E32 きゃっきゃうふふのお時間です

「きゃっきゃうふふのお時間ですよ」


 福の湯の六畳あるふじにて、ひなぎくが薄紫のタートルネックにジーンズで、貴重品とタオルセットを持って、女子チームにお誘いをした。


「やったー! ひなぎくさん、一緒に入ろう」


 蓮花は、すっかり温泉好きになっている。


「私も行くね! 待ってて、待ってて」


 澄花がちょっと身支度にもたついている。


「今日も温泉だよー」


 虹花もにっこにこだ。


「うふふ。列車になって行きましょうね」


 ひなぎくがしんがりになって、後は小さい子順。

 虹花と澄花はじゃんけんをして、勝った虹花がガッツポーズを取ったと思ったら、ひなぎくの後ろについた。


「あらあら、いいの?」


 当のひなぎくもお尻にひっつかれてびっくりしたが、ただの甘えん坊の虹花だ。


「出発進行!」


 二号車の蓮花が、号令を掛ける。


「レッツラゴー! ゴー!」


 ひなぎくさんは、ノリよく三号車をゆっくりと進めた。

 前後、蓮花と虹花に気を付けた。


「らんらんらんらーらー。らんらんらんらん」


 ひなぎくが歌い出す。

 歌が大好きなのだ。


「私も歌いたいなー」


 蓮花、虹花、澄花の黒樹のさんフラワーズも知っている歌なのかとひなぎくが思った。


「らんらんらんらーらー。らんらんらんらん」


「らんらんらんらーらー。らんらんらんー」


 歌の途中でやっと気付いた。

 白咲ひなぎく、その雛菊も花の名前ではないですか。

 私も、黒樹のよんフラワーズに入れるのかしらと照れまくった。

 ひなぎくの名前の由来、今度、黒樹に話したいと思う。

 きっと喜んでくれると思ったからだ。


「じゃあ、そろーっと入りますよ」


 大きな石で床ができていて、油断すると小さい子などは転びやすいとは、ひなぎくの配慮だ。

 つるーん。

 見事にすべったー。


「受験に縁起が悪ーい! やーん!」


 蓮花が自分で転んでしまった。

 これは痛い。


 体を洗った後、もう温泉コースは決まっていた。

 先ず、片側だけジェットバスが付いている大浴場だ。

 中々いいもので、これなら、まだ身長の低い虹花や澄花でも楽しめる。


「あー、肩が凝っていたみたいー」


 声をぶるぶると震わせているのは、蓮花だ。

 ひなぎくが見ていると、疲れたのか眠そうにしている。

 蓮花さんも様子を見ていないと危ないかと思った。


「ジェットバス、いいわよー。虹花ちゃん、澄花ちゃん」


 蓮花の無駄などや顔で、虹花も澄花も笑った。

 それを見ていたひなぎくも笑う。


「じゃあ、次は、日替わり温泉のコーナーへ行きましょう」


 つるーん。

 見事にすべったー。

 今度も蓮花だった。


「いやん、もう! お嫁に行けない!」


 恥ずかしい所を隠して、顔をのぼせたのもあってか真っ赤になる。


「蓮花お姉ちゃん、お猿さんみたいだよー」


「蓮花お姉ちゃん、お猿さんみたいだよー」


 虹花と澄花のハーモニーは、痛い所をつく。


「お願いだから、ハモらないでよ」


 具合が悪い位、真っ赤になったので、ひなぎくはベンチのあるご休憩コーナーへと手を貸した。

 虹花と澄花とひなぎくは、本日の日替わり温泉、紅茶の湯に入る。


「これ、飲めるかなー?」


 両手でお湯をすくった冒険者、虹花にストップを掛けたのは、勿論ひなぎくだった。


「ストーップ、ストーップ……。飲むのは、止めようか。浸かっているだけで、体がぽかぽかしてくるね」


「ダメだったのね。でもね、私、ギゴーニュを踊りたくなった。何だか楽しくって」


 お湯の中で、腕だけ振り付けをぱたぱたと動かした。


「虹花ちゃんは、バレエをしているんだっけ。ギゴーニュって何?」


 ひなぎくは、その役は知っていたが、何のことか訊いてみた。


「えーと、『くるみ割り人形』のお菓子の国で、キャンディーなの。私ね、パリのお教室でオーディションに受かっていたんだよ」


 ひなぎくは、ショックを受けた。

 もし、日本に来なかったのなら、今頃バレエで舞台の練習もしていただろうに。


「ごめんね……」


 虹花を抱き締めて、そっと謝った。


「澄花ちゃんは、発表会とかあったの?」


 ひなぎくの問いに、澄花なりに気を遣ったのか本当なのか、首を横に振った。


「もし、もし、二人から楽しみを奪っていたら、ごめんなさい……」


