パーティメンバーは四人まで

吉備糖一郎

冒険者たちのジンクス

 まだ昼間だというのに、酒場は賑わっていた。

 そこにいる殆どの人間は荒事、或いはそうでなくとも何かしら危険の伴う仕事を専門に請け負う、冒険者と呼ばれる者達である。多くの酒場にはクエストボードなる物が設置されており、そこに張り出された依頼とその報酬を見てこれぞと思ったものを引き受けるのだ。

 特定の団体に所属している訳ではないが、それは一つの職業として人々に認められており、彼らを支援しようという組織が既にいくつか名乗りを上げている。

 遡れば数十年前。正体不明の猛獣に畑を荒らされ、猟師に討伐を依頼したものの断られてしまった農民がいた。困り果てた農民は一縷の望みを掛けて、多くの人々が集まる酒場の店主に事情を話し、依頼を張り出してもらった。それを土木関連の仕事に就いていた腕っぷしに自信のある青年達が見事解決して見せたのが冒険者の起源だと言われている。

 現在は黎明期の只中にある冒険者。未だルールらしいルールはあまり存在していないが、いくつか暗黙の了解のようなものがあった。


 陽気な酔っ払い達が明るく談笑している隅で、局所的に陰鬱な空気を醸し出している五人の男女がいた。

「だから俺は言ったんだよ……『パーティメンバーは四人まで』。これは鉄則だってな」

 五人分のジョッキが並んだ少々粗野な造りのテーブル。その何も置かれていない場所を見つめ、やさぐれた声を出しているのは、他四人を纏めるリーダー的存在であるユミヤ。

 冒険者の仕事は多くの場合一人では務まらない。故に彼らは徒党を組み、役割を分担する。それが一行パーティと呼ばれる集団だ。

「いや、そうは言ってもね……やっぱりあのまま放っておく訳にはいかないでしょう?」

 お姉さんじみた口調でユミヤを宥めるようにそう言う女性は、メンバー達の傷を癒す神聖術の使い手・ミツエ。

「そうそう、第一ああいう時真っ先に動くのはいつもユミヤだったじゃないか」

 ミツエに続いてそんなことを言う優しげな目をした青年は、パーティの特攻隊長であるケン。

 言葉を発することなく上目遣いでこくこくと頷く少女は、敵の攻撃を一手に引き受けるガード役のジュンナ。

「そ、そうだよ。オレだってユミヤさ……ユミヤには感謝してるんだぜ? 前のパーティから理不尽に追い出されたオレを、なんだかんだ言いながらも受け入れてくれた」

 そして一人だけつっかえながら遠慮がちに言うのは、五人目――ガンタ。

 ユミヤは彼を心底恨めしげにめ付けたかと思えば、すぐにそっぽを向いてしまう。

「そりゃあ俺以外の総意だっていうならワガママ通すのも気が引けるからな……」

 そこからさらに、ユミヤの声は重々しさを増していく。

「ミツエ、ケン、ジュンナ。お前らもそれなりに固い意思を持って、あの話を持ち掛けてきたんだろうと思う。だからこそ俺はお前らを信じたんだ。……そう、信じたんだ……なのに」

 ユミヤそこで言葉を区切り、大きく息を吸い込んだ。そして勢い良く立ち上がる。

「なんだよお前ら‼ リーダー差し置いてカップル二組成立させやがって! リア充共が! 爆発しろよマジで! 誰か爆発系の魔術使える奴連れてこい! 自爆でも可ッ‼」

 ユミヤの咆哮が木霊し、活気に満ちていた酒場が一瞬ながらも静まり返る。すぐにいつもの雰囲気を取り戻したのは、酔っ払いの癇癪かんしゃくだと思われたからだろう。

 このパーティは元々幼馴染の四人で構成されていたのだが、最近になって新しくガンタが加入した。そこから歯車が徐々に狂い始め、そして今、溜まりに溜まったユミヤの鬱憤が遂に爆発した。

 パーティメンバーは四人まで。それを超えると揉め事が起こる。

 冒険者の間では有名なジンクスだった。……今のユミヤのようにただの事実と捉える人間も決して少なくはないが。

「まあまあまあまあ……」

 今にもテーブルに拳を叩き付けそうな彼の肩を、隣に座っていたケンが抑える。ユミヤは不承不承といった様子ながらも再び腰を下ろした。

 彼らの席は六人掛けで、端から時計回りにミツエ・ガンタ・ユミヤ・ケン・ジュンナという順に隣り合って座っている。テーブルには一人掛けの面と二人掛けの面が二つずつあり、ユミヤの席は一人掛けの方、所謂お誕生日席だ。

