第2話 ミーツェと再会
「あ………………」
どちらのあげた声か。
僕の目の前には幼馴染みで友達だったミーツェが、昔より成長し大人となって、メイド服に身を包み僕を見つめる。
子供たちは何かを察したようで静かになる。
「カグラっ――」
ミーツェは僕に駆け寄ろうとする。
思い出すのはミーツェの母親を殺してしまい「化け物、人殺し」と罵られ拒絶された記憶。
なんでここにいるの?
なんで僕に近づいてくるの?
僕は今までの全てがフラッシュバックする。
「ひぃっ、ごめんなさいごめんさないごめんさないごめんなさいごめんさないごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
僕は腰を抜かして地面に仰向けになり、お腹を見せながら謝る。
これは獣人族の最大の従属、あるいは謝罪の格好。
「カグラ……」
ミーツェは僕に跨がり、僕の頭を自らの胸に抱き寄せる。
「よかったっ、生きてて良かったよぉ、カグラァ」
涙を流しながらそう言う。
きっと復讐の機会を探してたんだ。だから森を出てこんなところまで……
僕は恐怖と混乱がごちゃ混ぜになり気を失う。
僕の心がキャパオーバーをした。
それでも最後まで謝り続ける。
◇◇◇
目を覚ます。
「知らない天井だ」
僕は見知らぬ天井に驚く。確か領主に保護されて、そして――っ。
ミーツェと再会してしまったんだ。
ふと右腕に違和感を覚え見てみると、ミーツェが抱きついて心地良さそうに眠っていた。
「ごめんなさっ――う゛っ」
退いたら勢いがあり過ぎてベッドから落ちてしまう。
「カグラァ?」
ミーツェも目を覚ます。
「あれ、カグラ? カグラどこ、ねえどこなの、カグ――あ、いた」
バッチリと目が合う。
僕は更に退いて壁にぶつかる。僕は頭を抱えて謝り続ける。
ミーツェがベッドを降りてこちらに近づいてくる。
僕は過呼吸になる。心臓も速く脈打つ。
ミーツェは僕に手を伸ばして――
「カグラ、あの時はごめんなさい」
「っっ…………ぇ?」
――手をあげると思ったが謝られた。
「あの時、化け物とか人殺しとか言ってごめんね。あたしお母さんが殺されたことだけ考えててカグラのこと考えてなかったの。だからあれからいっぱい勉強して村長に直訴したら奴隷にされちゃったけど、また会えて嬉しいよ」
「……ミー、ツェ?」
「あたしはカグラに復讐つもりはこれっぽちもないから安心して。ルナ様に保護されたらもう安全だから、もう怯えなくていいよ。これからはここで幸せに暮らそう?」
ミーツェは僕の頭を撫でながら優しく話しかける。
「何、言ってるの? 僕が皆んなを殺したんだよ? 僕は悪いから、奴隷になって罪を償わないとっ……」
「カグラ……」
ミーツェは自らの胸に抱き寄せる。
ミーツェの成長した柔らかい胸が顔にあたる。
「もう償わなくていいからっ。もういいよっ。もうカグラは自由だからっ」
「何で……」
「ルナ様から聞いたよっ。今まで奴隷にされてひどいことされてたんでしょ? もう十分償ってるよっ」
彼女は泣いていた。
もういいよと言いながら僕に強く抱きつく。
よく分からなかった。
なんであれだけのことで僕が許されるんだろうか。
僕は前世でも今世でも周りの人に迷惑をかけてばかりで。
「だからさっ、もうここで暮らそう? ルナ様は優しいからカグラも受け入れてくれるよ?」
「でも……」
「私はっ、もうっ、カグラに苦しんで欲しくないのっ、カグラに幸せになってほしいのっ」
「ミーツェ……」
僕はもう償わなくていいのだろうか。
今の僕には分からない。
「うん、分かった。とりあえずはここで暮らすよ」
「うんっ」
ミーツェは嬉しそうに強く抱きついてくる。
僕は落ち着いてきた。そして分かった。
ミーツェの体、大人に成長している、と。
僕の顔にはミーツェの柔らかい胸が当たっている。
しかも今の体勢は客観的に見るとやばい。
床に座り込んでいる僕の上に、ミーツェが跨って僕に抱きついている。アレな体勢である。
