第170話 氷狼VS模倣、三代財閥と氷堂

—1—


 夏休み2日目の朝も早い。

 運動部でもないのに上下ジャージに身を包んだオレは学院の訓練ルームに向かっていた。

 氷堂との待ち合わせ時刻は10時。


 余裕を持って家を出たから氷堂がまだ着いていなかったら軽く体を動かしておくのも悪くない。

 隙間時間を有効活用するのが勝者への近道でもある。


「あれ? 春斗くん? おーい! 上だよ上!」


 校門を抜けると頭上から声が降ってきた。

 視線を校舎の上に向けていくと生徒会室の窓から天童先輩が顔を出していた。


「おはようございます天童先輩」


「今日って春斗くんも当番だっけ?」


「いえ、オレは生徒会とは別な用事があったので」


 距離が離れているので簡単なジェスチャーを交えて会話を続ける。


「そかそか、時間があったら寄って行ってね!」


「はい、分かりました」


 元気に手を振る天童先輩に見送られながら昇降口に入った。

 生徒会主導で行われる文化祭。

 昨日、滝壺先輩から説明があったが8月1日から出し物の申請が始まるため、生徒会メンバーが当番制で生徒会室に顔を出す流れになっている。

 生徒会メンバーは1年生のオレと暗空を含めて7人。

 曜日を固定してローテーションすればちょうど1周する。


 夏休みが生徒会の業務で削れてしまうがそんなことを嘆くような生徒は生徒会に在籍していない。

 生徒の代表として文化祭を成功させなくてはならない。

 これを共通認識として職務にあたっている。


「もう来てるのか」


 訓練ルームは基本的に空いていれば誰でも自由に利用することができるのだが、序列戦前などの混雑時など確実に利用したい場合は日時指定で予約することもできる。

 夏休み期間中、氷堂は訓練ルームに入り浸るつもりらしくしばらく先まで予約を済ませていると言っていた。


 氷堂に指定された訓練ルームの外にあるランプが赤く点灯している。

 赤が使用中、緑が空きを意味している。

 壁に設置されている認証板にスマホをかざして鍵を解錠する。

 扉を開くと室内から白い冷気が漏れてきた。

 中央に立つ氷堂の周囲に氷の結晶が浮いている。


「氷堂、いつからいたんだ?」


「あ、神楽坂くん、ええと多分8時くらいだと思うわ」


 集中し切っていたのかオレの問い掛けにやや遅れて氷堂が答えた。

 単純計算で2時間近く1人で特訓していたことになる。


「余計なお世話かもしれないが異能力を使うにしても休み休みやらないと故障の原因になるぞ」


「分かってはいるんだけどこれくらいじゃまだまだ彼等には届かないから」


 水分補給をしに来た氷堂に忠告をするもどうやら聞き入れてはもらえないらしい。


「彼等ってのはこの間話してたどうしても倒さなければならない人か?」


「ええ、三代財閥の鷲崎新わしざきあらた暁雅あかつきみやび。10月に開催される他校対抗新人戦でこの2人を倒すことが私が学院に残る上での絶対条件。学院の入学と引き換えに私がお父様と結んだ契約よ」


「そんなに強いのか?」


「2人は天才で私は凡人。凡人がいくら努力をしたところで天才には敵わない。それでも私は『自由』のために負ける訳にはいかない」


 ペットボトルの水を飲み干した氷堂の目には覚悟の炎が宿っていた。


「事情は理解した。新人戦で鷲崎と暁に敗北すれば氷堂は契約違反で学院から去らなければならない。そういうことだな?」


「うん。そうならないために神楽坂くんにアドバイスを貰いたいの。私が強くなるためには何が必要なのか」


「分かった。氷堂には手を貸すって約束したからな。とりあえず準備運動だけさせてくれ」


 とは言ったものの氷堂の実力は1学年の中でもトップクラスだ。

 集団序列戦ではクロムとイレイナと戦い実戦経験を積んでいる。確実に以前よりもレベルアップしているはずだ。

 そんな氷堂から見ても鷲崎と暁は天才だと言う。

 災害級ともなれば反異能力者ギルドのガインなんかが挙げられるが果たして2人はそのレベルに並んでいるのかどうか。

 会ったことがないオレには想像もつかない。


 新人戦までは残り2ヶ月。

 ポテンシャルの高い氷堂が何かしらのきっかけを掴めば災害級にも届くかもしれない。


—2—


 模擬戦のルールは集団序列戦と同じ。

 左胸に付けた校章型のバッジを砕くか降参させるか。


「神楽坂くん相手に小細工は必要無いから初めから全力でいくよ」


 正面に立つ氷堂の足元が凍り始める。

 お馴染みのパターンだと『凍てつく花弁フリーズンペタル』で動きを封じてから強襲する流れだが、この雰囲気はそのさらに上か?


