E30 イジメとおやすみだぷー
ひなぎくは、この学校へ黒樹と来るのにも抵抗があった位だ。
先生に会うと言うだけでも緊張する。
今は、他の生徒もおらず、虹花、和、黒樹、ひなぎくの四人で、一年生から四年生で構成されたの低学年の教室にいる。
立ちっぱなしで、虹花の乱れた髪を皆で見ていた。
「ダメな子には青いバラ」
「ふふふふふ」
ひなぎくの耳に残る。
先程の声は、確かにそう言っていた。
ダメな子とは、ひなぎくのことだと思っている。
しかし、状況を考えると、虹花がイジメに合ったのなら、ダメな子は虹花になる。
青いバラは、どうもよろしくない象徴のような気がしてならない。
バラにはトゲがあるせいか。
冷たい色だからか。
虹花は、一体何があって、こんなに体を汚したのか。
美しい金髪のおさげがバサバサで、可哀想だと思った。
隣の五年生と六年生の高学年の教室の戸が、ガラリと開いた。
大人の足音だから、先生だろう。
先生は、決して慌てず、ゆっくりと近付いて来る。
低学年の教室の教壇側の戸を軽くノックし、ガタピタと開けた。
この校舎は、新しくないのでやすぶしんな所もあるようだ。
「こんにちは。ようこそ、遠い所からいらっしゃいました」
初老の女性が頭を下げた。
黒樹が、固まっており、生唾をごくんと飲んだ。
勿論、ひなぎくは、借りて来たうさぎのようにおとなしくしていた。
「ふむ。昨日と今朝の男性の先生はどちらかのう」
黒樹は、しっかり者だからきちんと訊いた。
今のひなぎくには、人との交わりは難しい。
「ああ、体育やスポーツを教えて貰っております。
柔和な対応が、イジメの現場に、川の静かに流れるがごとき優しさを生んだ。
「いえね、娘である黒樹虹花の初登校だったのですが、この通り、髪が乱れておりまして。どうしたのかと案じていた所でした」
黒樹は、少々不機嫌だったが、落ち着くべく律した。
「それなら、ジャングルジムで、髪を踏まれてしまったのですよ。私も一緒に遊んだので、間違いないですよ」
「まあ、先生もご一緒に遊んでくださったのですか?」
ひなぎくは、素敵なことだと、目をきらきらとさせた。
黒目が輝くと甘い飴のようだ。
「いたって普通のことですよ」
にこりと笑う先生に、ひなぎくは、緊張からとかれて元気を取り戻した。
「まあ、いい先生で安心できますわね、プロフェッサー黒樹」
「そうですな。あの、お伺いしますが、先生は、分校でのお立場は校長先生なのですかいな?」
黒樹は、本校で副校長から慇懃無礼に突っ返された理由を知りたかった。
「旧、神郷にある本校と兼任で、米川の分校も校長をしております」
「では、あの副校長より偉いのでしょうか?」
ひなぎくも慇懃無礼だった副校長がちょっと残念だったので、校長の話すことに注意を向けている。
「肩書は上ですが、それだけですよ。私はいつだって生徒と一緒の楽しいおばあさん先生です」
おばあさん先生が、黒樹に手を伸ばした。
虹花をはじめ、皆、見つめていた。
「ね、黒樹悠くん。ゆうちゃん……」
「先生は、先生は……。深見緑先生……」
黒樹が二度と会えないと思っていた先生に出会えて、感極まった。
「今は、結婚して
飯森緑は、教え子が真面目な大人になっているのが嬉しい。
「ゆうちゃん、立派になりましたね。今でもいい子ですね」
「先生……!」
黒樹は、珍しく感情を隠さなかった。
先生の手を取り、お互いに老けましたと時の刻みに語り落ちた。
「虹花ちゃん、本当にジャングルジムだったのね。イジメられてではないのよね?」
ひなぎくもがんばって加わった。
「金髪双子って呼ばれた。澄花ちゃんは、カッパの金髪で、私は、おさげの金髪と直ぐに呼ばれたよ。バレエをするから、おだんごを作るのに伸ばしているだけなのに」
二秒後には、和に頭を撫でられた。
「気にすんなよ。ニックネームっすよ。多分、転校生には、皆、呼び名を決めたいんっす。歓迎の印だと思っておけばいいっすからね。段々慣れて来たら、見た目以外のニックネームに変わったりするから大丈夫っすよ」
