第8話 はじまりの時
目の前に建つ高層ビルの前に、授業を終えたwater(s)の面々は立っていた。
「……緊張するね」
「そうだな」
奏の言葉に四人とも同感だったが、圭介は息を吐き出すと率先してエントランスへ入っていった。
受付で杉本宛に来た事を伝えると、椅子に座って待つように促された。放課後という事もあって、奏以外のメンバーはそれぞれ楽器ケースを肩から下ろして待っていると、五分程で杉本がエレベーターから降りてきた。
五人は彼を見つけると、その場に立って一礼をしている。彼らの礼儀正しい姿に杉本は微笑んで応えると、ビル内にある広いレコーディングスタジオへ案内していた。そこには、スーツ姿の年配の男性が待っていたのだ。
「初めましてwater(s)の皆、プロデューサーの
そう挨拶をする彼は、五人それぞれに名刺を手渡していく。
「宜しくお願い致します」
圭介の言葉に続いてメンバーが一礼すると、彼らの期待に満ちたような瞳に微かに笑みを浮かべている。
「スギから話は伺ってます。CDも良かったんだけど、生の音が聴きたいからここで演奏してくれるかな?」
「はい!」
勢い良く応えたのは和也だった。
五人はスタジオ内にあるドラムにギター、ベースにキーボードを借りると、いつものように弾き始めた。その曲は初めて五人の音が重なった"春夢"だった。
「……スギの言ってた通りだな」
十代とは思えないほどの高い技術力に、声量のある歌声が
佐々木が今までにプロデュースして見てきた中でも、比べものにならない程、ファーストインパクトの技術力が高かったのだ。
音が止むと、思わず拍手をする杉本の姿があった。佐々木も彼に釣られるように拍手をしていると、彼らに尋ねていた。
「音楽に関する学校って聞いたけど、何処の学校かな?」
「
圭介がリーダーとして、代表して応えていく。
「miyaとhanaは高校生って聞いたけど」
「彼らは、僕達が通ってる大学の附属音楽高等学校に通っています」
「そうか……」
音楽を志す者なら誰でも知っている国立学校の為、高い技術力にも納得の表情を彼らは浮かべていた。
「いつも専攻している楽器はあるのかな? 今、聴かせて貰える?」
「はい」
即答する圭介に応えるように、メンバーは楽器の用意をするが、和也だけはギターのまま構えている。
「佐々木さん、miyaはギターのままでいかせてもらいます」
圭介はそう伝えると、先程と同じ曲をほぼ即興で弾き始めた。和也のギター、圭介のヴァイオリン、明宏のチェロ、大翔のサクソフォンに、奏のピアノと、五人の音が重なっていく。
「ーー別格だな……」
佐々木がそう呟いたのも無理はない。専攻している楽器とはいえ、ここまで心地よいハーモニーになるのは、日頃からの五人の練習の賜であり、個々の能力が高いからなのだ。
緊張感のある中、water(s)の音がスタジオに響き渡っていた。
「面白い編成だったけど、良かったよ。ちなみにmiyaは何を専攻してるのかな?」
「ピアノです」
はっきりと応えた彼の瞳は、弾き終わった高揚感が滲んでいる。
「では、早速今後について話をしようか」
佐々木はそう言うと、五人が片付けるのを待って、杉本と共にミーティングルームへ向かうのだった。
water(s)は未成年の為、予め渡されていた親の同意書を杉本が受け取ると、新曲を書き下ろす事や三月二十八日のデビューが続々と決まっていく。
奏は目の前に起こっている出来事が、信じられないでいた。
……親に同意書を貰う時も夢見心地だったけど、まだ実感が湧かない。
いつか…歌える人になれたら……と、思った事はあるけど……。
実際になれるとは思ってなかった……。
彼女の気持ちを察したのか、隣に座っていた和也は彼女の右手をそっと握っていた。握られた手の温かさで、奏は現実なんだと自覚していくのだった。
「本名非公開、顔出しNGは了承したよ。ネット配信の方は、今後はマネージャー主体で宜しく頼むよ」
「はい」
「では、water(s)のマネージャーを紹介しよう」
佐々木の言葉に応えたのは、先程から行動を共にしていた杉本だった。
「
そう言って差し出された手を圭介は、しっかりと握り返していた。
彼から改めて渡された名刺には、water(s)マネージャーと肩書きが追記されていたのだ。
water(s)をエントランスまで見送った杉本がミーティングルームに戻ると、佐々木は楽しげな表情を浮かべていた。
窓からは、五人が歩く後ろ姿が遠くに見えている。
「ーーwater(s)はエリート音楽集団なのに、それだけじゃないのが魅力だな……。それにしてもまだ…全員十代か……」
佐々木の目から見ても、彼らの音楽センスが桁違いにいい事が分かったからだ。
「スギのおかげだな。一先ずお疲れ」
そう労われた杉本は微笑んで応えていた。
「はい。どんな曲を持って来てくれるか待ち遠しいです」
彼らの会話の流れで、どれだけ五人に期待を寄せているかは明らかだった。
「佐々木昇さんか……。オーラがあるような人だったな」
「あぁー。あの人が若手の頃からプロデュースしてる人は、名曲揃いだからなー」
「あの人が納得する曲って事か……」
「……楽しみだな」
和也の溢した言葉に、彼らは頷いて応えていた。
ーーこれから…はじまる……。
先の事を不安に思うよりも、和也の言ったとおり楽しみたい……。
その為には、もっと…もっと歌えるようにならないと……。
気持ちを新たにした五人は、すぐに曲作りに取りかかる事になるのだった。
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