第4話_噛み合わない交渉

 ドウォールに到着し、ホワード様に面会を申し入れると、彼はにこやかに一切の憂い無く私を招き入れて下さった。私が何の用件で訪れているのかなど分かっているのだろうに、その表情は前回、ただの挨拶に訪れた時から何も変わらない。

「先日はブラウン殿の御領地まで赴かれたのだとか。御当主様とよく似て、活発でおられる! さぞお疲れのことでしょうに、我が屋敷にも足を運んで下さるとは」

 瞬間、身体がひやりとした。此処までご存じなら、ブラウン様から頂戴した回答まで知られていると見ていいかもしれない。わざわざブラウン様が報告を送ったとは思わないが、ブラウン様の微妙なお立場を考えれば、ホワード様の方から探られた場合に隠すことは難しい。だが、そうだとしても私が敢えてそれを開示する理由も無かった。

「体力が取り柄ですから問題ありません。お気遣い頂き、ありがとうございます。それで、今回は――」

「成程、素晴らしいですね。確かに領主たる者、少々のことで疲れていては仕事になりません。貴殿は将来、とても有能で頼りがいのある領主として」

「あの……」

「ご領地を治めることが出来るでしょう。そういえば御当主だけでなく、あなたの御父上もとても活発な方でしたね。コンティ家の定める成人の儀が、そのような身体作りの一環として――」

 快く面会しておいてまさか話を聞かないという手段を取ってくるとは思わなかった。彼に話を聞いてもらうのが最初の課題になりそうだ。愛想笑いで相槌を打っていれば、コンティ家が元気だという話を起点に、少し前に流行った近隣の病の話、そしてものの五分で更に三つの話題を挟んで、今はご自身の領地の野菜が豊作だという話に至ってしまった。

「ホワード様の御領地から入るお野菜はどれも瑞々しく、いつも美味しく頂いております。祖母もきっとそのお話を伝えれば喜ぶことでしょう」

 何とか滑り込むようにしてそう述べると、ホワード様は満足そうな笑みを浮かべたので、いつもより多めに此方の領地へと売って頂くことは可能なのかを問い掛けてみた。予想通り、ホワード様はその話題には乗ってきた。おそらくは元々そういう話をしたくてこの話題にまで切り替えて行ったのだろう。どの地域が豊作で、どの地域までなら運べるという詳細をお話になるのを、控えていた従者に記録させ、おばあ様に伝えて前向きに進めたいとお伝えする。どれだけ豊作であっても、領地内で余らせてしまえばただのロスになるだけだ。ようやく真っ当に会話が成立して、且つ、ホワード様のご機嫌が良くなったところで私の本題へと入ってもらえるように試みた。

「ところで私の方からホワード様へご相談させて頂きたいことがあるのですが、お話、宜しいでしょうか?」

 早口にならないように、それでも途中で遮られてしまわない程度のテンポで伝える。微かにホワード様の瞳の奥が先程までと違う色を見せたけれど、彼は表情には全く出さないまま、にこやかに頷いた。

「ええ、私で宜しければ勿論です。何でしょうか?」

 わざとらしい。手紙でも二回書いているでしょう。流れるように湧き上がった言葉を冷静に飲み込む。

 一度目は断られたが詳細を記載したし、二度目は今日の訪問の用件として書いた。つまりこの反応で、既に彼が私の願いを聞き入れるつもりが一切無いことは分かっていたけれど、諦めることは出来ない。糸口を見付ける為にも、まずは彼の出方を知らなければ。

「一度、書状でもお願いさせて頂いた内容となります。前回、御挨拶の際に連れて参りました我が師オリビアの釈放に、お力添え頂きたいのです。国王陛下は師の力を『脅威の可能性』と仰っておりましたが、今、我が国へと迫っているある脅威に対抗するには、彼女の力は必須です」

 ブラウン様へと訴えたのと同じ内容にはしなかった。ブラウン様と違い、ホワード様は『正当な判断ではない』または『判断が不当である』ことを理由には、釈放に手を貸してくれないと思った。先生の釈放が『必要』だと訴えることで、一時的に味方についてくれはしないかと期待した。ほんの少しの期待だ。何となく、この後の展開について、私は予想できていた。ホワード様は優しい笑みを私に向けた。

「つまり貴殿はこの国を案じていらっしゃるわけですね、その若さでありながら、本当に素晴らしい。御当主様も誇らしいことでしょう」

 国のことは確かに案じているけれど、今そういう話はしていない。

 全く違う話にされるわけじゃないのに、私のしてほしい話にならない。これが、ホワード様と会話する時の違和感だ。私の話は聞いてくれているのだと思う。応じても下さっている。だけど、そこじゃない。戸惑って反応できないでいる内に、ホワード様は機嫌よくお言葉を続けていく。

「しかし我々もまだ、若い者に気苦労を抱えさせるわけにはいきません。未知の脅威については私も聞き及んでおります。しかし、現領主達が全ての力を合わせれば、きっと乗り越えることが出来るでしょう。貴殿の不安な想いは分かりますが、あなたが気負うべきことではありませんよ。大丈夫、我々にお任せなさい!」

 妙に誇らしげに胸を張ると、ホワード様はそう言い放った。その話も大分違う。

 結局私がどれだけ言葉を尽くそうとも、ホワード様は一度もオリビア先生を話題に上げることなく話を流してしまった。心配ない、問題ない、大丈夫と繰り返し、未だ何の立場も無い私が憂えることではないのだと言う。事実、私は子供だ。この国の為に立ち上がって戦う、その先頭へと向かう人間としては頼りなく、相応しくないと言われるのは分かる。分かるけれど。

