あの日見た夕日は赤かった

るう

あの日見た夕日は赤かった

「ただいま。」


迎えてくれるのは、真っ暗な部屋と、寒い空気。


玄関の自動電気がついて、正面の窓に自分の顔が写る。

そしてまた、暗闇が包む。


靴を脱ぎ、部屋の電気をつけて暖房をつけた。部屋の電気をつけても明るくなるのは部屋だけで、僕の心は暗闇に閉ざされたままだ。部屋が暖かくなるまで布団に潜って待つ。

本当は、布団も冷たくて意味はないが。


ポケットからスマホを出して、なんとなくホームボタンを押すけど、浮かび上がった画面には通知なんかない。今日も、明日も、誰かから連絡が来ることはないだろう。

静かすぎて耳がキーンと鳴る。この沈黙をどうにかしたくて、動画サイトを開いてみる。適当にスクーロールしていくが、楽しそうな動画はなさそうだ。

やる事がなくなってしまい、またホー厶画面に戻る。そこら辺に浮かんでいるアプリアイコンをタッチするが、何も楽しくなくて、ホーム画面をぼーっと眺めていたら、いつの間にか黒くなった画面が僕を写していた。

もぞもぞと布団から出てシャワーを浴びる。

シャワーが終わっても、やっぱりやる事がなくて、布団に入る。耳を刺すような静けさがうるさい。

とても眠れそうになくて、再びスマホに手を伸ばす。相変わらず通知はゼロで、音楽でも聞こうと思い適当に再生する。イヤホンから流れる音をなんとなく聞いていた。

今1番人気がある歌も、眠れるBGMのピアノの音も、どこか薄っぺらく感じて、心に響かなかった。


僕は、イヤホンを外し、スマホを充電器にさした。暗闇の中、僕の思考が暴走する。

ああ、本当に寂しい。孤独だ。会社に就職したら、親友という存在が作られて、幸せになれるのかな?いや、今できない事はこれからもできないから、希望はないか。

こうやって一人暮らしする事に、長所はあるのだろうか。いくら考えても良いことは無いと思う。本当にマイナスな考えしか出てこない。

今日は一体何時に寝られるだろうか。


こうやって一日一日がスローモーションで過ぎていく。

いつものように1週間が過ぎて、金曜日の夜。

この日は、いつもよりネガティブ思考が活発で、2時を過ぎても寝られないことが多い。

友達もできないし、何をしても楽しくないし、夜は眠れないし、映画や音楽だって心に届かない。そんなネガティブ思考をフル稼働させながら、やっと意識が眠りに落ちていく。

時計の針は3を指していた。


土曜日の朝が来る。

今日もゴロゴロしながら進まない時計を睨む。

スマホがあってもやる事がない。楽しい動画も、本も、映画も全部見尽くしてしまったから。もはや僕の前に楽しみというものはないし、楽しみを分かち合う相手もいない。そんな事を考えていても、解決法は無いし。ああ、もういいや。考えることさえ面倒くさい。


いつの間にか寝ていて、外は暗くなっていた。寝ている間に、土曜日を乗り越えられたようだ。

もし僕にゴロゴロ、ダラダラ過ごしていて、時間がもったいないだとか、かっこ悪いっていう人がいるなら、言ってあげたい。僕に楽しみをくれ。楽しさを分かち合える存在をくれ。週末が楽しいとか、学校が楽しいとか言っている人は、近くに楽しみを分かち合える人がいるからなんだと思う。人間一人で生きられないって、こういう事を言うんだろうな。さて、明日はどう乗り越えようか。


昼間あんなに寝たのに、今日は運がいいみたいだ。珍しく12時に眠りに入った。


目を開けると、朝の7時だった。昨日の夜は久しぶりに早く寝付けたお陰で、気分は晴れていた。朝ご飯に、ハムのスクランブルエッグと、ブロッコリーをチンして、ご飯と食べる。

食べ終わって散歩でも行こうと、カーテンを開けた。

雨だった。外は真っ暗で、ベランダの柵に当たる雨の音が響く。やっぱり運が悪い。気分も落ちて、今日もゴロゴロして過ごすことにした。



そしてまた1ヶ月が経った。一年なのかっていうくらい長かった。


今日もいつものようにスマホを開く。今日も見る動画ないんだろうなって思いながら、画面をスクロールしていく。

ふと、指が止まった。真っ白い犬とyoutuberが写っているサムネが目に止まった。題名は、"友達に内緒で犬飼ってるドッキリしてみた"