 そこは向かい合う二組のカップルを存分に眺めることができる特等席。故に座っているだけでユミヤの機嫌は悪化していく一方なのだが、今現在そこまで気の回るメンバーはいないようだ。

「……ガンタ、お前ほんとどういうつもりなんだ。長い時間を経て徐々に距離が縮まるならまだ分かるし、素直に祝福もするよ。でもな、お前加入して一月経った頃にはもうくっついてただろ、ミツエと」

 実のところ、ガンタとミツエ、そしてケンとジュンナの二組が付き合い始めたことはまだ本人たちの口からはっきりとは明かされていない。

 今回の集まり自体、全てを察したユミヤが提案したものであり、互いの状況は他の四人もそれとなく理解していた。

 しかし、やはり直接伝えられた訳ではないので、ユミヤは二組が具体的にいつから付き合い始めたのかや、そこに至った経緯などについては今一つ掴み切れていないのだ。

「……いやー、なんていうか……」

 疑念、というよりは既に軽蔑の混じった視線をユミヤが放ち、それを受けたガンタはあからさまに言い淀む。

 パートナーのミツエはといえば、ユミヤの方から静かに視線を逸らすと僅かに頬を赤らめた。

 ――――クロである。

「だァァァァ‼ ガンタお前、そういうとこだぞ! そんなんだからパーティから追い出されんだよ!」

「やめてよ‼」

 荒ぶるユミヤを強い口調で制したのはミツエだった。

「……ガンちゃんに酷いこと言わないで」

「やかましいわ‼ お前こそその呼び方やめろ! 付き合い立てのカップルにありがちなちょっと痛い感じのやつ! お前らまだ初対面から二カ月そこらだろうが!」

 一つ、溜息をついてから続ける。

「そもそもお前らなんで付き合ってんの? 切っ掛けは?」

「……なんでだったかなぁ。なんかぬるっとっていうか、シームレスにっていうか……なんとなーく付き合い始めたような……」

「だから初対面から二カ月そこらだろうが! そんなんがあり得るか! ミツエ、なんて口説かれた?」

 日和って曖昧なことしか言わないガンタから聞き出すのを早々に諦め、ミツエに訊ねる。ガンタから言い寄ったことはもうユミヤの中で確定していた。さしたる根拠はないが、ガンタにはさしたる信頼もない。

 彼女も答えねばならない空気を感じ取ったのか、顔を真っ赤にしながらも口を開く。

「『俺の、女になれよ』……って」

 台詞の部分は真に迫るものがあり、恐らくはかなりの再限度であると思われた。ベタな告白である。そしてあまり他人に聞かれたくない類の告白である。

「とりあえずガンタはいっぺん死ね」

「僕もそう思う」

「おいケン、裏切ったな」

 いざこざの中でまた小さないざこざが生まれた。

 刹那的なまでに後先考えないガンタの振る舞いに軽く目眩めまいがしそうになるユミヤだが、糾弾はまだやめないようで今度はケンとジュンナの方に視線を移した。

 急に矛先を向けられたケン達は思わずピンと背筋が伸びてしまう。

「お前らも何しれっと付き合ってんだよ。なんで今なんだよ。そんなに俺を一人にしたかったのかよ」

「……なんかガンタとミツエも付き合い始めたみたいだし、前からちょっとイイ感じだったからいいかなって……」

「『いいかなって……』じゃねぇよ! よくねぇわ張り倒すぞ!」

 そこで、メンチを切られたケンの口角が僅かに上がり、震えた。

「……お前何ちょっと笑ってんだよ? あれか、俺がアーチャーだから格闘戦は無理だってタカをくくってんのか」

「…………そんな、違うって」

「じゃあ今の間はななんだよ‼ 上等だ表出ろ! アーチャーでも剣士に勝てるって今に証明してやる!」

 鼻息荒くケンに掴み掛かり、そのまま外へ引きずっていこうとするユミヤ。

 そんな時だ。

 咄嗟に二人を引き離し、そしてユミヤの前に立ちはだかったのはジュンナだった。

「……暴力は駄目」

 傍らには彼女の得物である、身の丈ほどの大盾がどっしりと据えられていた。実際構えるところまではいかずとも、パーティ内のいざこざで得物が持ち出されるのは結成以来初めての出来事だ。

