E04 黒樹は子沢山ファーザー

 黒樹は、東京行きの同じ便のビジネスクラスに子ども達を乗せて来ていた。

 ひなぎくに知らせるとややこしくなるから、つまり、もういいおっぱいを拝めなくなってしまうから内緒にして。

 勿論、子ども達とフランスで永遠の別れなどとんでもないので、日本に同行して貰うことにした。

 パリで何度も話し合って、子ども達の将来の国籍まで考えてのことだ。

 黒樹はもう責任のある身なのだ。

 肝を据えないと。

 細かくは、学校の手続きや何もかも、黒樹一人で何とかしなければならないが。

 黒樹のそんな胸中をよそに、飛行機は、無事にひなぎくや黒樹を空から地面に滑り込ませてくれた。


 成田はざわめきであふれている。


 九月十二日は火曜日で平日の便だったが、パリからの直行のせいかシートは余ることはなかった。

 大抵の手続きは、ひなぎくがテキパキと行う。

 一方、黒樹は、パリからやっとのことで着いたので、ぼんやりとしている。

 

「俺の遥かなる故郷、日本。人であふれかえっているのは、パリも成田も同じか」


 黒樹は、感慨無量のため息一つの後、やらなければならないことで頭が一杯になる。

 スーツケースを受け取った後、一息つきたくなった。


「おう、ひなぎくちゃん。ずっと帰国していなくて懐かしいラウンジがあるのだが、お付き合い願えるかな」


 ひなぎくは、にこりとした。


「ご一緒いたします。シャルル・ド・ゴール空港から、ずっとお空にいましたからね」


 スーツケースを引きながら、想い出のラウンジ、『みかん』に入ろうとした。


「ここは、カフェオレマックスお砂糖が美味しいのさ」


 群れたオレンジ色のソファーが『みかん』なる名を際立たせている。

 入るなり、向こうで手を振る知った顔が揃っていた。

 これは、黒樹にとってかなりよろしくない状況だ。


「パーパー!」


「お父さーん!」


 黒樹は、ばったりと会ったものだから、無視などできない。

 しかし、ひなぎくには黒樹に子どもがいることさえ伝えていなかったので、参ってしまい、二度三度首を捻った。


「え! パパ? お父さん? 既婚者でしたか……?」


 ひなぎくは、少しかげりをみせた面差しで、カウンターテーブルの止まり木にトンっと腰掛けた。


「お客様、ご相席になさいますか?」


 気の利いた妙齢のウェイトレスにソファーで席を作っていただいた。

 七人も掛けられる席だ。


「こちらは、仕事仲間の白咲ひなぎくさんだ。よろしく頼むぞ」


 黒樹は、自分に言い聞かせる。

 黒樹君や黒樹君、心の臓がバクバクしているぞ。

 そうそう、こちらを先に紹介すべきであろう。

 仕事仲間のフレーズが大切だ。

 聞き漏らすなよ、子ども達よ。

 ついでに、おっぱEひなぎくもな。

 誤解だけはしないでおくれ。


「こちらが、俺の五人の子ども達だ。よろしく頼む」


 黒樹君や黒樹君、心の臓も落ち着きなさい。

 挨拶をするように促せば、うちの子ども達はハキハキとするだろう。

 手前味噌でも何でも構わないさ。

 パリでも育てたせいか、自立心はあると思うしな。


「初めまして。長女の黒樹蓮花くろき れんかと申します。二十歳の大学二年生で、文学部フランス文学科を学んでいました。日本でも編入試験を考えています。蓮花と呼んでください。でも、よく、蓮花さんと呼ばれるのよね」