というかミーツェの胸は想像以上に成長しており息ができない。
「ミ、ミーツェ、い、息が……」
「はっ。だ、大丈夫っ?」
ミーツェも強く抱きしめていたことに気づき、体を離す。それでも僕の上に跨ったままだ。
「おーい、ミーツェ、カグラー、起きてるかー――あっ、すまん」
領主が扉を開けて――入ろうとした時、僕とミーツェの体勢を見てすぐに閉めようとする。
「ルナ様! おはようございますっ!」
「あ、ああおはよう」
ミーツェは立ち上がって挨拶をする。
領主は扉をちょこっとだけ開けて隙間からこちらを覗いている。領主は少し頬を赤らめている。
「もう朝食だからな。片付けて来るんだぞ」
領主はそう言って小走りに去っていった。
「?」
ミーツェは『片付ける』という言葉によく分かっていなかったが、「ああ」と分かったようで手をポンと叩く。
「ベッド直さなきゃ」
(違う、そうじゃない)
もしかするとミーツェに性教育はされていないのかもしれない。
僕が奴隷になった時はまだ小さかったし、それから奴隷になったという。誰に買われて何をされていたかは分からないが、そういう知識は少ないのかもしれない。
ミーツェはささっと手慣れた手つきでぐちゃぐちゃになっていたシーツを直す。
シーツを整え終えたミーツェはついてきてと僕の手を掴んで食堂へ案内する。
食堂はやはり広かった。それに屋敷内で働いているだろう使用人たちが集まっていた。そしてなぜか領主もいた。
領主は使用人と食べる物なのだろうか。
僕は空いた席に座らされ「待ってて」と言われる。僕は大人しく待っている。
「カグラ君、おはよ」
「……おはよう」
つい昨日まで同じ牢屋にいた、確かアイシャという名前の子が話しかける。
「カグラ君もここで働くんでしょ?」
「?」
言っていることがわからず首を傾げる。
「あれ聞いてない? 十五歳以上の元奴隷はここで働けるんだって。しかも給料ももらえるらしいよ。そしていつか自分を買って自由になれるんだって」
ここの待遇はいいそうだ。
「それなら働く」
ミーツェもここで働いているようだし働くのがいいだろう。
「そういえばさっきのメイドさんって誰? 知り合い?」
「小さい頃の幼馴染み」
「へぇー、幼馴染み」
「お待たせっ」
ミーツェが両手にお盆を持ってやってきた。
どうやら僕の分の朝食をとりにいってくれてたようだ。
「誰?」
ミーツェはアイシャを睨み付ける。
「アイシャです。カグラ君と同じ牢屋の中にいて膝枕をした仲です」
あれ僕ずっと無視してたしそれほど仲良くないよね。
「へぇー」
ミーツェの瞳からハイライトが消える。怖い。
しかしアイシャは笑っている。
だが目は笑っていなかった。怖い。
「まあいいや。カグラ早く食べよ?」
「うん」
ミーツェはそう言って僕とアイシャの間に割って入り朝食を食べるようかよ催促する。
アイシャの瞳からもハイライトが消える。
美味しいパンやスープを食べ、昨日保護された元奴隷たちと数人の使用人は庭に出る。
どうやら先ほどまでいたところは公爵家の敷地内にある別棟だったようだ。どうやらここが使用人が住む場所のようだ。
領主がいたのは、領主が忙しくない時は出来る限り皆んなで食べるように心掛けているからだとか。
さて庭に集まってこれからのことについて話された。
使用人としてここの屋敷で働くか、孤児院で働くか。そのどれからしい。
領主は街に出たら誰かしら保護するようで孤児院の人手が全然足りないようだ。
結局、僕とアイシャ以外の人たちは孤児院で働くこととなり早速孤児院へ向かった。
僕とアイシャは庭に残される。ミーツェともう一人若い男の人が僕たちに仕事のあれこれを教えるようだ。
「さて仕事と言っても君たちは掃除が主だ」
男の人が言う。
ちなみに彼はオルグという名だ。
「料理や庭の手入れ、領主様の手伝いなどの仕事もあるがそれは難しいし、すでに誰かがやっているから必要ない」