久しぶりにすごく面白そうな動画を見つけた。

三角の再生ボタンを押す。

youtuberと、犬を貸してくれる業者さんが出てくる。業者さんがケージから犬を出した。綿が出てきた。ふわふわしてる物体がアップで映される。youtuberに抱かれた子犬は、腕に顔を埋めたり、人が話すと見上げる。どうやら甘えん坊らしい。画面の中のyoutuberと、その友達と、それから僕も、いつの間にか頬が緩んでいて、「かわいい」を連発していた。動画が終わり、くるくる矢印が浮かぶ。

僕は仕舞い込んであった通帳を持って家を飛び出した。ATMに行き、今まで一度も使ったことがないお年玉を、全て下ろした。

お年玉の束を握りしめてペットショップに駆け込む。犬のショーケースに視線を滑らせる。おもちゃで遊ぶ黒い犬、じゃれ合っている茶色い水玉模様の犬、お昼寝中のミニ柴犬、水をペロペロと飲むヨークシャーテリア。視線を動かしていって、離れたところにいた一匹のふわふわ。

真っ白な毛に、黒くて吸い込まれそうな目。

じっとこちらを見ていた。

目があった瞬間、運命を感じ、すぐに店員さんに「この子お願いします。」と言っていた。

白いもふもふを腕に抱く。

ふわふわで、温かくて、心臓が動いていた。初めて会ったのに、僕の手をペロペロ舐める。

物凄く懐いていた。


「この子ください。」


「分かりました。少しお待ちください。」


その後、いろんな説明を受けて、とりあえず今すぐ必要な物を揃えた。


帰り道、リードと荷物で両手をいっぱいにしながら考えた。どんな名前にしようか。


しばらく考えていると、昔いつも一緒に寝ていた抱きまくらを思い出した。

大好きだった抱きまくらの名前が"くん"だったので、"くん"と名付けた。


家に着くと、くんは真っ直ぐ僕のベットに上って、寝そべった。本当に元気で、可愛すぎた。

今だに犬を飼ってしまったなんて実感がわかなくて、夢みたいに思考がふわふわしていた。


次の朝から、6時に起きるようになった。

くんの散歩をするためなら、朝もすっきり起きれるようになっていた。

あんなに面倒くさかった料理も始めた。


今日も、くんはドックフードを食べ、僕は自分で作ったご飯を食べる。

朝すっきり起きられるようになって、前よりも授業に集中できるようになった。しっかり授業を聞いてみると思ったより面白くて、もっと学びたいという気持ちが湧いてきた。

前は真っ暗な家が嫌いで、夜まで大学にいたが、今はくんが待っているため、授業が終わったら直ぐに帰宅する。

夜は、くんを膝に乗せて今日の復習をする。

不思議なくらい集中できたし、なにより僕の膝の上で寝てくれるくらい信頼されていることが嬉しかった。

そして、眠くなったら布団に入って、いつの間にか夢の世界にいる。もちろん隣でくんも眠る。

そしてまた1日が始まる。


いつの間にか1ヶ月が経っていて、テスト期間が近づいていた。今まではテストで留年にならないギリギリのラインを攻めていたが、今は頑張りたいと思えるようになった。

最近、勉強を頑張っているからか分からないが、勉強を頑張る仲間ができた。多分これが友達というものなんだと思う。サークルというものにも誘われて、入ってみた。読書サークルでちょっと地味だが、思ったより楽しい。

ずっと同じ大学に行ってるのに、まるで違う場所のように感じる。そのくらい毎日が明るくて、楽しくてたまらなかった。

そして、その幸せをくんと分かち合った。


くんと一日中一緒に過ごせる、最高の土曜日。

朝、目を開けると、体が物凄くだるくて起き上がれなかった。背筋をぞくぞくしたものが駆け上がっていく。これは、多分風邪をひいた。


もぞもぞと起き上がり、引き出しの奥に押し寄せられた体温計を取り、測る。38℃ピッタリ。かなりの高熱だ。

一人暮らしで風邪をひくと大変だという事は、どっかで聞いたことがあった。思ってみれば一人暮らしを始めてから、1回も熱を出した事がなかった気がする。

久しぶりすぎる不調に驚きながらも、また布団に入った。

寝返りを打ってベットの下を見ると、くんの丸い目がこちらを見つめていた。僕はもぞもぞと布団から抜け出して、くんの餌をあげ、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。