 それがユミヤの心に更なる荒波を巻き起こす。

「そ、そうだよ、落ち着いて話し合おう?」

 そんなミツエの言葉に反抗するでもなく、されど返事はせず。

 一度ならず二度までも恋人同士の愛というものを見せ付けられ、仲間に得物まで持ち出されたユミヤの精神状態は惨憺さんたんたるものだった。

「別に、一人独身だからってだけで怒ってるんじゃない。……ガンタがこのパーティに入ってきた時からずっと思ってた」

 彼はつらつらと、ガンタが加入してからの二カ月で募らせた気持ちを吐露し始めた。

「剣士でアタッカーとして前に出るケンを大盾使いのジュンナが守って、ジュンナが怪我をしたら神聖術師のミツエが治療。そしてアーチャーの俺がミツエと一緒に離れた位置から戦況を見て、指示を出しながら危なそうな敵を狙撃。バランスの良いパーティだと思ってた」

 ユミヤはメンバー達に順に視線を送り、最後ガンタまで行き着くと悲しげな目をして、

「……でもそれは俺達四人だったからこそ成立したバランスだ。そこにガンタが入ってきて、絶妙に保たれてたバランスが崩れた。――ガンマンってなんだお前、アーチャーの上位互換かよ。二丁拳銃とか洒落たことやりやがって、カッコいいなぁおい」

「え? ……ふ、ありがとう。アーチャーも……なんか古風でいいと思うぜ」

「バカにしてんのか。皮肉だよ。あと思い付かないんだったら無理に褒めようとすんな」

 結局ガンタが言ったのは弓が古いということだけなので、ユミヤの言っていることは至極正論である。

 が、実際は弓も銃も、少なくとも冒険者にとっては一長一短というところだ。例えば弓の場合一度発射した矢の再利用が可能であり、弾薬が限られた中でも長期に渡って活躍できる。しかし威力や射速など、基本性能に関していえば銃が大きく勝っているのもまた事実。

「ぶっちゃけ俺いてもやることないんだよね。敵を撃とうとしたらもう脳天に風穴が空いてるとかザラだし」

 「パーティメンバーは四人まで」と先程ユミヤが言っていたように、パーティメンバーは多ければ多いほど良いというものではない。冒険者は洞窟など狭い場所を探索することも多く、役割のない人間がいればむしろ邪魔になってしまうのだ。

