E27 泣いてママン
昨日の疲れか、子ども達はよく眠っていた。
虹花と澄花の間にある布団にもぐりこむ。
ひなぎくは、サプライズを用意していたので、少し寝不足だった。
三つを数える前に眠りについてしまった。
翌、九月十四日木曜日、つんとした朝、福の湯の炊事場で、コトコトといい香りがした。
ひなぎくは、白咲の母から受け継いだ暖色系の小花柄エプロン、ひよこ色のセーター、ぴちぴちのジーンズで、髪はおだんごにしていた。
「おはようございます。プロフェッサー黒樹」
おたまを持ちながら、グレープフルーツ色の笑顔で振り向く。
「いいなあ、これは本当に朝げだなあ。ひなぎくちゃんのお味噌汁な……。毎朝、食べたい……」
「……! そ、そそそ。それは、それで、お味噌汁なら毎日こしらえに行ってもいいですよ」
お味噌汁、お味噌汁、お味噌汁……。
毎朝、毎朝、毎朝……。
ひなぎくの中でこだました。
胸がトクントクンとして、もう、黒樹の顔を見ることはできなくなっていた。
「通うの? 古民家に一緒に暮らさないのかい?」
黒樹のは、冗句ではないアプローチのようだった。
真摯な瞳でひなぎくを見つめる。
どきどきとして、お味噌汁の味見が分からず、小皿に何度も口をつけた。
一緒に暮らすのなら、部屋は別々なのか、一緒なのか、ひなぎくは妙な所で悩んでいた。
最初は、別々がいい。
仕事があるからと、別にした方がいいと。
一緒に、夜を過ごせないから。
「ねえ、古民家さあ、囲碁邸かオセロ邸は?」
「黒樹家と白咲だからですか?」
ひなぎくは、クスリと笑い、胸を高鳴らせながらも料理を続ける。
コンロが一口しかないので、鍋敷きにお味噌汁の鍋を下ろして、フライパンで甘いたまご玉子焼きや野菜炒めを作り、お米はひょいひょいと三角やまるとユニークな形のおにぎりを握って、テーブルに並べた。
子ども達には、他の宿泊客よりも早く身支度をし、テーブルに顔を揃えて貰った。
「ひなぎくさんのおにぎりも美味しいっすよー」
和が気を遣ってくれたようだ。
それが尚更にひなぎくの胸を痛めた。
「パンの方がいいかしらと思ったのですが、売店が開いていなくて。ごめんなさいね」
ひなぎくは、箸を休めて、ぺこりと頭を下げた。
「劉樹お兄ちゃんは、カレーライスを作ってくれたよ」
「時々だぴくよ。よしよし」
澄花は頭を撫でられて、劉樹の手をちょいと触った。
さて、スケジュールでは、今日はふるさとななつ市行きだ。
自分のことは自分でできる子ども達ばかりなので、手際よく福の湯の外へ出る。
飯森地蔵前バス停で、ひなぎくの荷物がかさばっているのが目立った。
おんせんたま号に皆が乗り込むとバスの中で、ひなぎくから話し掛ける。
「皆、米川の上流にある二荒社前で降りましょう」
「そこは、分校があるのでしょう?」
蓮花が不思議そうに訊いて来た。
「そうよ。連絡を入れてあるから大丈夫よ。行きましょう」
ひなぎくが、がさがさとして、ふくれていた荷物をほどく。
「小学校で使う教科書等は、今日は貸してくださるそうです。学用品が全部は揃っていないけれども、私からのプレゼントがあるわ」
昨日、急ぎ、ランドセルだけでもと買いに出掛けていた。
「ごめんなさいね、ランドセルは予約しか受け付けていないのですって。手作りでお恥ずかしいのですが」
転入予定の小学生にとって、学校はまだ先のことだと思っていたので、不意打ちだった。
「これは、トートバッグ。この中に色々と入れてあります。上履きはサイズで買ってみたので学校で履いてみてね。それと上履き入れ。体操服はこれから学校を通じて用意しましょうね。これは、体操服入れ。給食としてお弁当をくださるそうなので、給食ナプキンと給食ナプキン入れも入れましたよ」
