第133話 氷狼騎士《フェンリル・ナイト》

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「ただ戦っても面白味に欠ける。そうは思わないかイレイナ?」


 黒のボディーに覆われた2メートルを優に超えるクロムがビームソードを展開する。


「別に思いません。戦いは任務を遂行するための手段でしかないのですから。ですが、何かアイデアがあると言うのなら聞かないこともないです」


 イレイナが興味無さげにレーザー銃の照準を氷堂に合わせる。


「タイムアタックで競い合うというのはどうだろう? 我輩は赤髪をイレイナは銀髪を相手にして先に倒した方を勝ちとする」


「クロムにしては悪く無い提案ですね。タイムアタックにすれば時間も短縮できますし、その分目的も果たしやすくなる。いいでしょう」


 クロムとイレイナが作戦会議をしている中、氷堂は周囲に冷気を張り巡らせていた。

 一方の千炎寺は刀に流し込む炎の練度を高め、いつでもクロムとイレイナを迎え撃つ準備をしていた。


「では参る!」


 突風を巻き起こしながら千炎寺に向かって突進したクロムは黄色に輝くビームソードを振り下ろした。


「うらぁぁああああ!!」


 対人戦闘では感じたことの無い衝撃に思わず腹の底から声を張り上げる千炎寺。

 そうでもして自身の身体を奮い立たせないと一瞬で決着がついてしまうと悟ったのだ。


 刀に纏った炎が細かく弾け飛び、ビームソードと緋炎が触れている場所からは甲高い叫び声のような耳障りな音が響いている。

 千炎寺と同じように緋炎も必死に抵抗している証拠だ。


「性能的に見ても万が一にも私がクロムに負けるということはありえませんが、相手が弱すぎたら話になりません」


 2人の戦闘を横目に見ていたイレイナが引き金を引き、高出力のエネルギー弾を放出する。


「ッ!?」


 ピンポイントに絞った氷盾アイスシールドでも防げないと判断した氷堂は瞬時に横に跳ぶ。

 爆風が収まり顔を上げると、氷堂の背後に生えていた木に巨大な穴が空いていた。プスプスと黒い煙も上がっている。


 イレイナが持つレーザー銃は出力を上げれば上げるほど、次に撃つまでのインターバルが長くなる。

 しかし、特段近接戦闘を苦手としている訳では無いため、迂闊に近づくこともできない。


「序列戦とはいえ、容赦ないわね」


 防御無しに直撃すれば骨折なんかの可愛い怪我では済まされない。

 保健の鳴宮なりみや先生の治療を受けたとしても完治まで日数を要するだろう。


「この程度で容赦ないと言われてしまってはこちらとしてはやりようがないのですが」


 イレイナがノーモーションから加速すると、氷堂目掛けてレーザー銃で殴り掛かった。

 対する氷堂は氷剣で受け止める。

 が、まるで鈍器で殴られたかのような痛みが左腕に走った。


 これだけの力量の差を感じるのは反異能力者ギルドのドラゴン・ガインと戦ったとき以来だろう。

 自身の全力を以ってしても目の前の敵を越えることはできない。


「まだ完全じゃないから本当は使いたくなかったんだけどな」


 自分が持ち得るあらゆる攻撃手段を駆使したとしても本物の強者には届かない。

 災害級と呼ばれるガインと正面からぶつかった氷堂だからこそその結論に至った。


 もちろん、基礎を蔑ろにしていいという訳ではない。

 だが氷堂の場合、ある程度の基礎は三代財閥である氷堂家の訓練の中で習得していた。


 身につけるべきは強者とも渡り合える必殺技。


「いつの間に氷が!?」


 イレイナが驚くのも無理はない。

 周囲に張り巡らせていた冷気が勢いを増し、一瞬にして大地を凍らせたのだ。

 風で揺れていた草木が凍り、気温も急激に低くなる。


 ロボットのイレイナにしてみれば温度の変化自体はそこまで影響が無い。

 それでも目の前に立つ氷堂が放つ張り詰めたオーラから並々ならぬプレッシャーを感じていた。


 氷堂の吐息が白く目視できるようになり、身体を氷の鎧が纏っていく。

 透き通る水色の鎧が足、腰、腹、胸、腕、肩を覆う。

 そして、氷の狼・氷狼フェンリルの仮面が顔に装着された。


氷狼騎士フェンリル・ナイト!」


 手にする氷剣の剣身が伸び、鍔の中央に咲いていた氷の華も巨大化する。

 氷堂が自ら辿り着いた極地。

 特別講師として赴任した千炎寺正嗣の指導も少なからず影響を与えているが、ここまで昇華させたのは紛れもない氷堂自身だ。


 本人はまだ未完成だと口にしていたが、イメージと相違無いレベルに到達したとき、彼女と互角に渡り合える人間は異能力者では極少数に絞られるに違いない。


「視線を合わせるだけでこの殺気。私も気を引き締める必要がありそうですね」


 対峙しているのは先程までの氷堂とは別人。

 それが理解できないイレイナではない。


「飛行ユニット展開!」


 イレイナの背中からピンク色の羽が左右に2枚ずつ生えた。

 その姿は空中を自由に飛び回る白き蝶のよう。


 氷の鎧を纏い、防御力、攻撃力を上昇させた氷堂に近づくのは危険。

 その判断から戦闘のフィールドを空中に移したイレイナは、氷堂目掛けてレーザー銃を連射する。


 一方の氷堂は絶えず降り注ぐレーザーの雨を強化した氷剣で完全に処理していた。

 剣身が伸びた分、重量も増したが『氷狼騎士フェンリル・ナイト』発動中はあらゆるパラメーターが上昇しているため何ら問題無い。


 実戦で発動するのは今回が初めてのことだが、思ったよりも身体に馴染んでいる。


「降りてきなさい」


 レーザーを斬り払いながら氷の斬撃を空中に放つ氷堂。

 対するイレイナは空中で華麗に旋回してかわす。


 お互い時間さえ掛ければ強烈な一撃を繰り出すことも可能だが、氷堂はレーザーの雨をイレイナは氷の斬撃を回避するので手一杯でそれどころでは無いというのが現状。


 両者、奥の手は出したが膠着状態に陥った。

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