4章1節 カグラの希望

第1話 新しい希望

 ゴトッゴトッと馬車が揺れる。

 僕は今、馬車の荷台に数人の奴隷たちと共に乗らされどこかへ向かっていた。


 その奴隷たちも僕も手足に枷を付けられ首に鎖をつけられていた。他の奴隷たちもその表情は暗く瞳からは生気を感じられなかった。おそらく酷い目にあったのだろう。体にはちらほらと痣などの傷が見受けられた。そんな中で僕だけ無傷だったのが気に障ったのか一部から睨まれる。『自動再生』で治ってしまうのだ。だからそんな視線を向けないでくれ。


 この馬車がどこに向かうかは知らないがドステルト領は越えたようだった。


 のどかな平原を馬は駆ける。

 馬はどういった心境なのだろうか。モノとして無理矢理走らされているのか、平原を走れていることに楽しさを感じているのか。

 僕はそんなことを考えながら馬車に揺られる。


 ◇◇◇


 馬車が止まる。

 目の前には数メートルほどの壁がある。街についたようだ。御者は手荷物検査をしてきた兵士に賄賂を渡し門を通る。

 後に聞いた話だがここはフェーゲルハイト領らしく、領主が奴隷――犯罪奴隷を除く――を禁じているので捕まえてきた奴隷は即兵の御用となる。

 そこで奴隷商人たちは兵に賄賂を渡して街を出入りしているようだ。


 街の中は雑多の一言に尽きた。

 大通りは十分に広いのだろうがそれでも多くの人が行き交っている。冒険者らしき人が多く、屈強な男が多い。

 街のあちこちに煙突が刺さっており煙が吹き出している。


 工業都市オーエン――シュワルゲン王国随一の工業都市で、国宝級の武器や防具を作る鍛治師がいたり、とにかく良質な武器を防具を鋳造している。なので、良い武器などを求め王国中から多くの冒険者が集まる。

 また武器や防具だけでなく、家具や日用品などを製造している。なのでここには冒険者だけでなく、良い商品を求めて商人も集まる。

 それだけでなく見習い鍛治師はここを訪れ――いわゆる聖地巡礼――たり、工房に弟子入りする鍛治師なども集まる。


 なので街中には人だけでなく家や工房が密集している。

 ここから徴収される税は相当なものになるだろう。


 そんな人混みの中を馬車は抜ける。馬車専用の道路が整備されていてすいすい進めた。


 しばらく走り人ごみから離れたところに向かい馬車を降り商店まで歩かされる。

 商店の裏口から入り地下の牢屋に放り出される。

 ここの牢屋も清掃が行き届いておらずジメジメとして汚い。


 僕はそれから数日間も、暴力に耐え少ない食事を胃にかきこみ過ごした。

 住めば都――僕は領主のところでの生活を思い出し少し落ち着いていた。寝る、食事、寝る、暴力、気絶する、暴力、食事、寝るが毎日の習慣となっていた。慣れたくないが仕方ない。