また部屋に戻り、もこもこの毛布に潜り込む。

ぞくぞくした寒気が、全身に広がる。毛布の中に、くんが入ってきてくれて、お腹のあたりを温めてくれた。ゆっくりと意識が眠りに落ちていく。


こもったような暑さで目が覚めた。どうやら熱が上がりきったようだ。くんはずっと一緒にいてくれていたようだ。僕の隣ですやすや寝ている。

とりあえず暑くなってしまったので、分厚い布団をめくる。くんも口で引っ張って、布団をめくるのを助けてくれる。分厚い布団を横に押しのけて、くんが薄いタオルケットを引っ張ってきてくれる。

本当によく気が利く犬だ。犬ってこんなに賢い動物だったっけ?って思う。タオルケットをかけて、再び寝転がる。

流石に何か食べないと! と思い、お届けしてくれるスーパーのサイトを開く。

簡単に食べられそうなレトルト粥と、ゼリーと、スポーツドリンクと、ウォーターゼリーを購入した。3時くらいには届くみたいだ。

スマホを閉じて、また寝ることにした。くんは、ベットの下から僕をじっと見てる。僕が布団をポンポンしたら、嬉しそうに飛びのってくる。

くんのふわふわな毛を手に感じながら、また眠りに入っていく。


肩に優しい衝撃を感じて、目を開ける。くんの顔が視界いっぱいに広がる。小さい前足で、僕の肩をトントンと叩いていた。

ちょうど玄関のベルが鳴る。

荷物を受け取って、開ける。郵便屋さんの足音が近づいて来るのを聞いて、僕を起こしてくれたようだ。本当にできる犬だ。

ウォーターゼリーを1つ残して、あとは冷蔵庫にしまう。

一番底にあった、犬のおやつを取り出す。

今日いろいろとくんが助けてくれたので、お礼におやつを買ったのだ。お皿に出してあげると、しっぽをぶんぶん振って嬉しがっていた。その横で僕はウォーターゼリーを飲む。

くんはおやつを平らげ、僕もゼリーを全部飲んだ。

朝よりも随分良くなっていて、熱を測ってみると37℃まで下がっていた。

一日中布団にいたので、くんの散歩に行くことにした。いつものようにリードを繋ぐと、また嬉しそうにしっぽを振る。

くんはそうやっていつも嬉しそうにしていて、僕に幸せをくれる。


歩きながら、もうすぐテストなのにこんな時に風邪ひくとか運悪すぎる。とか思いながら歩いていたら、家に着いていた。テストの事思い出して、勉強しなきゃ! って思ったけど、体調管理の方が大事だと思い直し、今日はゆっくりすることにした。

夕飯の時間になっていたので、くんにご飯をあげて、僕はレトルト粥をチンして食べる。

軽くシャワーを浴びて、ベットに入った。

風邪ひいた時はどうやら、いくらでも寝れるらしい。僕はすぐに夢の中に入っていった。


次の日の朝。僕はスッキリした気分で目覚めた。

昨日、9時半に寝た影響か、時計はまだ6時を指していた。

朝のお散歩の後、くんと朝ごはんを食べて、いつも通りの日常が戻ってきた。

風邪をひくと、元気でいられることって素敵なことなんだって思える。


大切な土曜日に勉強できなかった遅れを取り戻す勢いで、教科書を読み込む。

時々、昨日食べなかったゼリーを食べながら勉強を進めていたら、いつの間にか外が暗くなり始めていた。自分でもびっくりするくらいの集中力だ。今やってる内容に、よっぽど興味があるみたいだ。


そんな感じで1週間、とにかく机に向かっていた。


次の土曜日。

今日も勉強を進めていた。

いきなりノートに赤い丸が落ちる。

鼻血だ。

最近頑張りすぎたようだ。急いで手を鼻の下に持っていき、ティッシュを取り、鼻を押さえる。

横には今日もくんがいて、僕の手についた鼻血を舐めてくれた。

このまま無理しても、また体調崩すだけだと思い、休むことにした。

この1週間、かなり頑張ったお陰で、遅れは取り戻せていた。

テストまで1週間。

体調管理も頑張らないと! って思った日だった。


テスト3日前、僕は本当に意味がわからない難しい問題にぶつかっていた。友達に聞いてみても、意味不明な説明を送ってくるし、ネットで検索してみても理解できる説明が見つからなかった。こんなに解けない問題には、会ったことがなかった。