氷狼騎士フェンリル・ナイト!」


 セットしていたタイマーが戦闘開始の合図を告げ、氷堂が技を発動。

 氷狼フェンリルをモチーフにした鎧を全身に纏い、仮面を装着。

 鎧を付けたことで左胸の校章が隠れてしまった。

 これでは鎧を砕くか、降参させるしかない。


 氷堂が鎧を装着する中、オレは千炎寺の異能力・物体生成で緋鉄を作り、すぐさま氷を纏わせた。

 氷属性を纏った刀・緋氷ヒヒョウの完成だ。


 来る!


 氷堂が踏み込みながら右手に氷剣を生成、そのまま斜め上から振り下ろしてきた。


「ッ!」


 緋氷で受け止めるもその重さに思わず膝をつく。

 氷狼騎士を発動しているからか氷剣のサイズも普段より大きい。


光粒砲撃シャイン・カノン


 細かい光の粒を至近距離で氷堂の腹部に放つ。

 氷堂は氷盾を発動しながらバックステップで距離を取った。

 氷堂に対して複数の異能力を使うことは初めてだが、身体強化や緋氷だけでは太刀打ちできないのも事実。

 全力で立ち向かってくる相手にはオレも全力で応えるだけだ。


「これが神楽坂くんの異能力……」


 光の粒を防ぎ切った氷堂が漏らす。

 氷堂からしてみればオレが複数の異能力を使えることは脅威でしかないだろう。


 オレの戦闘スタイルは特殊なため、氷堂が鷲崎と暁に勝つという目的からは逸れてしまうが、今回は氷堂が強くなる為に必要なものを探るという意味でもあらゆる角度から攻撃を仕掛けた方がいい。


 などと余計なことを考えていると氷堂が目の前から消えた。

 次の瞬間には右から強烈な突きが繰り出されていた。

 緋氷で氷剣を弾き上げ、態勢を低く保ったまま氷堂の腰目掛けて大きく横に薙ぐ。


「ぐっ」


 壁際まで弾き飛ばすつもりで振るったのだが、氷堂はしっかりと食らいついていた。

 氷剣を地面に突き立てて攻撃を防ぎ、強力な冷気を周囲に広げる。

 氷剣から発せられる冷気がみるみる地面を凍らせていくが、オレは緋氷で弧を描くように地面を高速で切り裂き冷気の波を放った。


 冷気と冷気が衝突し、白い氷の粒が空気中に舞う。


突風の息吹ガストブレス


 突風で氷堂を押し込みながら間合いを詰める。

 氷狼騎士を発動している氷堂にとってはそれほど効果は望めないかもしれないが何もしないよりはマシだ。


「氷の柱?」


 オレは間合いを詰めながら左右に1つずつ氷の柱を展開した。

 高さは約5メートル。

 突如フィールドに現れたオブジェクト。

 害が無ければ排除する必要はない。と、氷堂は考えるはず。

 今はそれでいい。


氷柱吹雪アイシクルストーム


 一斉に氷堂に向けて氷柱を放つ。

 氷堂はステップを踏みながら華麗に氷剣で捌いていく。

 捌きつつ前進。


 オレも自身で展開した氷柱の間を駆け抜け、氷堂の真正面から緋氷を振り下ろした。

 全身全霊の一撃に氷堂の口から荒い息が漏れるも決定打とはならない。

 やはり一筋縄ではいかない。


「はあッ!!」


 押し込むつもりが逆に押し返される形に。

 現状、氷剣の素早い猛攻に受け流すことで精一杯といった状況。

 ゆっくりと後退しながら致命傷だけは避けてなんとか持ち堪える。


 純粋な剣戟での勝負となると、培ってきた経験の差が出てしまう。

 オレも自主練をしているとはいえ、氷堂の剣筋に比べたらまだまだ甘い。

 が、場を制する応用力では負けるつもりはない。


 後退しながらも2つの氷柱の中間地点まで誘い込み、氷堂の剣戟になんとか対応してみせる。

 氷堂が次の攻撃に繋げる僅かな時間を見逃さない。

 オレは両手で緋氷を握り締め、力一杯地面に突き刺した。


零蛇の双牙ブリザード・ファング!」


 左右の氷柱が蛇の姿になって動き出し、氷堂に襲い掛かる。

 大きく開いた口からは鋭い牙が顔を覗かせている。


「負けられない!」


 氷堂の叫びに反応して氷狼の仮面の双眸が宝石のサファイアのように青く輝いた。

 絶望を前にしてこの迫力。


氷狼噛斬フェンリル・バイト!」


 氷剣を極限まで巨大化させて相殺を試みるが僅差で零蛇の威力の方が高い。

 氷堂が纏っていた鎧が徐々に砕け、遂に校章が露わになった。


「はぁ……はぁ……」


 氷堂は最後の力を振り絞り、2体の零蛇を撃破。

 氷剣の刃は欠けていて最早使い物にならない。

 オレは零蛇を倒したばかりの氷堂に接近し、拳を引いた。

 拳に氷を纏い、瞬間的に増幅させる。


氷拳打破フリーズンブレイクッ!」


 氷堂の体を拳が撃ち抜き、校章が粉々に砕けて宙に舞う。

 奇しくもその光景はオレと氷堂が出会った総当たり戦のときとは逆の立ち位置になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る