第129話 時を司る妖刀・黄昏《たそがれ》

—1—


「保坂先生だッ!」


 声を上げた磯峯とほぼ同じタイミングで明智も背後から迫る保坂の存在に気が付いた。

 すぐさま振り返り、自身の周囲に『追跡する5つの光線ストーキング・レーザー』を展開させる。


「これが俗に言うフラグ回収ってやつですな」


 一見呑気な口振りに思える丸岡の発言だが、茶化している訳ではなくしっかり戦闘態勢に入っていた。


「はあっ!」


 対教師となれば明智にも力が入る。

 5つの光球が保坂目掛けて物凄い速さで襲い掛かる。


 一方の保坂は前傾姿勢で突っ込んできていた。その姿は普段の日常生活からは想像もつかないほど荒々しい。

 光球の軌道を目視で確認しているにもかかわらず、スピードを一切落とすことなく突進する姿勢を崩さない。


 通常であれば防御か回避の選択肢を取るだけに明智も驚きを隠せないでいた。

 が、ダメージを与えられることができるのならそれに越したことはない。


「ッ!」


 光球が直撃する寸前のところで保坂が地面を滑るようにスライディングをした。

 それによって保坂の頭上を光球が通り過ぎていく。


 しかし、『追跡する5つの光線ストーキング・レーザー』は対象に直撃するまで追い続ける技だ。

 すぐに進行方向を変え、再び保坂の背後から襲い掛かる。


 それを見越していた保坂は地面を跳躍。

 木の枝に跳び移ると、腰に下げている鞘に触れ、足場にしていた枝を力強く蹴った。

 明智の光球は保坂が足場にしていた木に直撃して煙を上げる。


「磯峯さん!」


「任せて」


 保坂と明智を隔てるように鏡の壁が出現する。

 少しでも足止めをして時間を稼ぐ計算だったが、次の瞬間、磯峯が発動した鏡の壁が一瞬で粉々に弾け飛んだ。


 降り注ぐ鏡の破片の先から青黒い輝きを放つ刀を持った保坂が姿を見せた。


「良いチームワークですね。お互いに信頼し合っているのが伝わってきます」


 地面に着地した保坂が明智に刀を振り下ろす。

 対する明智は磯峯が鏡の壁を展開した一瞬で光剣を生成していたため、正面から迎え撃った。


 保坂の刀から発せられる青黒い光が明智の目に入る。

 小柄な体型から繰り出されたとは思えない重い一撃。


 圧倒的強者。

 たった1度剣を合わせただけで明智は自分との実力差を感じ取った。


 それでも心は折れない。

 隣に仲間がいるから。


「うおー!」


 丸岡が保坂の動きを封じようと腕を広げながら飛び掛かった。

 見方によれば自殺行為とも言えなくもないが、明智から注意を逸らさせるという目的であるのならある程度の効果は期待できる。


「丸岡くん、声を出してしまっては相手に居場所を明かしているようなものですよ」


 保坂が刀を引き、柄の部分を丸岡の鳩尾に容赦無く叩き込んだ。


「ガハッ」


 苦痛に顔を歪める丸岡。

 幸い校章は無事だ。


「拙者はあくまでも脇役。脇役の役目は主役を立たせることにある」


 地面に這いつくばりながら丸岡が明智と磯峯に目配せをした。

 そして、微笑む。

 まるで準備が整ったと言わんばかりに。


「私たちの必殺技ッ!」


 明智が手にしていた光剣を再び無数の光の粒に分解した。

 腕を前に突き出し、一斉に保坂に向かって放出させる。


光粒砲撃シャイン・カノン


 刀で相殺する構えを見せた保坂だったが、刀が届くギリギリのところで光の粒が上下左右、四方八方、全方向に炸裂した。


 花火のように炸裂した光の粒を防ぎ切ることは不可能。

 保坂は刀を振るって校章を守ったが、脚や腕などの被弾は間逃れなかった。


 保坂が防御に専念する動きを取ったことで数秒ではあるが明智にも余裕が生まれた。

 光を両手に吸収させ、光剣か砲撃か盾を繰り出す選択肢を広げる。