 さらに一週間後、僕と数人の奴隷たちは牢屋から出され馬車に入れられる。また移動するようだ。

 他の奴隷たちはかなりやつれていた。


 外で一泊して翌日、オーエンよりも大きそうな街に着いた。

 ここがフェーゲルハイト領領都カッツェ。

 ここの兵は賄賂を渡そうものなら即捕まるらしいので、僕たちは積荷に隠されてやり過ごす。声を出さないように猿轡をされたり、それでも暴れたら睡眠薬で眠らされていた。

 僕は抵抗はせず猿轡だけをされた。


 そして少しして商店へ着く。人は限りなく少なく裏路地だと分かる。

 また地下の汚い牢屋へ入れられる。牢屋の数は少ないらしく二人一牢屋だった。僕は同い年ぐらいの少女と入れられる。


 その少女は今までのことに耐えきれなかったのか、小さく泣き出す。


「お父さん、お母さん…………」


 たぶんだが無理矢理捕まえられて奴隷にされたのだろう。可哀想だとは思う。

 しかし僕は背を向けて眠りにつく。



 目を覚ます。

 凝った体を動かそうとするも何かに拘束されて動けない。

 ふと背中を見れば泣いていた少女が背中から僕に抱きついて眠っていた。いつの間にか抱き枕にされていたらしい。

 僕はゆっくりと彼女の拘束から抜け出そうとするも起こしてしまったようで、彼女は目をこするながら上半身を起こす。


 彼女は僕に抱きついていたことに気がついたのか顔を赤くして謝ってくる。


「気にしないで」


 僕はそれだけ言って凝った体をほぐす。

 彼女は意を決したように僕に話しかける。


「あ、あのっ、私アイシャって言いますっ。君は?」

「………カグラ」

「っっ!! え、えっとねっ、カグラ……君? ちゃん?」

「男」

「カグラ君は獣人族、だよね。どうしてここにいるの? 私は村が盗賊に襲われて奴隷になっちゃったんだ」


 彼女はおどおどとしながらも会話を続かせようとする。


「……自業自得」

「……?」


 彼女はよく分からないといった感じだ。


「僕と関わらないで」

「…………ぇ」


 僕は再び眠りにつく。

 僕と関わったらろくなことにはならないので予め関わらないように言う。もし話しかけられても無視しよう。

 どうせまた何処かへ行くのだし。



「うっ……」


 僕は店主に牢屋から連れ出され殴られたり蹴られたりされて再び牢屋に放り込まれる。

 僕はそのまま眠ろうとする。


「大丈夫? じゃないよね」

「……」


 あれから数日が経ったが彼女は諦めずに話しかけようとする。


「それってスキル、かな?」


 僕の傷が勝手に治っていくのを見て問う。

 僕は無視する。

 それでも彼女は僕に話しかけてくる。そして何か思いついたようで「あっ」と声を上げる。

 そして僕の頭を持ち上げて彼女自身の膝の上に置く。いわゆる膝枕というやつだ。しかも頭を撫でてくる。

 なぜそれをしようと思ったのか問いたい。


 僕は限界だったのでそのまま眠りにつく。



 それからというものの彼女から話しかけることは各段に少なくなったが膝枕が多くなった。

 彼女はおすすめ商品なのか――確かに美少女の部類に入るだろう――暴力を受けずにいたので僕を労っていた。


 そして今日も暴力を受け牢屋に放り込まれたある日、突然店が騒がしくなった。

 そして従業員の一人が慌てて走ってきた。


「いいかお前らっ! お前らは犯罪奴隷だからな! 捕まったとはいうなよ! 命令だ!」


 首輪に魔力が流れる。

 もし男の言うことに背けば激痛が流れるだろう。

 男はとにかく慌てていたのか「いいな!」とだけ言って戻って行った。

 少しして誰かが階段を降りてこちらに向かってきている。

 コツコツと靴の音が地下に響く。

 奴隷たちは先ほどの従業員の慌てようからどんな偉い人が来るんだと怯えていた。


「そ、それで今日はどういった御用でっ」

「……」


 店主は過去最高にごまをすっていた。冷や汗が流れている。心音も僕には聞こえ速く脈打っている。


 そんな店主がごまをすっているのは女性であった。意外と若く僕と同世代ぐらいだろうか。まだ若そうなのに店主が頭を下げているのはかなりのお偉い方なのだろう。

 彼女は、そこまで豪華すぎずかといって安そうでもない少々良さげの服を纏い短剣を携えている。冒険者なのだろうか。

 側にはメイドと執事も控えている。見て分かる。三人ともかなりの強者だ。

 動きに隙がない。


 やってきたのはそんな三人だけだった。

 そして彼女は立ち止まり奴隷たちを見やる。

 そして店主に問いかける。


「ここにいるのは、本当に犯罪奴隷か? 明らかにそうでなさそうな者もいるが」

「本当に犯罪奴隷でございますっ、ご領主様っ」


 驚いた。冒険者かと思われた彼女はここの領主であるらしい。そりゃ店主もごまをする。ここにいるのは犯罪奴隷ではないもの。

 おそらく突然やってきたのだろう。フットワークが軽いのかもしれない。


