解かなくてもいい謎、知らなくてもいい推理
谷川人鳥
落し物は、見つからなくていい
落とし物は、見つからなくていい①
幾らばかりか考えてみたが、僕が思うに好奇心は剥き出しの刃みたいなものだ。
その切っ先が鋭ければ鋭いほど、たしかにより多くの興味に、深い切れ込みを入れることができるだろう。
だけれども取り扱いには、大きな注意が必要に思う。
使い処を間違えてしまえば、自らの身を傷つけてしまうし、むやみやたらに振り回せば、他人に怪我をさせてしまう。普段はきちんと包み隠しておいた方がいい。
たとえとして、こんな話を語ろう。
これは僕が小学生の頃になるけれど、クラスメイトの一人が昼休みになると、時々姿を消しているということに気づいたことがある。
そのクラスメイトの名を仮に、“
行方くんが、週に一度か二度かのペースで姿をくらましていることに、僕以外の誰も気づいていないようだった。
当時、童子の勢いそのままに、曇り一つない刃を殺陣の如く大振る舞いしていた僕は、その行方くんがどこに消えているのかが気になって仕方がなかった。
そこで僕は、行方くんがどこに消えているのかという謎について、誰に頼まれたわけでもないのに一人勝手に推理を始めてしまう。
ここで、何人かの世間一般で言うところのネアカの皆さんはこう思うかもしれない。
そんなの推理するほどのことじゃない。
シンプルに行方くん本人に、どこに行っているのか尋ねればいいじゃないかと。
でも残念ながら、当時の僕にはそんなことはできなかった。
なぜなら僕と行方くんは普段喋るような、いわゆる友人と呼ばれるような関係ではまったくなく、そして僕は自ら話したことのない相手に、喋りかけるようなことのできない、俗にいうネクラ側の人間だったのだから。
そんな小学生にして、社会不適合者の片鱗を見せる僕は、まずは一番手っ取り早い方法として、行方くんを尾行することにした。
そして思いつきの初手にも関わらず、割合これが上手くいくもので、僕はここでかなりの情報を得ることができた。
元来の影の薄さを存分に生かし、行方くんを尾けた結果、なんと彼は昼休みの間に、当時通っていた小学校のすぐ裏にある公園に行っていたことがわかった。
ここまで情報が揃えば、あとは簡単だった。
僕の推理は、一気に結論を導き出す。
小学校という空間は、なんでも不可思議なもので、なぜか男子トイレの個室を使うことが大罪かのように扱われていた。
小心者の僕も、当然便は必ず朝に済まし、下校後家に帰るまでは決してふんばることはなかった。
しかしおそらく、行方くんは僕とは違い、自らの便通をコントロールできない
だから行方くんは、どうしても便意が我慢できない時は、こっそり校舎を抜け出して、外の公園のトイレで用を済ましていたのだ。
こんな風に、僕は解かなくてもいい謎を解き明かし、一人自己満足に浸っていた。
ここまではまだいい。
だがあまりに若すぎた僕は、その後日、過ちを犯してしまう。
またいつものように、誰にも気づかれないように行方くんが公園に向かった日、詳しい事情はわからないけれど、担任の先生が行方くんに何か用があるようで、彼のことを探していた。
中々行方くんを見つけられない先生を見かねた僕は、どこまでも無防備で思慮の浅いお節介を発揮してしまい、こう言ってしまったのだ。
先生、行方くんなら、外の公園に行きましたよ、たぶんトイレの個室にいると思います、と。
これはいけない。
とてもいけないことだった。
僕は誰も知らなくていい推理を、うっかり披露してしまったのだ。
その後は大変な騒ぎだった。
僕の話を聞いた先生は、大慌てで公園の方へ向かい、僕の推理通りトイレの個室にいた行方くんのことを無事保護し、両親に対しても何らかの連絡を送ったらしい。
先生の許可も取らずに、学校の外に出ていたということで、行方くんはとっても怒られたようだった。
ただでさえ先生や両親に怒られ憔悴していた様子の行方くんは、さらに追い打ちをかけるように、同級生たちにいじりにいじられた。
脱糞をするためだけに、わざわざ学校の外まで行った男。それは善悪の区別のつかない男子小学生にとっては格好の的だ。
そして行方くんは次の日から、“
僕は反省した。
とても反省した。
結局小学校を卒業するまで、その不名誉なあだ名で呼ばれ続けた行方くんの目を、最後まで僕は見ることができなかった。
大学生になった今も、僕はこの出来事を教訓としてよく覚えている。
糞を捻り出すたびに、最後まで行方くん本人に伝えることのできなかった謝罪の言葉を心内で呟いているよ。
それでまあ、結局なにが言いたいかというと、この世には解かなくてもいい謎と、知らなくてもいい推理があるということ、つまりはそういうことなんだ。
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