第144話 ロストチルドレン
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時系列は2日目の夕方5時30分まで遡る。
場所は北エリアの最北部。
保坂が紫龍と溝端と接触した地点よりもさらに奥。
北エリアをメインの活動場所として選んだ暗空は、人気の無い場所まで足を運ぶと短い溜息を吐いた。
「いい加減姿を見せたらどうですか?」
暗殺ギルド血影で培った尾行術。
今回はする側ではなく、される側だったが、舐めるような気持ちの悪い視線を感じてから相手に悟られないように森の奥まで誘い込んだのだ。
「流石は序列1位だな」
「あなたは?」
木の影から姿を見せた糸巻。
暗空は瞬時に自身の記憶を呼び起こすが、糸巻につけられるようなことをした覚えがなかったため首を傾げた。
「糸巻渚。って別に名前を聞いた訳じゃないか」
糸巻が苦笑を浮かべて後頭部を掻いた。
現状、糸巻から戦意のようなものは感じられない。
ということは、接触した目的は会話と推測することができる。
「なに、人殺し騒動の渦中の人物と話をしてみたいと思ってな。児童養護施設・マザーパラダイス出身の暗空玲於奈」
「あなた一体何者なの?」
内心驚きでパニックになりかけていた暗空だが、僅かでも隙を見せたら相手につけ込まれるため、あくまで冷静に努める。
「何者かと問われて一言で答えるのは難しいな。強いて言うならお前と似た境遇とでも言っておくか」
2人の様子を木の上から見守っていたカラスが嘲笑うかのように鳴き喚き飛び立った。
「児童養護施設・ロストチルドレン。俺が所属していた施設の名前だ」
「ロストチルドレン、失われた子供たち?」
「異能力が生活に溶け込み、経済は右肩上がりに成長を遂げ、社会は急激に豊かになった。他人より秀でた異能力を持っていれば就職で有利になり、異能力犯罪を取り締まるヒーローギルドも一躍脚光を浴びるようになった」
糸巻が抑揚のない口調で語り出した。
「その反面、国民の貧富の差が問題視されるようになった。異能力が重要視される社会において、異能力を発現したその瞬間から将来は決まったようなもの。回復系統のような社会の役に立つ異能力者は重宝され、ありきたりな異能力を発現した人間は見向きもされない。俺もその中の1人だった」
声のトーンは変わらなかったが、糸巻が纏う雰囲気に少しだけ怒りが混ざった。
「異能力は血筋、血統に影響されることが多いって説は有名だよな」
「そうね。両親どちらかの異能力と類似した異能力を引き継ぐという説が一般的ね。祖父、祖母まで含めれば確率的に6割から7割くらいの割合みたいだけれど」
両親どちらにも影響されない突然変異的なパターンも残りの2割から3割で報告されている。
そして、全体の1割にも満たない極小数の割合で異能力を発現しない、無能力者も誕生している。1学年では火野が該当する。
「俺の両親もありふれた一般的な異能力者だった。だからこそ自分たちの子供に期待していた。突然変異で珍しい異能力を引くことができれば金持ちは約束されたようなものだからな」
人の数だけ考え方が存在するのであれば糸巻の両親のような考え方を持った人間がいてもおかしくはない。
言い方は悪いが珍しい異能力者はお金になる。
例えるならゲームのガチャなんかと感覚は似ているのだろう。
実の子供にそれを当てはめるのは人として問題があるということはこの際置いておくとして、異能力社会においてそういう思想を持った人間も一定数存在することは事実としてある。
「俺の異能力が劣等型だとわかると、両親は金銭と引き換えに俺を施設へと引き渡した。弟も一緒にな」
淡々と語られる糸巻の壮絶な生い立ちに暗空は何も返せなかった。
自身も両親に捨てられた過去を持っているからこそ糸巻の気持ちを理解することができる。
「施設には多種多様な人間がいた。俺と同じように金で取引きされた奴、誘拐されて無理矢理施設に連れて来られた奴、騙された奴、善意につけ込まれた奴。マザーパラダイスも似たようなものか?」
「理由はどうであれ、行き場の無くなった子供たちが集まったという意味では似たようなものね」
父親を殺したウシオをはじめ、右も左もわからない子供たちがマザーである
それがマザーパラダイスだ。
「そうか。俺は施設でこの世の闇を見た。お前もその一端を見たはずだ。本物の悪党を倒すことができるのは悪党だけだ。だから暗空、悪いが消えてくれ」
糸巻から溢れ出る
先程までとは空気が一変し、一段と張り詰めた。
並大抵の精神力では立っていることさえ許されない。
数多くの屍を超えてきた暗空でさえ肌に突き刺すような殺気に身震いするほどだ。
それでも立っていられるのは、暗殺ギルド血影時代に
「こんなところで倒される訳にはいきません」
施設に運命を狂わされた2人の牙が衝突する。
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