教科書の文字が揺らぐ。

ポツっとノートに雨が降り始める。

ノートと、膝の上のくんに次々雨が降り始める。

くんは僕の膝の上で立ち上がり、背伸びをして僕の頬を舐めてくれる。本当に優しくて、余計に涙が溢れてくる。

椅子から立ち上がり、ベットの上に仰向けになる。くんもベットに上がってきて、僕の横にピッタリくっつく。

ガバッと起き上がって、くんにリードを付ける。

公園に着いて、くんとボールで遊んだ後、一緒に走る。

全速力で走って、少し気分転換できたみたいだ。


家に帰ってきて、もう一度机につく。

横のスマホが通知音を鳴らす。友達だ。

さっき送ってくれた説明を、もっと分かりやすくしてわざわざ送ってくれたらしい。

頭が良いだけでなく、心も優しい完璧な僕の友達だ。とっても分かりやすくなっていて、一気に理解ができた。散らばっていた僕の知識を集めて、整理してくれた。


それから3日間、今まで勉強したことを復習する形でラストスパートを走り抜けた。


長いはずのテスト期間は、強風のように過ぎていき、結果もびっくりするくらい良かった。

もう、イエーイ! っていうレベルじゃなくて、開いた口が塞がらなかった。もちろん良い意味で。

どんな天才よりも、毎日努力する人がもっと怖いというのはこういう事らしい。

これからも継続する事にする。

本当に、自分変わったな。

犬が一匹のいるだけで、こんなに人って変わるもんなんだな。


テストが終わった日、4時頃まで友達と遊び帰ってきた。

くんは、今日も僕を玄関で迎えてくれる。しっぽをぶんぶん振って、キラキラな目を向けてくれるくんをひと撫ぜして、家に入る。

くんと一緒にご飯を食べて、ごろりと寝転がりスマホをいじる。最近は、平均5件くらいは通知が来るようになっていた。友達が、今日行ったカフェで撮った写真を送ってくれたようだ。ありがとうと返信し、写真を保存する。


6時になり、くんとお散歩に行く。いつもは朝しか散歩に行かないが、今日はなんだか、夕方の散歩もいいなって思った。

いつも同じコースなので、たまには他のコースも探してみることにした。毎日行く方向と真反対に進んでみる。

ずっと歩いていくと、川があって橋がかかっていた。

橋の上は、びっくりするくらい綺麗な夕日スポットで、細い雲と赤い空が絶妙な調和を成していて、美しかった。

家の近くなのに、こんな素敵な場所があるなんて知らなかった。

夕日を見ながら、くんと出会えて良かったし、この世界はつまらないって思ってた僕を、照らしてくれたくんに、ありがとうっていう気持ちが溢れた。

くんを抱き上げると、僕の頬をぺろって舐める。

くすぐったくて、照れくさくて、片目をつぶる。


僕たちは、これから最低10年は、一番の仲間で、お互いを大切に思いながら過ごすだろう。


二人を真っ赤な太陽が照らし、影を伸ばす。


僕たちは来た道をまた戻っていく。

遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえる。サイレンの音と、猛スピードで走る車のエンジンの音と、注意を呼びかけるアナウンスの声が近づいてくる。

こんなに平和な夕方でも、警察に追いかけられてる人もいるんだな。とか、よく分からないことを考えていた。


くんが吠えている。

そういえば、くんが吠えるのなんて初めてだ。どうしたんだろうと後ろを振り返った瞬間、足に痛みが走る。

くんが僕の足を噛んだ。

僕はよろけて後ろに転ぶ。すぐ目の前を猛スピードの車が通り過ぎていく。

地面にぶつかった腕と膝に血が滲む。


くんの鳴き声も、エンジンの音も、サイレンの音もいつの間にか消えていて、静かな夜の時間が流れる。

何が起こったのか分からなかった。目の前には道路に力なく横たわるくんがいた。

誰かが駆け寄ってきて、の大丈夫ですか?という声が聞こえる。遠くの方から救急車の音が近づいてきて、あたりが赤く照らされる。何人かの足音が近づいてきて、何か聞かれる。