沢山つまったトートバッグを三人に手渡した。
それから、今日は急のことで給食が無理なので、今朝のおにぎりを包んで入れてあると話した。
「筆記用具とノート五冊ずつも入っていますよ。細かい学用品は、後でね」
どれもこれも、ひなぎくの思い遣りだ。
「日本の学校に色々と不安もあると思いますが、がんばってみてくれる?」
劉樹がぽっろっぽろぽっろぽろと泣き出してしまった。
それにつられて、虹花もうえうえと泣き出した。
「困ったわー。泣かないでね」
「そうだよ、虹花ちゃん、劉樹お兄ちゃん、泣かないで。私がいるから」
そう言う澄花ちゃんも涙をにじませていた。
「うんうん。大人もいるから大丈夫ぴく……。でも、でも……」
泣き虫の劉樹は、とうとうひなぎくの胸に抱かれるまで泣き続けた。
二荒社前のバス停で皆降りる。
虹花は、桃色ベースのうさぎさん柄で、澄花は、水色ベースのりぼん柄、劉樹は、青色ベースのくるま柄のバッグを手にしていた。
「ひなぎくも行くだろう? 教室まで」
「プロフェッサー黒樹。私では、お邪魔です」
揺れる想いを胸でぐっとこらえた。
「何、言っとる。ここまでして、知らぬで済ますか? その方が邪魔だ」
「では、蓮花さんと和くんも一緒に」
ひなぎくは、焦った。
二人で夫婦みたいには入れない。
「しっかりしろ。保護者に保護者をつけてどうするんだ?」
保護者に保護者は、ぐさりと刺さった。
やはり、黒樹は親なのだと思った。
「私は、そんな資格はないですから。未婚の女性がついて来てどうするのですか?」
「俺も独身だ。……仮でもいいから。お願いできないか? この通りだ」
黒樹に頭を下げられ、困惑した。
子ども達の方を見たら、お願いのポーズをそれぞれにしている。
これは、断る場ではないと、ひなぎくも腹をくくった。
「あっちょんぺっ」
黒樹から、謎の突っ込みが入った。
「何ですかー。困ったわー」
ひなぎくは、緊張からすっかり解かれた。
「皆で、参りましょう。それが、家族なのかも知れませんね。私も……。今だけ、仲間に入れてください」
朝日を受けて、頭を下げ過ぎて膝にちょんとおでこをつけるシルエットがシリアスなのだが、皆を朗らかにさせた。
七人全員で、校門から、教室へと賑やかに入って行く。
その日から、正式ではなくとも、劉樹と虹花と澄花は通学することになった。
蓮花と和に黒樹とひなぎくはふるさとななつ市中央部へと向かう。
たった一つの駅、ふるさとななつ駅に着いた。
コミュニティバス、おんせんたま号は、ふるさとななつ駅までは通じていなかったので、途中から、市営バスを利用した。
「では、大学と高校、いいのがあるといいな」
黒樹は、蓮花と和に信頼を寄せているようだった。
自分の通う学校を決めさせるのも親の仕事だと思っている。
背中を押すのは、軽くて十分だ。
「はい、がんばりますね。和くんも分からなかったら、私を頼ってもいいわよ」
蓮花もたまには姉らしくしたいのだろう。
胸を一つ叩いた。
そして、ここからは、蓮花と和は、別行動となった。
二人は直接、福の湯に帰ることとなっている。
小学校のお迎えは、黒樹とひなぎくでする。
「プロフェッサー黒樹、二人きりになりましたね」
「うむ。そうだな、中々いい」
それから、古民家の持ち主、飯山健さんと喫茶店
先方も二人と伺っていたので、四人掛けだ。
ひなぎくは、緊張して、汗ばんで来る。
じいっと見つめるコーヒーがいつまでも冷めないと思っていた。
右横に黒樹の熱を感じる。
「ふふふふふ……。これ、青いバラ」
「誰? 誰なの……?」
ひなぎくは、振り向いた。
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