「それで掃除する場所は最初はさっきいた使用人寮。仕事に慣れてきたら屋敷の方もやるよ」
「まあ君たちはここに来たばかりだから、この場所に慣れるまで何もしなくていい。奴隷で辛かっただろう? 今は心身を癒してくれ。基本使用人といることになる。街に行きたい場合は買い出しのついでに出れることもあるから俺かミーツェの言ってくれ」
オルグさんとミーツェはそう説明する。
「ま、今日は庭でのんびりしてもいいし部屋にいてもいい。ああそうだ、使用人寮に図書室とかもあるから案内しよう」
使用人寮を見て回る。
一階には共用スペースが多く、浴場、食堂、図書室、共用リビングなどがある。
使用人の仕事がない夜は図書室やリビングにいる人も多いそうだ。
僕たちは寮内をあらかた見て周り、オルグさんはこの後屋敷の方で仕事があるからとミーツェに後を任せて別れた。
今リビングにいるのだが三人しかおらず静かになる。
どうしよう。誰も話しかけないから余計気まづい。
そんな時、ミーツェが話す。
「ねえカグラ、二人っきりになろう? 色々話したいの」
「う、うん」
「じゃあ私の部屋に行こっか。あ、アイシャさんは好きにしてていいよ」
「ちょっと待ってください」
アイシャは待ったをかける。
「私だけ除け者にしないでください」
「そうは言っても私とカグラの幼馴染み同士の話だし、アイシャさんは部外者だし」
「ですが! 一人でいるのは嫌なんです!」
まあ確かにアイシャの言っていることは分かる。寮の中で一人でいるとかソワソワしてしまう。そもそも奴隷から解放されたばっかりなのだ。
「それもそっか。じゃあどうしよっか」
ミーツェは考える。二人っきりで話したい。でもアイシャを一人にはできない。
少しして結論が出たらしくミーツェは口を開く。
「今は三人でいよう。カグラ、夜寝る前に話そ?」
「うん」
「ありがとうございます」
結局僕たちは図書室から本を持ち出し、外で雑談をしながら読書をすることになった。
そして夕食を食堂で食べ終えると僕はミーツェの部屋へと一緒に行く。
使用人長から僕とミーツェの関係を聞き、ミーツェお部屋に僕も同居することとなった。
さて部屋は一人にはちょうどいい広さでベッドもシングルだった。ミーツェは僕とくっつけるから丁度良いと言っていた。僕は抱き枕にされるのだろうか。
僕とミーツェはベッドに腰掛け、互いの今までのことについて語り合う。
次第に再会できた嬉しさからか過去の奴隷の辛さからか、はたまた両方の理由からかは知らないが、僕もミーツェも泣いて、強く、もう離さないというように抱きしめていた。
「もう寝よっか」
語り合っているといつのまにか寝ても良い時間になっていた。
そんな時、ドアがノックされる。
コンコンコン
「カグラ君はいるか?」
「ルナ様!?」
ドアを開けるとそこには領主が立っていた。
どうやら僕に用があるらしく少し付き合って欲しいそうだ。
「ダメか?」
「いえっ、どうぞ」
ミーツェは僕を領主に差し出す。
てっきり断るものかと思ったが、ミーツェはこの領主をかなり信頼しているようだ。
「じゃあカグラ君、私についてきてくれ」
領主に言われ僕は領主の歩くあとを追う。
そして着いたのは使用人寮の中の空き室。領主の執務室ではなくここにしたのは僕をわざわざ長い距離を移動させないためらしい。
入った空き室の中には多少の荷物があるだけで、今は物置として使われているのだろう。その中から机と二脚の椅子を出して置き、向かい合って座る。
「それで領主様、僕に何のようですか?」
「ああ、まずは私は名前で呼んでもらってもいいよ」
「ですが……」
「まあ無理にとは言わないけどね。徐々にそうしていけばいいさ」
さて、と話を区切り本題に入る。
「カグラ君、君は――暁神楽、か?」
「ッッ!?」
真剣な表情で領主は問う。
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