 粘り強く話をしたが、領主という御立場にある方を自分の為だけに長く留めておくことも出来ず、出して頂いたお茶が冷める頃に、諦めて退散した。

「……お嬢様はしっかりお話できておりましたよ」

「ありがとう、ミリア……」

 項垂れる私に、優しいミリアが励ましの言葉をくれる。一時間もお話していなかったのに、馬で数日間、外を走る方がましだと思えるくらい私は疲れ果てていた。どうすればあの人に話を聞いてもらえるのだろうか。

 この街に到着すると同時に受け取ったおばあ様からの手紙にも、やはり、ホワード様を頷かせるような交渉材料は見付けられていないと書かれていた。このまま待っていても、勝手に名案が湧き出てくるとは思えない。私が自ら探し出さなければ。

「少し、街で話を聞きたいと思います。街中では離れていてもらえますか?」

 じっとしていても仕方が無いので、宿に荷物を置いたら兵士にそう伝える。兵を連れて歩けば悪目立ちをしてしまうし、街の人がフラットに話をしてくれなくなってしまうからだ。言わずともすぐに察して、私に付き添う兵は軽装に着替え、離れて歩いてくれることになった。ミリアも今回は宿でお留守番してもらった。

 前回訪れた時から、特に変わった様子は無い。人々は、脅威の存在をまだ知らない。だけど先日の地震のことは少し話題に上がっていた。私がこの近辺を離れている間にも小さい地震が一回あったようで、生きている内に一度経験するか否かという『天災』を立て続けに二度も経験してしまった人々の不安は大きい。いつまでも話題として残っているようだ。

「きっと、あいつのせいなんだろうな……」

 一人で呟きながら、火山帯で見た存在のことを思い出す。アレは『大地』を『作った』と言っていた。そして人間は『勝手にえた』と。つまり命を育むような機能は持っていない可能性が高い。少なくとも人間を作ったのはアレではない。だが、大地は作ったと言った。それが事実であれば、今、私達が足を付けているこの大地は、アレとは深い関わりがあると考えて間違いないだろう。揺れは、復活の予兆であるとも考えられる。

「――何だってそんな。嫌だねえ、地震といい、不吉なことばっかりで」

 不意に、思考に入り込んできた声に顔を上げる。少し離れた場所だったが、気になる話題だったから耳が拾った。声を辿ってそちらへ足を向けながら、聞き耳を立てる。私の父や母と同じくらいのお年の男女が、立ち話をしているようだ。

「領主様には今、連れが報告に走っているところさ。お前が懇意にしてる行商は、大丈夫かい」

「いやぁ、どうだろう、今は別の街に出ているけれど、こっちに戻る頃に解決してなきゃ危ないよ。怖いねぇ」

 声は聞き取れているものの、肝心の部分が彼らの口から語られない。近くまで辿り着いてしまったが結局よく分からなかったので、仕方なく自ら尋ねることにした。

「あの、何か近隣で危険なことがあるんですか?」

 突然声を掛けた私に二人は目を丸めていたが、私が街の外から来ていて、近日中にこの街を出る予定があることを伝えれば、二人は声を揃えて「西の森の傍は通ってはいけない」と言った。

「とんでもない数さ、目の前が魔物で埋まっちまったんだ。俺ぁもう、死んだと思ったね」

 また、魔物の大量発生。

 最初に頭に浮かんだのは、ここから西となると、イネス様のご領地に近い。以前も魔物の数を気にされていた上、少し前にも同様の被害があったはずだ。すぐに伝えなければならない。けれど次の瞬間、これを『利用』できないか、と考えた。

 先生はホワード様のことを『賢い』と言った。ならば、あの人は利害が一致すれば私のような子供の話であっても乗ってくるのではないだろうか。

 国が今、大きな兵を動かすことはおそらく無い。支援を求めても放置されるだろう。対応に多少なりと困るだろうホワード様の中で、『この問題を解決すること』と、『先生の釈放』を紐付けることが出来れば或いは。考え込む私をどう見たのか、教えてくれたおじさんは明るい顔で私に声を掛けた。

「少しの我慢だよ、お嬢さん。此処の領主様は何か伝手があるらしくってな、こういう突発的な討伐は、余所に頼んでるんだ。きっとすぐに解決してくれるさ」

「余所の……領地ですか?」

 此処と隣接する中で我がコンティ家が治める領地が最大であり、かつ、ドウォールの街から最も近い。だから救援を受けるならうちだろうと思うのに、そのような依頼が入ってきている話は聞かなかった。コンティ家の兵士が動いているなら、流石に少しは私の耳にも入ってくると思うのだけど。しかし、おじさんは否定を示して首を振る。

「いやいや、民間だね」

「そんなのがあるんですね」

「他じゃ、あまり聞かないよ、だから領主様も重宝していらっしゃるんだろう。今回は規模がいつもよりずっと大きいが、何だかんだ、何とかして下さるんじゃないかねえ」

 話してくれた二人に丁寧に礼を述べてから、私はまた市場を歩き回る。気になることがあれば聞き耳を立てたり、先程のように声を掛けて詳しく聞いてみたりするけれど、魔物の大量発生の件が一番、『使えそう』だと思える。しかしホワード様に対応する手段が既にお有りならば、此方がどんな策を練ったとしても何の『利』でもなくなってしまう。民間の討伐隊、私の領地では聞かなかったけれど。

 市場の端まで辿り着いた私は、その時、意識の隅に引っ掛かった気配にハッと背後を振り返る。視線の先には誰も居らず、私の挙動に心配した兵士が少し離れた場所で辺りを警戒してくれていた。先生がいつも『野生児』と呼んだ優れた感覚で、私は先程の気配を探る。

「――賭けになる、けど、……もしかしたら」

 聞き取る者が誰も居ないと知りながら、私は一人、そう呟いた。

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