学園最強の異能ハッカー、異世界魔術をも支配する

真野真央/MF文庫J編集部

第1話

   プロローグ



 それは、蒸し暑い夜に起こったとある戦争の一幕。

 開戦の合図すらなく、攻撃の予告すらなく、ある兄妹が一方的に仕掛けた戦い。

 仕掛けられた側は、後にその夜のことを『一夜戦争』と呼んだ。


「――最後のプロテクトは突破。あとは数字を弄るだけの楽な仕事だ。そっちは?」


 天井の照明を消し、代わりに複数台のディスプレイが明かりを灯す狭い一室。

 三つ並べたキャスター付きのチェアに寝そべりながら、少年は余裕な態度でスマートフォンを操作する。


「戦争中に話しかけないでください、バカ悠。こっちはチート持ちの兄とは違うんです」


 そんな少年とは対象的に、必死の形相でパソコンと向かい合う少女。

 ダダダダダダダダダダ――ともはや銃声のようにも聞こえるキーボードの打音を、少年は心地良いと感じた。

 優雅なオーケストラでも聞いているような気分で、窓際に移動する。

 そこに覗くのは、摩天楼が立ち並ぶ見事な夜景。

 自然の美しさとはかけ離れているものの、ライトアップされたビル群が作る都市部ならではの景観は、これはこれで趣がある。

 特に、視界に映り込む景色の中でも一際背の高い建物。

 少年と少女が戦争を仕掛けた相手――その居城とも呼べる場所から一切の光が消えている様を見て、少年はほくそ笑む。


「窓の外を見ろよ。不夜城と呼ばれたエボルトの本社ビルが真っ暗だぜ」

「ガキですか悠。そんなイタズラをしてなにがおもしろいのか」

「わかってるよ。本命のイタズラはここからだ」


 少年は手元のスマートフォンを操作し、作業を完了させる。

 表示されたのは自身の名と、『1』一つに『0』九つの整然とした数字。


「貢献度十億。ピッタリここでカンストだ。九の数字が並ぶより、ゼロの羅列のほうが見ていて気持ちがいい。この上限値を設定した奴はいいセンスしてるぜ」

「同感です。はい、こちらの攻略も終わりました」


 少女の前に並ぶディスプレイには『こんぷりーと』の表示。

 また少年のスマートフォンと同様に、少女の名と十億の数字を表示するものもあった。


「完勝だな」


 キーボードを叩きすぎた疲れか手をぷらぷらさせる少女に、少年はハイタッチを求めようとする。

 だが当然、少女は応えてはくれなかった。

 どころか、逆に少年を睨みつける。

 かと思えば天井を仰ぎ、椅子の背もたれに身を預け、大きく仰け反って唸った。


「あー……がっでむ。また悠に負けました。メガ悔しみ」


 少年――兄は薄く笑い、少女――妹に語りかける。


「いい加減、あんな役立たずスキル捨てろって。なんだったら俺が改竄してやろうか?」

「わかっていませんね、悠は。チートがあたりまえの環境下で、チートなしで勝つ。それが最高にクールなのではないですか」

「そうかよ。なんにせよ、勝負は俺の勝ちだ」

「はい、敗北者ちゃんでーす」


 負け惜しみを言う。しかし、しっかりと敗北は認めている。

 この戦争は、二人ととある企業との戦争――そして、兄と妹が競う戦争でもあった。

 どちらが先に相手を下すか。

 勝ったのは兄だが、企業に勝利したのは二人ともだ。


「俺とおまえ、互いに貢献度十億。これより上は、この街には存在しない」

「もちろん、同数値もですね」

「ああ。つまり数値上は、俺とおまえがこの街の〝王〟ってわけだ」


 スマートフォンとパソコンのディスプレイ。

 双方に表示されている数値は、そのままこの街における絶対的な権力の値を示す。

 戦争に勝利した。得るべきものを得た。

 しかし。


「感想は?」

「特には。妹の目標は兄に勝つことだけなので」


 妹のほうは、なんの感慨もなさそうだった。

 彼女にとっては、企業との戦争など兄と競うための口実のようなもの。

 勝負のテーマはハッキング。

 相手取ったのは街を牛耳る巨大企業。

 クリア条件は満たしたが勝負には負けた。

 それが、少女にとっての今夜の結果だ。


「二位で納得する妹サマじゃない、か」

「そういう悠はどうするのですか? 本気を出せば、このままハッキングした事実を闇に葬ることも可能でしょう。謎の最高貢献度保持者として都市伝説にでもなりますか?」

「いいや。表立って交渉に臨むさ。力は社会に認めさせてこそだ」

「おや、まさか政界進出? それとも就職を? 本当に王様にでもなるつもりで?」

「そのほうが、誰かサマにとっては都合がいいんじゃないかと思ってな」


 勝者の特権として、兄は妹の悔しそうな表情をスマホカメラに収めた。

 妹はまたすぐに挑んでくる。

 少年にはそれがわかっていた。

 なればこそ、勝者として相応しい座に君臨しておいてやろうと思った。


「――諒。おまえが挑戦をやめないって言うんなら、頂きに立って次を待っててやるさ――この街の〝王〟としてな」


 そんな、約束。

 いつか果たされると信じて疑わなかった、約束だった。

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