第13話 年が明けても変わらない

「奏ー、お餅何個食べる?」

「二つー。私も手伝うね」

奏はエプロンを着けると、母のお雑煮の準備を手伝っていた。ダイニングテーブルには御節の三段重に、お屠蘇の容器が用意されている。

「あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます」

食卓に家族四人が揃うと、お屠蘇を弟の創から順に飲み、御節に箸をのばしていた。

「そういえば、奏はバンド活動どうなってるの? 最近更新してなくない?」

あの日以来、創はwater(s)のアカウントをチェックしていたのだ。

「うーんと、デビューが決まったから更新はマネージャー担当になったの。SNSは休みの間に更新されるはずだよー」

さらりと告げられる事実に創は驚いていた。

「えっ?! デビューって、プロってこと?! 凄いじゃん!!」

「ありがとう」

「奏、もっと早く言えよー」

「だって、創は剣道忙しそうだったし。顔合わせるのも少なかったから」

姉弟きょうだいの会話に父も加わり、お年玉を手渡すと、二人揃って応えていた。

「ありがとう」

久しぶりの家族団欒に母は嬉しそうにしている。

「二人とも初詣行くんでしょ? 気をつけてね」

「はーい」

「うん。お父さんもお母さんも気をつけて行って来てね」



姉弟二人が、それぞれ出かけるのを見送ると、テレビを見ていた父は、嬉しそうな笑みを浮かべている。

「どうかしたの?」

「いや、すきな事に没頭出来るのは羨ましいな」

「そうねー。二人とも同じようにピアノと剣道習わせてたけど、自分のすきな事を選んだみたいだからね」

「奏がCD出したら、買わないとな」

「うん!」

父の娘を応援する言葉に、母は柔らかな笑みを浮かべていた。その笑顔は奏と似ているのだった。



奏と創は、並んで駅までの道を歩いていく。

「創は今日は部活の子と?」

「うん、地元の神社に行く予定。奏は?」

「私も待ち合わせて地元の神社に行く予定だよー。その後はバンドのメンバーと待ち合わせて練習かな」

「奏は、本当に音楽すきだよなー。家でもピアノ弾いてるし」

「それは創もだよね? 元旦は久しぶりのお休みじゃない?」

二人は歳が二つしか変わらない事もあってか、仲が良い方だろう。十分程で駅に着くと、奏の待ち合わせの相手が待っていた。

「和也ー!」

「えっ?! 奏の待ち合わせ相手って男?」

思わず声を上げた創に、奏は即答していた。

「そうだよー。綾ちゃんだと思った?」

「うん……。彼氏?」

奏は和也の隣に立つと創に紹介をしていた。

「うん、宮前和也先輩。バンドのメンバーで、私を入れてくれた人だよ」

「はじめまして、弟の創くんかな?」

「はい……」

創の目の前には楽しそうにする姉と、人目を惹くようなルックスの和也が立っている。二人の仲の良さは、彼から見てもすぐに分かった。彼女の弟に、丁寧に挨拶をしていたからだ。

「じゃあ、俺はあっちで待ち合わせだから」

「うん。創も気をつけてねー」

「創くん、またね」

手を振る奏と和也と別れると、創は友人の待つ店内へと向かった。彼が後ろを振り返ると、自然と手を繋いで歩く二人の姿が目に入った。

見ていた自分の方が頬が緩みそうになるような表情を浮かべる二人に、自分の姉ながら羨ましいと感じる創がいるのだった。


奏と和也が神社でお参りの順番を待っている間、二人は甘酒でだんをとっていた。

「はぁー、美味しいね」

「うん、奏は弟……。創くんと仲が良いんだな」

「そうかな? 歳が近いからかな? 和也はお兄さんとは歳が離れてるんだっけ?」

健人たけととは六つ歳が違うから、もう社会人だな」

「社会人かぁー。大人なイメージだね」

「まぁー、健人は音楽好きの優しい兄貴だな。CD買うって言ってたし」

家族の話をしながら、二人は楽しそうにしていると、一礼をした。彼らの番が来たからだ。お賽銭を入れ、願い事を瞳を閉じて唱えている。

water(s)でずっと歌っていられますように……。

隣にいる和也と…ずっと一緒にいられますように……。

奏の願いは長かったのだろう。和也が目を開けると彼女は瞳を閉じたままだった。

そんな彼女の横顔を彼は優しく見つめると、二人揃って一礼をし、神社を後にするのだった。


「早く着きそうだな」

「そうだね。どうする? 駅前でお茶してから行く?」

楽器も弾ける広い部屋のあるカラオケ店の予約時間まで、まだ三十分以上時間があるのだ。二人は駅の改札を出ると、コーヒーショップに入り時間を潰すことにした。

「マスターのコーヒー飲みたいな」

「そうだねー」

和也がそう言うのも無理はない。マスターは客の好みのコーヒーを淹れてくれるのだが、年末から六日にかけてお正月休みの為、数日の我慢が必要なのだ。

そんな話をしていると、後ろから声をかけられていた。

「和也……奏?」

二人が振り返ると、和也と同じく楽器ケースを持った圭介が飲み物を片手に立っていた。

「圭介くんも早く来たんだね」

「うん。明宏と大翔もすぐに来るよ? さっきまで楽器店で一緒だったから」

時間厳守なwater(s)の為、程なくして明宏と大翔も合流し、五人はカラオケ店に入る前にコーヒーショップで集まっていた。

「和也達は珍しいの飲んでるなー」

「大翔くんもココア飲む? もうお店出るでしょ?」

「大翔はこっち」

奏が差し出したカップを和也が受け取ると、自分のカップを大翔へ手渡していた。そんな彼の様子を微笑ましく感じているメンバーがいるのだった。


ケースからそれぞれ楽器を取り出すと、"終わりなき空へ"に続いて、"夢見草"を演奏していく。三月から三ヶ月連続でCDをリリースする事が決まった為、五月に出す曲を早々に検討中なのだ。

water(s)は今までに書き溜めた曲は二十曲以上あるが、奏の為にアレンジし直したのは、その中のおよそ半分強だった。

「ちょっと変化つけて……次はアップテンポな曲がいいよなー」

「だよなー。夢見草がクラシカルな感じだからな」

「じゃあ、バイバイかなー。後はB面は先取りでウェディングっぽい感じのhoneyとか?」

「いいかもな! ちょっとやってみるか」

彼らはiPadに入れている音と合わせ、奏に歌うように促していた。

彼女はキーが基本的に高い。人の耳に伝わりやすい声に、その姿に、足を立ち止める人がどのくらいいるだろう。彼らは彼女に合わせて演奏をしながら、そう感じていた。世に出る事が不安と言うよりも、待ち遠しくて仕方がないのだ。

「失礼します」

少なくとも飲み物を持ってきた店員が、思わず聴き入ってしまうような歌声だった。彼らの視線を感じ、慌てて出て行く店員に、ファンを一人掴まえたような気持ちで見つめる四人がいた。


この日に決めた内容は、そのままCDに反映される事となったが、ジャケットや宣伝資材等の慣れない事が彼らを待っているのだった。

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