担架に乗せられて連れて行かれる。

僕は咄嗟にくんに手を伸ばす。

聞かれている内容は全く理解できなくて、救急車のドアが閉まる瞬間、くんの名前を呼ぶ。

救急車はそのまま僕をどこかヘ連れて行く。

それからの記憶はない。


いつの間にか病室のベットにいて、左腕には点滴が繋がれていた。腕と膝にはガーゼが貼られていて、右足首には湿布が貼られていた。

病室の扉がガラガラと開いて、看護師さんとお医者さんが近づいてくる。

名前や、誕生日などを聞かれて、「異常なさそうですね」と言って出ていく。

明日には退院しても良いと言われた。

時計の針は午前2時を指していた。

頭の中に、くんの最後の姿がフラッシュバックする。

そういえばくんはどうなったんだろう。倒れたままなのか。誰かが助けてくれたのか。ちゃんと生きてるのか。



くんは、まだコンクリートに横たわっている。

通りすがりの人も、「かわいそうね。」「事故かしら。」と言って通り過ぎていく。

くんは薄れていく意識の中で、目が合ったあの瞬間から始まった、僕たちの思い出を振り返っていた。キャッチボールをした日も、ご飯を一緒に食べた事も、一緒に寝たことも、全てが幸せな記憶だった。そして、最後に見た夕日はとても美しかった。最後に主人を助けられて良かったと思いながら、目を閉じる。そこでくんの意識は途絶える。

真っ暗な空から雫が1滴落ちる。街灯に照らされてキラリと光る。雫はどんどん数を増していき、やがて大雨になる。


病室にも雨の音が響き渡って、僕は、一晩中くんの事を考えた。


やがて雨が少しずつ弱まり朝日が顔を出す。

僕はベットから起き上がり、病室のドアを開ける。受付に行き、お金を払って、自動ドアを抜け、外に出る。朝日がスポットライトのように僕を照らした。何だかくんが元気で待っていてくれているような気がして、捻挫した足首なんか忘れて全速力で走っていた。


家の前に行っても、くんはいなくて、直ぐに振り返り昨日のあの道に向かった。

しばらく走ってると、道の真ん中に白い物が見えた。直ぐに駆け寄って顔を覗き込む。目は閉じられていて、力なく横たわっていた。僕が近づいても、くんの目は開かなかった。

毛はビシャビシャに濡れていて、白かった毛は、黒くなっていた。

僕はそっとくんに手を伸ばした。

濡れた毛が僕の手に張り付く。

その瞬間、くんが目を開けた。

濡れた毛の奥から温もりを感じる。

くんは生きていた。

僕は自分が着ていたパーカーを脱ぎ、くんを抱き上げ包み込む。

家に帰る道も走った。

くんが生きてたことが嬉しくて、こんなに真っ黒で濡れて、一晩中コンクリートに横たわっていたのが可哀想で、走りながら涙が溢れた。

頬の涙が、太陽に照らされて光りながら落ちる。

くんが少し動いてくれるたびに、くんを強く抱きしめた。


家に着くと、直ぐにくんをタオルで拭き、僕の布団に入れた。

温めたお水をスポイドで飲ませる。

それから僕はくんの隣で、その体を撫ぜ続けた。くんは、僕の目に張った膜が破れて零れ落ちそうになるたびに、僕の手を舐めてくれた。


それから2日間、くんの回復食を作ったり、水を飲ませたり、撫ぜたり、頑張って看病した。

2日くらい経つと、くんは元の元気をすっかり取り戻してくれた。

4日目からは散歩に出られるまで回復して、久しぶりにリードを繋げる。

僕は、事故にあった場所を避けるように、またいつもの道の方に行こうとした。でも、くんが、あの橋がある方に引っ張るのだ。僕は戸惑いながらも、くんに着いていった。

今日も、綺麗な夕日が見えた。

橋の上で、あの日のようにくんを抱き上げる。くんは、まん丸な目で僕を見つめて嬉しそうにしっぽを振る。

その日から、その橋は僕たちのお散歩コースになった。朝は、公園に行って遊んで、夕方に橋に行って夕日を眺める。素敵な日常が戻ってきた。

今日もくんは、玄関でしっぽをぶんぶん振って、僕におかえりを告げてくれる。僕はくんを抱き上げて膝に乗せて、勉強を始める。

幸せなその空間に赤い夕日が射し込む。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日見た夕日は赤かった るう @12ruu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る