「ここにいる全ての者のステータスを見せろ」

「はっ、はいっ、直ちにっ」


 店主はそう言って奴隷たちのステータス諸々が書かれた書類を取ってくる。

 すぐに持ってきて領主に渡す。

 そして領主はその書類十数枚を目に通す。


「ふむ……」


 何もおかしいことはなかったのか書類を返す。


「……怪しいな」

「えっ……」


 怪しんでいた。

 彼女は僕の前に来て一つ問う。


「君は本当に犯罪奴隷か?」

「はい」


 僕は肯定する。

 確かに村や森を焼いたのだから犯罪だろう。村人が子を売るのはあり得なくもない話だ。


「『聖なる神よ 裁判の神よ 我に汝の真実を示せ』」


 彼女は詠唱を始め――


「『真実之審判ジャッジメント』」


 ――魔法を発動する。

 光が僕の体を覆う。店主は顔を青ざめている。

 そして結果が出たらしい。


「何? これは……まさか……」

「ルナ様?」


 ルナとメイドに呼ばれた領主は目を見開いて驚いていた。村や森を爆破したのがバレたのだろうか。領主は僕の顔を何度も見る。

 店主は青を通り越して白くなっていた。


「こほんっ。しかし、本当に犯罪奴隷だったようだな」

「……え゛」


 まさかの結果に店主はくぐもった声を上げる。「なんか知らんけど助かった〜」という顔をしている。


「何か?」

「いえっ、何もっ。本当に犯罪奴隷でありましょう?」

「ああ。念のため全員を審判しよう」


 「あ、終わった」という顔になる店主。顔の色の変化が面白い。


 そして全員魔法で審判し終える。


「そこの少年以外犯罪奴隷ではないのだが? どういうことか、話してもらおうか? 店主?」

「…………はい」


 店主は潔く認め外に待機させていた兵に連れて行かれる。


「さて、君たちは領主たる私が保護しよう。今鎖を外すから待っていてくれ」


 奴隷の持ち主も先ほど店主が破棄し、鍵を領主に渡していた。

 メイドや執事が順に外していく。

 そんな時、同じ牢屋の少女が声を上げる。


「あ、あの! カグラ君はどうなるんですか!」


 僕が犯罪奴隷だったと知ってもなお僕を助けようとする。犯罪奴隷は認められているのだ。僕はこのまま別の商人のもとへ行くだろう。

 それを危惧して彼女はどうするのか聞いたのだろう。

 彼女は「カグラ君も絶対に助けるっ」と決めていた顔をしていた。


「いいよ。僕は悪い子なんだから」

「でも!」

「でもじゃない。ね?」

「…………うぅ。カグラ君は優しいもん。犯罪者じゃないもん」


 彼女は目に涙を浮かべる。

 僕が犯罪奴隷だと認められず優しいと言い張る。


 領主は牢屋の扉を開け中に入り鎖を外す。


「もちろんカグラ君も保護するさ」


 領主はそう言う。

 犯罪者の僕も保護する。この領主の頭は大丈夫だろうか?


 そしてこの場にいた全ての奴隷が領主の屋敷へと連れて行かれる。

 外に馬車が四台用意されており一つは領主の乗るものだろう。

 なぜか僕と少女だけ領主と同じ馬車に乗らされる。


 領主が窓際に座り、その隣にメイド、執事と並んで座る。その対面に僕と少女は座る。

 少女は初めて見る豪華な馬車に目をキラキラさせている。


 窓から街を眺めると多くの人たちが馬車に気づき領主に手を振る。そして領主も手を振り返す。

 領民からの信頼は厚いようだ。


 領主は手を振り終えると次は僕の顔をマジマジと見つめてくる。

 少し、いや大分もどかしい。


 早く着いてくれと願いながら十分ほど走る。



 屋敷についたようだ。

 僕はその広さに驚いた。ドステルト領の屋敷の何倍も広い。

 大きな門を潜るとまず目に入るのは緑豊かな庭。そして正面には大豪邸とも言うべき屋敷。

 庭も手入れがよく行き届いており小鳥なども集まっている。


 少し進んで馬車を降り屋敷まで歩く。

 その間に領主は元奴隷たちのこれからについて話した。


 どうやらこの領主は公爵らしく、その権力と資金を駆使して奴隷たちの保護を行っているそうだ。

 そのために孤児院も運営しており子供たちはそこへ行くらしい。大人や大人間近の子供は屋敷の別邸で働くために教育を受けるそうだ。

 だから領民からは好かれているのだろう。

 ここの使用人たちもドステルト領と違い生き生きとして楽しそうだった。


 庭の方から子供たちの声がする。

 保護している子供はたまにここで使用人と遊ばせているらしいのでその子供たちだろう。

 子供たちが元気に走ってきて領主に駆け寄る。

 後を追って数人の使用人も走ってくる。


「ごめんなさいルナ様。止めたんですけど止まらなくて」

「いやいいさ」

「また、ですか?」

「ああ。ミーツェ、この前に言ってたカグラだが……」

「あ………………」


 僕はミーツェと再会した。

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