 選択したのは盾。


光輝な大盾ブリリアント・シルド


 丸岡の前に展開した盾に明智自身も姿を隠す。

 刹那、先程明智が繰り出した『光粒砲撃シャイン・カノン』が光の雨となって降り注いだ。


不規則な反射鏡ランダム・ピンボール


 明智と丸岡が時間を稼いでいる間に磯峯がせっせと鏡の壁を周囲に張り巡らせていたのだ。

 鏡は光を反射する。


 保坂を囲うように配置された無数の鏡は『手光砲撃シャイン・カノン』を永遠と跳ね返し続ける。


 さらに光の盾に身を隠している明智が援護射撃を加える。


 次々とランダムに襲い掛かる光の礫を身を捻ってかわす保坂だが、最早数が多過ぎてかわす、かわさないの域を超えている。


 抵抗できない相手に気が済むまで攻撃を加えるサンドバッグ状態になっていた。


 しかし、肝心の校章を砕くことができない。

 これだけの数であれば1発くらい命中してもおかしくないのだが、あと一歩のところで保坂の刀によって防がれてしまう。


「何か言ってはいないか?」


 丸岡の言う通り、保坂は攻撃に耐えながら黙々と何かを呟いていた。


「右に展開されている鏡の角度は80度、60度、45度、30度。左上に展開されている鏡から光が降り注いだ場合に射線に入らないポイントを計算。完了。反対に左下から右に抜けてくる光の法則性を計算。完了。90度で光がループしている射線を複数特定。鏡の角度は固定されているから反射する光は規則性に基づいている」


 明智や丸岡の目から見ればボソボソと呟いているだけに見えるが、保坂は脳をフル回転させていた。

 無数の攻撃を凌ぎながらだ。最早人間の成せる業ではない。


 それもそのはず。

 保坂の異能力は『超計算ラプラス』。


 元々は集中時に飛び抜けた計算能力を発揮するという異能力だったのだが、マザーパラダイスに在籍中、『成長促進』の異能力を持つ種蒔育子たねまきいくこによって異能力を強制的に強化され、その影響で異能力が進化した。


 保坂の力にかかれば如何なる問題であろうと脳内の計算によって答えを導き出すことができる。

 その能力を戦闘に用いれば凡人の目からすればまるで未来が見えているかのように映るだろう。


「嘘でしょ……」


 答えを導き出したのか悠然と光の雨の中を歩く保坂。

 磯峯が展開する鏡の枚数を増やそうと両腕を前に出すがもう遅い。

 ほんの一瞬の間に磯峯の目前まで移動した保坂が刀を振り上げていた。

 校章が砕けて地面に落ちる。


 磯峯を守ろうと光の盾を発動しようとしていた明智だったが間に合わなかった。

 発動していた『光輝な大盾ブリリアント・シルド』を解き、隣にいた丸岡へ鋭い視線を向ける。


「丸岡くん!」


 明智が丸岡の左胸に正拳突きを放つ。

 視線の意図を汲み取った丸岡が中指と親指を合わせて音を鳴らした。


「初見殺しの、立ち位置交換ポジション・チェンジ


 音が鳴り響いた直後、丸岡と保坂の立ち位置が入れ替わった。

 明智の拳が保坂の胸元に迫る。

 これには驚愕の表情を浮かべる保坂。


「くっ」


 明智の拳が保坂の校章に届くまで残り数ミリというところで保坂の手にする刀が一段と青黒い輝きを放った。


「妖刀・黄昏たそがれッ!」


 その言葉を最後に保坂を除く全ての時間が止まった。

 明智の拳が止まり、巻き起こった砂埃も、葉っぱも全てが静止している。

 この空間で行動することが認められているのは、妖刀・黄昏を所有する保坂だけだ。


「ごめんね。明智さん、丸岡くん。相手が私じゃなければ完全に決まってたと思います」


 再び時が動き出すと明智と丸岡の校章は2つに割れていた。

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