この花を、君に。
渡辺翔香
1.あったか屋の愉快な面々①
──あなたなら、どちらを選びますか──
ピピピピピピ……。
端的な機械音が静寂に包まれた世界を突き破る。
「うーん……」
腕を伸ばし、手の感覚を頼りに音の主を探ってみたけれど、全然見つからない。
仕方がないので「まだ起きたくない」と言っている上半身を無理矢理起こして辺りを見回してみると、音の主──目覚まし時計は床に転がり落ちていた。
ベッドボードの上に置いておいたはずなのに何故そんなところにいるんだ君は、と思いながら私は目覚まし時計を拾い上げ、音を止める。
──眠い……。
しかし、何気なく見た手の中の時計の針が五時半を指しているのを確認した瞬間、私の目は一気に覚めた。
「ち、遅刻!!」
急いで洗面所で顔を洗って髪の毛をセットし、ハンガーに掛けっぱなしにしていた半袖シャツとズボンを着用して、メイクもそこそこに家を出た。
アパートの階段をカンカンと音を立てながら駆け下り、歩いて十分程の場所にある職場まで走っていく。
全力で走った甲斐あって、五分で店の看板が見えてきた。
見慣れた『あったか屋』と書かれた看板がの横をすり抜け、店の裏に回る。
そのまま息を切らせながらバァン!と勢いよく事務所のドアを開けると、
「おわっ! き、奇襲か!? 出合え! 出合えぇ!!」
と言う声が聞こえた。
「て、てんちょ……おはようございます……。ていうか、奇襲ていつの時代ですか……」
「おはよう、
そうコーヒーを飲みながらにっこりと笑うのは、この店の店長である
この辺ではイケメンと名高い店長だ。
その噂と違わず、今目の前にいる店長は確かにイケメンだ。
綺麗な二重に、スッと筋の通った鼻、形のいい唇。そして、百八十センチを越える身長に、スラリとした体格。
イケメンに興味が無かった私も面接の時に会った瞬間に思わずイケメン!と思ってしまったレベルだ。
でも、店長に彼女はいない……らしい。
イケメンなのに何でだろうとずっと思っていたけれど、一年間この店で働いてきて何となく理由がわかった気がする。
──せっかくイケメンなのに……店長は……性格がなぁ……うん。
「……何か今、失礼なこと考えてなかった?」
「そ、そんな!」
──何でバレた。
「っ、ははっ! 城田さん、分かりやすすぎ。てか単純」
「なっ……!?」
「城田さんのそういうとこ、可愛いよね」
──……!?
か、可愛いって……可愛いって言ったよね、今!?
「……ぷっ……あははは! 顔真っ赤!面白れー」
「かっ、からかわないで下さい!」
「からかってなんかないよー? ……よし、城田さんで遊んだところで仕事するかな」
「今思いっきり遊んだところでって言いましたよね!?」
一瞬でも喜んでしまった自分が馬鹿みたいだ。
「もう、店長なんて知りません」
「あ、ちょっと……拗ねないでよー」
「話しかけないで下さい」
「許してよ、
「名前で呼んでも無駄です」
「えー」
そんな風にじゃれあっていると。
「こーらぁ! 朝っぱらからいちゃつかない!」
「
厨房から出てきた如月さんに怒られてしまった。
如月さんはもう支度を始めてくれていたようで、エプロンを着け、右手にはおたまを握っていた。
「おはよう、しろちゃん。朝からいちゃつくなんて……良かったわね」
「いや、何も良くないですし、いちゃついてなんて……」
「はいはい。それより、早くしないと開店に間に合わなくなっちゃうわよ?」
「あ! すみません、すぐに行きます!」
──と、まぁこんな感じで『あったか屋』の一日は始まる。
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