ある意味あなたが読むのなら、

@axion00

遠回り

 行く当てもなく、しかし足は前へ出る。日没52分前。


 舵取りの下手な主人に二本の足は飽きれながらも、この街の象徴の1つである交差点へ行き着いた。今日もその白とアスファルトの縞模様は、自身を飲むスマホの波を恨めしそうに睨み返す。


 カラフルな雑踏である。なんて感想を持つだろうが、実際には8割が黒や紺のスーツだったり白いYシャツだったりなのだ。まあつまり、よく言えば街の根幹を形成しているのは彼らであり、悪く言えば引き立て役である。


 少し歩いた。人間が用いる時間の長さの尺度で言えば30分位ではないか。

 気付けば、いつか来たラケットショップのガラス窓に、彼は顔を映していた。無気力で、不機嫌そうな顔である。こんな暗い顔になってしまったのかと、一抹の哀愁をもって窓は思う。


 何事も最も強く印象を残すのは初めての時のことで、彼も例に漏れず、初めて来た時のことを回想するのである。

 確か、そうだ、新品のユニフォームを受け取った時だ。

 思い出したのは、その程度なのだ。

 もしくは、あまり深く記憶を掘り起こそうとしなかっただけかもしれない。


 時として過去の記憶は、忘れた方がいいこともある。いずれにせよ、自分が傷付かなければいいのだ。誰しも、こんな、彼のような人になりたくはないのだ。だからこそ、今私もこうやって、非常に回りくどい一人称の叙述をしているのだ。


 いつのまにか、日は沈んでいた。



 今度は目的をもって彼は歩き出す。


 彼は帰るのだ。

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