 ひなぎくが肩を抱き寄せるので、三人で、ぎゅうぎゅうにくっつきあった。


「ひなぎくさん、おっぱいが大きくて……。く、苦しいよ」


「ぶ、ぐほっ。ひなぎ……」


 虹花と澄花が、本気で辛そうになる。


「ご、ごめんなさい」


「どうしたのー? 楽しくなちゃって」


 蓮花が、元気になったのか、日替わり温泉に入って来た。


「蓮花さん、大学を途中で、ごめんなさい」


「もう過ぎたことは大丈夫ですよ」


 蓮花は目を瞑っていた。


 その後、黒樹と合流すると、肩でも揉んで貰えと言われ、ほぐし処ふくちゃんに、ひなぎくと蓮花が寄って行った。

 そこでの恐怖の会話。


「ひなぎくさん、岩盤浴って行きました?」


「うふ。ちょっと体形が合わないみたいです」


 後ろから聞こえる蓮花の声に、ひなぎくは恥じらった。


「って、バストかーい!」


 蓮花の突っ込みは秒速だった。


 きゃっきゃうふふ。

 きゃっきゃうふふ。


 その日も楽しく子ども達に寝て貰った。


 翌、九月十六日土曜日は、小学校が週休二日制の為、お休みだった。

 穏やかに朝食を取った後、男子チームが借りている六畳の木通あけびにて、黒樹が古民家の間取り図を広げ、部屋割り発表となった。


「蓮花は、南の真ん中、八畳の和室A。南側に縁側があるぞ」


「縁側、ジャポン! 素敵です。お父様」


「で、俺は、南東の角部屋、八畳の和室B。ちょっといい部屋かもな」


 黒樹は、俯いてカッコつけていた。


「よかったね、黒樹悠くん」


「うん。よかった、よかった」


 しかし、別人格の登場だ。


「何を一人芝居なさっているのですかー。困ったわー」


 ひなぎくは、困ったと言いながら、楽しそうにしていた。


「和は、和室Aの北側、六畳の和室C。もう大きい男の子だからな。奥の部屋でも構うまい」


「そうっすね。ありがとうっす。父さん」


「澄花と虹花は、和室Bの北側、六畳の和室D。一緒に寝た方がまだいいだろう。台所を挟んで、北東の角部屋、六畳の洋間Fは、澄花のピアノを置いて、虹花のバレエ用にリノリウムを敷けるようにするよ」


「ありがとう。パーパ―」


「パパ、ありがとう」


 黒樹は、うんうんと頷く。


「劉樹は、反対に北西の角部屋、六畳の和室G。隣がキッチンで、料理研究家の劉樹くんには中々楽しいかも、よ」


「楽しみぴく」


 そして、ちらりと見上げて、ひなぎくに合図をする。


「そして、ひなぎくちゃんは、南西の角部屋、六畳の和室E。落ち着いたたたずまいだ。西側に出窓がある。乙女チックになるがいいカップよ」


 ひなぎくは、Eカップはギャグとして、どきどきしていた。


「え……。私の部屋を用意してくださるのですか……?」


「そうだよ、いいだろう。俺の部屋からは、ぐるっと回って玄関からキッチンの前を通ってお風呂場でターン後トイレを横切ってやっと辿り着く部屋だ。安心だろうよ」


「何が安心なの、お父様」


「遠慮することないっすよ、父さん」


「きゃー」


 ぱにぱに!

 ぱにぱに!

 ぱにぱに!


 ひなぎくは、一人、パニックっていたが、シシシと蓮花と和に笑われてしまった。


 それから、皆でおんせんたま号で、古民家へ行った。

 下見をするに当たって、子ども達は、どうしても自分の部屋が気になるようだった。

 現地に来た飯森不動産と事務所へ移動して契約をした。


「大枚はたいたぞー!」


 黒樹が、ひなぎくの肩に泣きついて来たが、ひなぎくエルボーは炸裂せず、金銭的なことはお世話になって申し訳ないと、むしろ、ひなぎくは謝る。


 そして、早速、リフォーム会社、古民家組の立ち会いのもと、現地で相談をした。

 畳の張替えからキッチンのシンクまで、大体を決められた。

 後日、計測したお風呂場の寸法をもとに、タイルによるモザイク画案を持って行く話をまとめる。


「ふーむ。俺は疲れないが、ひなぎくちゃんは大丈夫か?」


「今からでも、飲みたいですよ……」


「ま、止めとけ」


 そう言いながら、ひなぎくと飲んだ一夜を忘れられない黒樹だった。

 待っていたバスが来る。

 結いあげた長い髪がふさりと揺れて、見えたうなじが艶っぽかった。

 元妻のことさえなければ、飲んでも良かったと少し悔やむ。



「ヤキモキしちゃうEカップ!」

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