン

 十一月三日、金曜日、芸術にふさわしい文化の日、それにゲン担ぎの好きなひなぎくにあつらえたような大安吉日のよき日にアトリエデイジーがオープンする。


 アトリエ内で七時に、関係者が集まっていた。

 ひなぎく、黒樹、蓮花が中に入っており、和が、外で劉樹に虹花と澄花と落ち葉を集めたり、アトリエデイジーへの対応をしていた。


 この日までに、広告にも力を入れた。

 それでも不安なもので、ひなぎくは、蓮花に確認する。


「ねえ、広告の効きめがあるかしら? 地元新聞紙にもチラシを入れ、二荒神温泉郷とその付近の学校にもポスターとチラシを配らせていただき、その他、おんせんたま号のバスや待合所、宿泊所や飲食店、隣町の蒸気機関車など、人の集まる所にもポスターを掲示させていただいたわよね」


 二人は、事務所の物を受付に持って行き、セッティングの再チェックをしている。


「ああ、ポスターの方ね。どうして、私の浴衣を描いたのが大きく描かれているのかが分からないわ。浴衣ももう十一月だし」


 蓮花は、段々、はっきりと意見を言うようになって来た。

 素直なので、ひなぎくの年の近いよき娘となるのだろうか。


「堪忍ね。モデルにふさわしいと思ったから。かなり涼しくなって来たけれども、温泉地だしね。風情があるわよ」


 ひなぎくウインクがドン引きされた。


「おう、おしゃべりはなしよ。未来の妻よー、我が娘よー」


「プロフェッサー黒樹、妻、妻、妻、妻、呼ばないでくださいよ」


 恥じらうひなぎくは愛らしい。

 あのはじめてのくちづけ以来、黒樹を意識して仕方がない。


「ははは」


「ふふふ」


 こうした時は、時間が遅く感じられる。

 時々、笑ったり、静かになったりした。


「そろそろ、十時だ。開けような」


「そうですね。館長のご挨拶をお任せいたしますよ」


 扉を開ける。

 内側は、引き戸だ。

 外側は、防湿の加工をしてある教会の美しさを残した扉だ。


 キイイイイ――。

 歴史を重ねてきた扉に敬意を払う。

 西向きの入り口でも、屋外の日射しが木漏れ日の中で眩しかった。


 パチパチパチパチ……!

 パチパチパチパチ……!

 多くの拍手が迎える。

 老若男女の多くの集まりに、中にいたひなぎくと黒樹は驚愕した。


「え、えー。本日は、このアトリエデイジーにお越しいただき、誠にありがとうございます」


 緊張していた黒樹の挨拶に集まった前の方から相づちが飛んだ。


「いんや、いんや」


 ぶはははっはははは……!

 遠慮のない笑いが起こると、後は、黒樹の挨拶もすんなりと行った。


「そうした訳で、こちらの白咲学芸員が、本日の展示案内と午後一時からのワークショップを行いたいと思います」


 パチパチパチパチ……!

 パチパチパチパチ……!


「う、うわ。お客様が多くて、二百円のチケットがさばききれないわ」


 蓮花は、パリで大学生をしている時よりも生き甲斐を感じてがんばっている。


「蓮花さん、受付よろしくね。それから、高齢者用のシルバーと小学生以下のイエローと障がい者手帳のある方のグリーンは、付き添い一名まで無料だから、気を付けてね」


「りょーかいです」


 ザワザワと館内一杯に入り、大盛況だ。

 ひなぎくは、館内の展示の説明を入って来る人に次々と行っていた。

 テーマは、ピカソとその生き方だ。


「これは、『ピカソ』の『泣く女』です。モデルとなったのは、ピカソ当人の愛人である、ドラ・マールです。一九三七年作ですね。激しく感情をむき出しにし、泣いている顔のアップですね。形は、カクカクとしており、色彩も富んでいます」


 ふーん。

 ほーう。


「キュビスムと呼ばれています」


「それは、どんなんね?」


 ひなぎくは、どきんとした。

 小菊からの質問だったからだ。

 よく見たら、光流も梓も来ている。

 感激して、瞳に海をたたえたが、そこは、秘めて説明を続ける。


「キュビスムとは、『ピカソ』が『ジョルジュ・ブラック』らと創始した絵画の流派です。視点を一つに定めず、色々な角度に視点を持って行き、組み合わせて描いたものです。分かり難いと思いますので、このキュビスムのコーナーで特徴をつかんでいただければと思います」


 その他、『アヴィニョンの娘たち』もキュビスムの革命的存在となった絵画との説明をした。


「こちらは、同じ『ピカソ』の『ドラ・マールの肖像』です。人物のドラ・マールは、色使いが派手なのですが、その周りは白く落ち着いています。どうですか? 対比に目を持って行かれませんか?」


「んだすなー」


 小菊にも分かっていただけて、ひなぎくはほっとした。


「元々、ドラ・マールは、『ピカソ』の名作、『ゲルニカ』のルポルタージュ的な写真を撮ったりしていた写真家です」


 ほうほう。

 ふむふむ。


 ひなぎくは、午後一時になり、南向きに大きく部屋をとった、アトリエコーナーを開けた。

 博物館学芸員の実習時以来になるワークショップを行う。

 小学生から高校生までの子ども達から高齢の方まで二十名程集まった。

 参加費は、材料の実費百円をいただく。

 こちらでは、『ピカソ』のハト、『平和の鳩』、『花と鳩』を紹介する。

 そして、必要なキットを渡し、二重の切り絵をして貰い、フレームに飾るまで行う。


「やった! 僕、やったよ!」


「一番にできたね。ご褒美のお菓子を選んでいいわよ。作品は、持って帰ってね」


 ひなぎくは、幸治こうじくんの席に行き、かがんで話す。


「先生、紙が切れつまってきれてしまって


「そこは切っていいのですよ」


 あくせくと、ひなぎくは、生徒の間を歩く。


「儂には、才能がある!」


 急にパンと神頼みをした。

 これには、ひなぎくも肝を冷やした。



「鑑賞の終わられた方、パンダ食堂さんにて、お食事やお茶うけに練り切りなどをご用意しております。どうぞお立ち寄りください」


 ひなぎくの用意した文面を蓮花が読み上げた。


「行ってみるかいの」


「足も疲れたべ」


 ご夫婦らしく仲良く帰られた。


「荷物はロッカーじゃった」


「可愛らしいパンダだの」



 そんな折、パンダ温泉楽々から、お祝いが届いた。


「ちわーっす! 花屋の大和だいわです。お届け物をお持ちいたしました。どちらに置きましょうか?」


「ひなぎくさん、手が回らないので、お届け物をお願いいたします。置き場所が分からないの」


 蓮花からのスマートフォンが鳴ったので、ひなぎくは、解説の区切りのいい所で、表の扉へと向かった。


 キイイイイ――。


 ゆっくりと扉を外側に開ける。

 ひなぎくは、次第に凍てついて行った。


「スタンド花をどこに飾りましょうか?」


 青いバラオンリーのスタンドが届いた。


「……きゃあ!」


 ひなぎくは、卒倒してしまった。

 悲鳴を聞きつけた黒樹は素早かった。


「どうした! ひなぎくちゃん! おい、和! 病院へ行くぞ」


 そのまま昏睡してしまったので、盛況だったアトリエデイジーを午後三時に閉館とした。




 ――あの時の呪いが私に……?


 ――許してください……。

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