故意のはなし
詠弥つく
故意のはなし
あなたが私に恋い焦がれているというのは、誰が見たってわかる公然の秘密だった。
だから私はあなたの手を握って、短い間の綱とすることを決めたのだ。
さらさらとした、粘度のない粉砂糖をたっぷり飾った声で、あなたを呼ぶ。
幸福からその頬を薔薇色に染め、応えるあなた。その声は、どろりどろりと良く煮詰めたカラメルのようだった。
深い透明な水の中、女の腕のように絡みつく水流を蹴飛ばして、私は泳ぐ。ぼうっとしていたら呑まれて溺れてしまうだろうに、あなたは私に見惚れていたっけ。
濡れた髪を絞る私に、あなたは恐る恐る触れる。手の平が持つ恋の熱は、冷え切った私の体に沁み込んで不思議な心地がした。
あなたを愛したことなどなかった。あなたの恋を利用して、ままごとがしたかっただけだった。
あなたは幾度も私を欲しがったけれど、戯れ以上を許すことはしなかった。私は、あなたの唇の味を知らない。
一年半にも満たない、お遊びの時間は呆気なく終わる。
あなたの卒業。胸元に花のコサージュ。私を見て儚く微笑むあなた。
今はきっとあなたの頭の中は私でいっぱいになっている。
けれどひと月後、ふた月後、その先はどうだろう。
明日からの約束を拒絶したのは私だった。それなのに、ずるいと思ってしまうのは何故だろうか。
移ろう恋が本物の愛に育ってしまうのが怖かった。それでも私は、あなたの永遠になりたかった。
なにもなかったはずの心には確かに育ったものがあったのだろう。だから、この行動は全てが故意で、私の身を殺すのは恋なのだ。
プールに飛び込むように宙に身を躍らせる。脳味噌が砕けていく直前に
「君は私にとって鴉みたいな人だね」
幻聴と、私の仲間になるであろう鴉の声がした。
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