 狙撃手スナイパーは二人も要らない。

 この結論に辿り着いてしまうのは、最早当然の帰結といえた。

「…………もう俺、パーティ抜けちゃおっかなー」

 自然と口を突いて出た言葉。

 発言者たるユミヤも気が付いたのは全て言い終えてしまってからだ。

「何言ってるんだ」

 毅然とした態度でそう言うのはケン。

「ユミヤは僕達の、たった一人のリーダーだ。ユミヤがいなくなったら、誰が僕達を纏めるんだよ」

 そこは腐っても幼馴染、ユミヤを真っ直ぐに見据えて放ったその言葉には、長年連れ添ってきたからこその信頼が籠っていた。

 ――が、しかし。

「いや、でも現に纏まってねぇしな……」

「僕達は、ユミヤのためなら纏まれる! だよな、みんな!」

「うん」

「あ、ああ」

 ジュンナも髪を振り乱しながらこくこくと頷いている。

「それもう俺の活躍っていえるかどうか怪しいんだけど……」

「いえるいえる! 余裕でいえるよ! ねぇガンちゃん!」

「あ、ああ」

「もうガンタに話振るのやめない? 歯切れ悪くてすげぇ気になる。この調子だと俺一生説得されないよ?」

 ユミヤは俯き、また大きな溜息をつく。そして垂れた前髪の奥に濁った目を覗かせながら投げやりな口調で言う。

「どうせお前ら、そのうち俺だけハブってダブルデートとか行くんだろ?」

「そ、そんなことしない……絶対、しないから」

 そう言ったミツエの視線は思い切りあさっての方を向いていた。

「さてはお前らもう実行済みだな? つか、揃いも揃って嘘下手かッ‼ もういいよ! 俺一人で仕事するから!」

 ユミヤはクエストボードの方へ駆けていくと、手近な依頼を引っぺがしてカウンターまで持っていこうとする。

「待て待て待て‼ それアークデーモン討伐の依頼じゃないか? 無理だって! キャリア二十年以上の冒険者が束になっても勝てない相手だぞ!」

「ほっとけ! 俺は行くんだァァァァ‼」

 ケンを筆頭に幼馴染三人がユミヤを取り押さえようと近づいた時。

「……うっせぇんだよヴァーカッ‼」

 咆哮。

 ガンタがキレた。

 突如響き渡った声に幼馴染四人組とついでに他の客全員、クエストカウンターの受付嬢、そして酒場のマスターの動きが停止する。

 しんと静まり返った酒場。

 なおも罵倒は続く。

「黙って聞いてりゃうだうだうだうだと……何かに付けてオレの悪口ばっか言いやがるし……オレだって好きでパーティ抜けてきた訳じゃねぇんだよ! それになんだ、立場がないだって? テメーが弱いのが悪いんだろうが、このザコがァ‼」

 ユミヤは依頼が書かれた張り紙を取り落とし、その場に崩れ落ちた。

 卑屈さがピークを迎えたところにこの仕打ち。止めを刺すには十分の威力だった。

「……それもそうだな……滅茶苦茶言って悪かった。俺もそのうち立ち直るだろうからさ、こっちのことは気にせずこれからも四人で頑張ってくれ」

 彼が静かに店を出ていこうとしたその時。

「ガンちゃん?」

 その声はミツエのものではなく、そしてジュンナのものでもない。誰にも聞き覚えがない女の声だった。

 ――ただ一人、ガンタを除いては。

「やっぱりガンちゃんだ! 探したんだよ⁉ 今までどうしてたの?」

 親しげな様子でガンタに駆け寄るその少女はたった今酒場に入ってきたために、状況が把握できていないようだ。

「……どうして突然いなくなっちゃったの? あんなにわたしのこと好きだって言ってくれたのに! 例えそのせいでパーティがバラバラになっても愛し続けるって言ってくれたのに! どうして――」

「ちょっと! ……ちょっと今は、黙ってて」

 ガンタは慌てて少女の口を塞ぐが、時既に遅し。

 

 ――ピキッ。

 

 それは一体なんの音だったか。

 グラスの割れる音ではない。

 だとすれば、堪忍袋の緒が切れる音か――

「ガンちゃん。――いえ、ガンタさん。そこの方も一緒に、話があります」

 ミツエはただならぬ雰囲気を纏いながらも、しかし静かに言葉を紡ぐ。

 それには有無を言わさぬ強制力があり、ガンタも少女も無言で頷くしかなかった。

 そこで一度、ミツエは振り返ってユミヤの方を見る。

「でも、その前に」

「うん」

「……ん」

 ケンとジュンナも彼女に目配せすると息を揃えた。

『こんなの連れてきて、ごめん』

「ちょっ⁉」

 そんなガンタの声はあえなく黙殺。

「そんな、俺の方こそごめん。こんなのより役に立たないって思うと、つい気持ちがささくれ立って、みんなに酷いことを言った」

「おい、『こんなの』って――」

 黙殺。

「やっぱり俺は、この四人じゃないと駄目だ。俺、これからもっと頑張るからさ……こんなリーダーでも、付いてきてくれるか?」

『勿論』

 三人は晴れやかな笑顔で頷いた。

「――じゃあ、私はちょっと……ね?」

 ミツエから視線を向けられるや否や、脱兎のごとく駆け出そうとするガンタ。

 しかし。

「どこ行くの?」

 少女は純粋にそう訊ねただけだったが、ガンタの目にはその裏に黒い炎が見えた。

「嫌だァ‼ 嫌だ嫌だ嫌だ怖いよォォォ……」

 ガンタはそのまま二人の女性に引きずられ、抜け出そうともがきながら酒場の出口へ消えていく。


 ――――その後、彼の姿を見た者はいなかった。


 そしてその日から、冒険者達のジンクスに新たな一文が追加された。

 パーティメンバーは四人まで。それを超えると揉め事が起こる。

 そして五人目が――なんやかんやあって消える。

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パーティメンバーは四人まで 吉備糖一郎 @idenashishiragu

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