 蓮花か……。

 黒樹は思いをはせる。

 俺と交際していたバツイチの元妻が二十一歳頃には既にいた連れ子だ。

 元妻が、海原陽翔うみはら はるととの子を妊娠中に、海原が不慮のバス転落事故で亡くなってしまったと聞いた。

 夫、陽翔の名前から一字を付けようとしたが、親族に反対され自分の名前から命名したのが、蓮花だ。

 おしとやかで、スラリとした体形の黒髪をワンレングスに肩下まで伸ばして、今はいない妻に目元がさっぱりしている所など面差しのよく似た子だ。


「初めまして。長男の黒樹和くろき かずっす。十七歳で高校生やってます。和で十分に俺だと分かるっす」


 和……。

 この子も元妻の連れ子だ。

 元妻が二十四歳で前の夫、山野拓磨やまの たくまとの子を産んだのだ。

 兄弟が多い中、兄貴だという自覚が強いしっかり者だ。

 鼻筋が通って中々のイケメンなのに、身長が低めで金髪を五分刈りにせざるを得なかったのを気にしている。

 俺は、黒樹家の用心棒として頼りにしているがな。


「初めまして。次男の黒樹劉樹くろき りゅうきです。十二歳ぴく。多分、新しい学校では、小学六年生ぴくね。可愛い妹もいるし、劉樹お兄ちゃんと呼ばれたいな」


 劉樹……。

 元妻が俺との子どもをはらんでくれ、二十九歳で出産した。

 初めての自分達の子なので、喜び勇んで黒樹の樹を命名に込めた。

 家庭で疎かになりがちな家事をサポートしてくれるいい子なのだ。

 掃除、洗濯のみならず、料理まで得意で、ちいさなお母さんと呼ばれている。

 家で明るく振舞っていても学校では浮きやすいようだから、転校もいいかも知れない。

 まだ、背は伸び盛り、黒髪のぼっちゃん刈りも可愛く、瞳はくりっとして、愛嬌のある笑顔がいい。


「初めまして。次女の黒樹虹花くろき にじかと三女の黒樹澄花くろき すみかです! 九歳で、新しい学校は小学校になると思う。三年生なんだよ。虹花ちゃんと澄花ちゃんでいいからね」


 虹花に澄花……。

 おおう、毎度の如く素晴らしきハーモニー。

 二人とも、元妻が三十二歳で帝王切開でがんばってくれたよ。

 けれども、自分の子を無理してまで産まないでくれても夫婦の愛情は変わらないのにと悔やんで辛い思いをした。

 虹花と澄花は双子の上、大の話し相手のようだ。

 虹花は、口が悪いし気が強い割に暴力は振るわず身を挺して澄花を守る。

 澄花は、学校の勉強が好きだがイジメられており、劉樹と虹花に助けられていた。

 二人の為にもパリからの転校は悪くないだろう。

 毎日帰宅すると、虹花と澄花でギャーギャーしているのも今の内の幸せかも知れない。

 二人の顔は瓜二つで、割と俺に似ている。

 まつ毛がばっさばさで口がちまっこい所は俺にあっても仕方がないから、彼女らにあって可愛い、ふふ。

 金髪の長いおさげが虹花で澄花はボブがお気に入りのようだ。


「まあ、随分と大きいお子様から小さなお子様までおいでで、びっくりしましたわー」


 ひなぎく!

 頬に手をあてて、まったりとしているが、顔が怖いよー。 

 ああ、何か元妻との仲睦まじい光景を思い起こしているな。


 プロフェッサー黒樹!

 わわわわわ、五、五人?

 そんなにお子さんがお好きだとは思いもしませんでしたよ。

 奥様との間に五人も……。

 それは、仲のいいご夫婦なのでしょうね。


「おー、ひなぎくちゃん、誤解しないでくれよ。俺は好きでこうなったのではないからな」


 ひなぎくちゃん?

 連れ子は致し方がないだろう。

 でも、蓮花と和も一緒の家族なのだから、仲間に入れてくださいよ。


 あらあらプロフェッサー黒樹?

 蓮花さん、和くん、劉樹お兄ちゃん、虹花ちゃんに澄花ちゃん。

 皆、可愛いわね。


「え? それは倫理に反しますわ。神様に怒られますよ」

 

 ひなぎくちゃん、まさか。

 あ、子どもを好きではないと誤解をしていませんか?


 プロフェッサー黒樹が、まさかです。

 こんなに素敵な家族に囲まれて、羨ましいですよ。


「いや、違うんだ」


 ひなぎくちゃん、だから、俺なりの家族愛だと言いたい。


 プロフェッサー黒樹、素敵な家族ではないのですか?


「どう違うと仰いますの?」


 ひなぎくちゃん、きっと突然でぱにぱにになっているんだね。

 流石、Eカップ。

 俺が少々、ぱにぱにか?


 プロフェッサー黒樹、俺の素敵な家族にかんぱーいしてねって仰ればいいと思います。


「まあまあ、落ち着いて」


 ひーなぎくちゃーん。

 隣の席にいるひなぎくの肩に手を置いたら、すっと避けてしまわれたよ。

 俺は何も悪くないのに、何故にこうなったよ。


 プロフェッサー黒樹に、お子さんが五人。

 お子さんが五人ったら、お子さんが五人。

 驚きはしていますが、落ち着いていますよ。

 うーん。

 お互いにすれ違っているのかな。


「自分の影ばかり見てしまいました。ごめんなさい。こちらそこ、初めまして。蓮花さん、和くん、劉樹くん、虹花ちゃん、澄花ちゃん。プロフェッサー黒樹とは、お仕事仲間なの。よろしくお願いいたします」


 ひなぎくは、プロフェッサー黒樹と五人の子ども達との新しい生活を始めるのが、最善だと思った。

 いよいよ、子沢山のプロフェッサー黒樹とアトリエデイジーを立ち上げることとなるのだ。


「私は、このオレンジ色の子ども達と……」


 ひなぎくは、そこまで話して、遠くの瞼に浮かぶ飛行機の風を感じた。



 これは、オレンジ色の出逢いだと。

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