第167話 線香花火は足元で儚くも弾ける
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一連の出来事を消化しきれないまま夜を迎えた。
時間も遅いというのに今の気温は28度。
日が出ていない分いくらかマシだが、室内は湿気も相まってエアコンを付けていないと耐えられそうにない。
「8月になったらどうなるんだろうな」
生温い風が肌に纏わりついて不快感を覚える。
オレはショッピングモールの外れにある遊歩道を歩いていた。
自然を重視しているのか木々が等間隔で植えられており、街灯が薄っすらと足元を照らしている。
陣内と接触したことで天魔咲夜に関する情報を引き出せたものの、学院にいないとなると正直言って手詰まりだ。
魔剣にしか興味が無いという話を信じるのだとしたら、学院の外にある残り2振りを探しに出ているのか。
陣内の口振りから察するにそっちの件が片付けば学院にも姿を見せるはずだ。
こればかりはタイミングを待つしかない。
天魔を追うためだけに日本全国をしらみ潰しにするのは現実的ではないからな。
「あ! 神楽坂くん、こっちだよっ!」
道なりに歩いていると休憩スペースを見つけた。
ベンチと机が柱と屋根で囲われた建物、
明智の呼び掛けに応えてオレも東屋へと足を運ぶ。
「悪い、少し遅くなった」
待ち合わせをしていた11時30分まではまだ時間があるはずだが形式上謝罪を入れておく。
「ううん、風花ちゃんとお喋りしてたから大丈夫だよ」
「ま、まだ、暗空さんも来ていませんし」
例え時間に遅れたとしても2人が悪態をつくことはないだろう。
入学してから今日までの間、それだけの信頼関係を構築してきた。
そんな2人に精神的負荷を掛け続けているこの状況は好ましくない。
試験前の大事な時期ではあるが区切りが付いた今、面と向かって詳細を話すべきだ。
校長室を後にしたオレと暗空はそう判断した。
「明智、体調崩してないか?」
「平気だよ。元々こういった環境には慣れてるからね。それに磯峯さんと丸岡くんも心配して連絡をくれてたから心強かったよ」
「そうか。千代田も色々とフォロー助かった」
「わ、私は私にできることをしただけなので」
千代田がぶんぶんと首を横に振る。
ここにはオレたち以外の人間はいない。
噂を拡散してから対面で会話をする機会が無かったため、久し振りに和やかな空気が流れる。
お互いの近況報告も兼ねて雑談に花を咲かせていると懐中電灯の明かりが近づいてきた。
「寮からは少し距離があるんですね。予想よりも時間が掛かってしまいました」
待ち合わせから5分遅れて暗空が到着した。
スマホアプリのマップ機能で目的地の確認はできるが暗闇ともなればスムーズにはいかない。
知っている場所なら話は別だが、特に用事が無ければここまで足を伸ばす機会もないからな。
「えっと、話はこれからですか?」
ここに来るまでに会話の一部が聞こえていたのか暗空が確認を取ってきた。
「ああ、2人にはまだ何も話してない」
「そうですか。では遅れた身ではありますが私から説明してもいいですか?」
「任せる」
明智と千代田が向き合い、オレと暗空が向き合う形でベンチに腰を掛ける。
暗空が周囲の気配を探り、誰もいないことを確認すると咳払いをして話す体勢を作った。
オレと暗空が掴んだ情報。
その全てが包み隠さず語られていく。
「つまり、天魔咲夜は今も学院と繋がっていたけどいつ戻って来るかは分からないってことだね」
説明を聞き終えた明智が内容を咀嚼する。
「話を引き出すのに苦戦するかと思ったんだが、意外にも陣内がすんなり話してくれた」
「陣内さんにとっては話すも隠すもそれほど大差が無いのでしょうね。こちらとしては情報が得られたので有難いですけど」
陣内が語った全てを鵜呑みにしてはいけない。
真実の中に嘘を混ぜているかもしれないからな。
こういった時に磯峯の嘘を見抜く異能力『
そのため、磯峯を同行させるという選択肢は初期段階で消えた。
そして、繰り返しになるが天魔を追うという意味ではこれ以上踏み込めない。
釣りのように餌を垂らして獲物が掛かるのを待つ余裕がある状況ならまだしも、そもそも獲物がいないと分かっていながら餌を撒くのは愚かだ。
別の角度から学院の内部を探る手もあるがそれは月曜日から行われる試験が終わってからにしよう。
「け、掲示板の件もこれで終わりですか?」
「そうだな」
試験が終われば1ヶ月の夏季休暇に入る。
休みが明けた頃には明智を取り巻く環境もそれなりに改善されているはずだ。
「ねえ、花火買ってきたんだけどみんなでやらないっ?」
明智が手持ち花火とバケツをベンチの下から取り出した。
どうやらここに来る前にショッピングモールで買ってきたらしい。
「花火ですか」
なぜ花火? と暗空の頭の上に疑問符が浮かんでいた。
まあ、気持ちは分からなくもない。
「まだ全部が終わった訳じゃないけど、一旦気持ちを切り替えて期末試験の勉強に打ち込みたいなって。楽しい思い出も作りたいしねっ」
「そういうことなら」
暗空が明智から花火セットを受け取り、マッチでろうそくに火をつけて準備を始めた。
千代田と明智も1本ずつ花火を持ち、しゃがんで花火の先端に火をつける。
2人が持つ花火から勢い良くオレンジの光が噴き出した。
「か、神楽坂くんもやりましょう?」
「ああ、ありがとう」
千代田からカラフルな柄が描かれた花火を受け取り、3人に倣って火をつける。
幼少期、父親が買ってきた花火を夏蓮とやったっきりこんな間近で花火を見る機会は無かったが、近くで見ると綺麗だな。
数秒で散ってしまうところもなんだか儚くていい。
明智が花火をしている様子を写真に収め、思い出として記録していく。
手持ち花火を4人で楽しむとなるとあっという間に終わりの時がやってくる。
オレたちは4人で輪を作ってしゃがみ込み、一斉に線香花火に火を付けた。
「1番最後まで残ってた人が勝ちだよ。負けないからねっ!」
そう息巻いていた明智の火玉が呆気なく足元に落ちた。
慎重な性格の千代田は手のひらを盾にして風の影響を最小限に抑えている。
暗空も目を凝らして意識を線香花火に集中している。
火玉がパチパチと音を立てて激しさを増していく。
「あっ」
ここで暗空が脱落。
残ったのはオレと千代田。
線香花火も終盤に差し掛かり、火玉が小さく萎んできた。
「2人とも頑張れ〜」
明智がスマホのムービー機能で撮影を始めた。
線香花火は先端のひらひらしている箇所を持つと火玉の揺れを自然と受け流し、落ちにくくなる。
持っている手は揺らさないであくまでも線香花火に全てを委ねるのがコツだ。
と、ここでなんの前触れもなくオレの火玉がポトンと地面に落ちた。
「風花ちゃんの勝ち〜!!」
明智がスマホを千代田に近づける。
いくら知識を持っていたとしても必ずしも勝てる訳ではない。
線香花火も意外と奥が深い。
その後、残っていた線香花火を2本ずつ配り再度勝負が行われるも千代田と暗空が1勝ずつ勝ち取り、オレと明智は負けっ放しで終わった。
足元に落ちる火玉の光景が余韻となってしばらく頭に残った。
【◯夏の夜に誘われて】END
NEXT→【○サマーバケーション】
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