ほうほうと聞いていた、飯森緑校長は、和の意見に同意した。
「お兄さんの黒樹和さんでいらっしゃいますね」
「そ、そうっす」
照れた和は、頭に手をやる。
「その通りなのですよ。ですから、暫くは見守ってあげてくださいね」
飯森緑は、深見緑の面影を残して、にこりと笑った。
黒樹は、懐かしい胸の痛みを覚えたが、やはり、幸せの方が勝っていた。
「あ、パパ!」
澄花が教室に入って来た。
「私達、虹花と澄花は、孤立しているみたいなの。金髪だから。染めているんだと言われたわ。双子星人って呼ばれもしたわ」
パパに言いたかったとばかり、少し甘えた口調だった。
「それは、二人が可愛らしいからよ。顔は瓜二つで、プロフェッサー黒樹とも似ているわね。特に、まつ毛がばっさばさでお口が小さい所なんかね」
見れば、澄花は、綺麗なおぐしをしていた。
ジャングルジムが原因なら、明日からおだんごにして行かせてもいい位だ。
虹花は、自分で結える。
ノックが聞こえた。
「どうしたぴくか? お父さん、ひなぎくさん。あれ? 和お兄さんも」
そこへ、高学年の教室から、劉樹も合流した。
「イジメって、意識の持ちような部分もあるもんなんだな」
黒樹は和の話に影響を受けた。
ひなぎくも感心している。
「そうですね」
「エスカレートしたら、ただじゃ済まさないがな」
黒樹の強い眼光は、誰をも納得させるものがあった。
「俺は、リセまで、イジメにあったっすよ。どちらかと言えば男から」
「和くん。意外だわ」
ひなぎくは、社交的な和がイジメとは無縁だと思っていただけに、ショックだ。
「父さん、忙しそうだったし、家にいない時もあったから。当時、言えなくて」
「くっ。それは、それは、すまない。和、俺が悪かったな」
黒樹は、自分の不甲斐なさを感じ入った。
「では、飯森緑校長先生、今後ともよろしくお願いいたします」
「お願いします」
「お願いします」
「お願いするぴく」
ひなぎくにできることは、頭を下げることだけだった。
「では、蓮花さんも帰っているかも知れないので、このまま福の湯へ参りましょうか」
ツアーコンダクターみたいにひなぎくがなって来た。
おんせんたま号の旅は、慣れて来ると楽しいものになっている。
蓮花は、その便の次で、福の湯に着いた。
「皆、揃ったわね。食事の支度をしてあるから、渡り廊下から、食堂に食べに来て」
一本の電話で、わくわくと子ども達が集まって来る。
今日は、芽キャベツ入りクリームシチューとバゲットにしてみた。
好評で、ひなぎくは嬉しくてはしゃいでしまった。
♪ らららーん。
さて、食後はお楽しみ。
鼻歌まじりに今日は、ゆっくりと、湯けむりカポーンしていた。
面白いのが、日替わり温泉のコーナー。
温泉にピンクのバラやユズやショウブを浮かべたり、コーヒーを入れたりする日もある。
こちらは、岩盤浴が売りのようだ。
妊婦さんは控えるように書いてあるのだが、見ているとお構いなしみたいで、ひなぎくは疑問に思う。
「私は、大丈夫よん。るるー」
楽し気にバスタオルを巻いて、使ってみた。
いい気分でいた所に知った声がした。
「五右衛門風呂、入りてー!」
蓮花の声がこだましたが、恥ずかしいので、おすまししていた。
虹花と澄花がいて入れない事情があったようだった。
きゃっきゃうふふは続くのだ。
そして、湯上りにお布団は最高だ。
うかれて、SNSを黒樹に送った。
〔あの、おやすみなさいを〕―ひ
黒―〔ママンって泣いているが〕
〔ええ!〕―ひ
黒―〔泣いていたか……は、内緒だ〕
〔あー、酷いですよ〕―ひ
黒―〔内緒は、内緒だ〕
〔まだまだ、がんばりますね〕―ひ
黒―〔無理はするなよ〕
〔はい〕―ひ
黒―〔おやすみ〕
〔明日はリフォームと教会ですね〕―ひ
黒―〔おやすみだぷー!〕
〔お、おやすみなさーい〕―ひ
その晩は、疲れて眠った。
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