第140話 神楽坂のオリジナル技炸裂
—1—
GPSによると暗空は電話で話していた通り北エリアの最北部にいるらしい。
ほとんど動いていない所を見るに同じ場所に留まって敵を迎え撃つ構えのようだ。
暗空のような実力者であればかえってその方が効率がいいかもしれない。
だが、数で押されたり、教師が相手となると流石の暗空も立場が危うくなるだろう。
結局の所、オレたちGPS対象者組は臨機応変に先の展開を読みながら動き続けるしかなさそうだ。
特別ルールでも告知があったように10時以降は全員が北エリアに集結することになる。
オレはたまたま目的地が北エリアだったから進路を変えることはないが、砂浜エリアや南エリアを拠点としていた生徒は移動だけで約2時間を消費する計算になる。
途中で戦闘に発展したらそれこそ時間切れで脱落なんてこともあり得る。
「もう必要無いな」
オレは木の影にリュックサックを置き、500mlのペットボトルを1本だけ手に取った。
元々最低限の物資しか購入していなかったからリュックサックの中身はほとんど空だ。
モバイルバッテリーと簡易トイレも残り数時間であれば必要無い。
リュックサックが無くなっただけでも身体にかかる負荷は減る。
些細な変化だとしてもそこに確かな変化があるのだとしたら実行しておいて損はないだろう。
夏らしい生暖かい風が肌に纏わりつく。
動いているからとはいえ、拭っても拭っても汗が噴き出てくる。
7月頭でこの暑さなら8月にはどうなってしまうのか。
集団序列戦が終わったら。
まだ終わってもいないのについそんなことを考えてしまう。
それほどこの3日間は密度の濃い時間だった。
明智の過去と暗空の過去。
2人の過去に共通する人物、天魔咲夜。
学院の卒業生である天魔が現在も学院と繋がりを持っている可能性は高い。
そして、オレと暗空を消そうとする存在の浮上。
これまで手探りで色々と調べてきたが、ようやく点と点とが結びつこうとしている。
真相に近づこうとするほど、障害は大きくなるだろうがだからと言って諦める選択肢はない。
今もどこかでオレの妹である夏蓮が苦しんでいるのだから。
まずは、無事に集団序列戦を乗り切る。
「……」
周囲の風向きが変わったことをきっかけにオレは身体強化の異能力を発動させた。
進行方向に立ち塞がる2つの壁。
クロムとイレイナ。
片や漆黒のボディーに身を包み、右手にビームソードを握り締めている。
片や純白な美しいフォルムに身を包み、レーザー銃の銃口をこちらに向けている。
GPSで居場所がオープンになっているから仕方がないとはいえ、2体同時に相手にするとなるとかなり骨が折れそうだ。
「待っていたぞ目標! 我輩の剣で木端微塵に斬り刻んでくれる!!」
「その体に風穴を開けて差し上げます」
好戦的なクロムと冷静なイレイナ。
千炎寺もこの2体と戦ったと言っていたがかなりの傷を負っていた。
それに比べて2体は装甲にダメージこそあるもののそこまで深手という傷は見受けられない。
「余力を残しておきたかったがそうも言ってはいられないな」
無名も使用していたビームソードとレーザー銃。
使用者に合わせて威力が変化する武器だ。それに加えて2体は戦闘用に作られたロボットだ。
そもそものスペックが高い。
「参る!」
地を蹴り、巨体とは思わせぬ身軽さで一気にビームソードを振り下ろしてくるクロム。
素早い一撃に驚きこそしたが避けられないほどではない。
身を捻ってかわしたことでビームソードが空を斬る。
間髪入れずに後方に陣取っていたイレイナがレーザー銃の引き金を引く。
木の影から影に身を隠しながら二発、三発と追撃してくる。
無名との戦闘を経験しているため、レーザー銃がどれくらいの威力かは把握している。
オレがコピーしている盾系の技では完全に防ぐことは難しいだろう。
地面に両手をつき、クロムの腹目掛けて蹴りを繰り出す。
その間、イレイナが放ったレーザーはオレの体の上を通過する。
クロムは左腕を前に突き出すことでオレの蹴りを防いだ。
そのまま腕を振り上げて弾き返し、オレとの間に距離を作る。
「フンッ!」
クロムが振り下ろしたビームソードが地面を抉る。
やはり、武器を持っている相手に身体強化だけでは分が悪い。
距離を作られたら流石に太刀打ちできない。
イレイナのレーザーも絶妙なタイミングでオレの体を掠めてくる。
動き回りながら狙ってくるので一瞬でも集中力を切らしてしまったら見失ってしまう。
オレはクロムの攻撃をかわしながら千炎寺の物体生成の異能力を発動した。
刀の緋鉄を生み出し、ビームソードに対抗する。
刃を数回交え、重い一撃が頭上を襲う。
クロムの巨体を前にすれば単純な力比べでは勝ち目が無いように思えるが、身体強化を発動しているためなんとかオレでも互角に渡り合えている。
それと、
「左手が変形してるな」
ビームソードを両手で握らないことに違和感を感じ、左手に目を向けると熱か何かで溶けたような形跡があった。
クロムと戦った炎の異能力者といえば、思い当たるのは千炎寺だろうか。
「うるさい! 貴様ら人間と戦う上ではハンデのようなものだ!!」
ビームソードの刀身が伸び、体に掛かっている重みが増す。
クロムと密着している間はイレイナからのレーザーは飛んでこない。
クロムに直撃するかもしれないからだ。
「あまり舐められても困ります」
クロムの背後で様子を窺っていたイレイナが背中にピンク色の翼を生やし、宙に飛び立った。
平面からでは対策のしようがあったが、空からとなると防ぎようがない。
オレはクロムの攻撃を受け流してバックステップで一度距離を取る。
「
イレイナに狙いを定めて光線を上空に一斉に放つ。
イレイナは空中で大きく回転しながら次々とレーザーを相殺する。
「
続けざまに光の細かい粒をイレイナ目掛けて発射する。
今回は時間差での攻撃を目的としているため、1度で全ては放たない。
光の粒を三段階に分けて発射する。
そうこうしている間にクロムから強烈な袈裟懸けが入る。
緋鉄で受け止めるが刀が悲鳴を上げる。
緋炎であれば耐久力が上がるのだが、オレは炎の異能力まではコピーできていない。
「うおおおおおおおおーーーーーーーーー!!!!」
クロムの雄叫びと共に怒涛の連撃が襲い掛かる。
鋭い剣戟についていくのがやっとという状態。
緋鉄も刃こぼれし、ヒビが入る。
人という生き物は敵を倒すために常に進化を遂げてきた。
作戦、武器、異能力。
敵が強くなればなるほど、自分自身も殻を破り進化する必要がある。
オレはこの戦闘でさらに上のステージに上がる。
「ぐッ!」
クロムの渾身の一撃を緋鉄の腹で防ぎ、その衝撃で後方に吹き飛ばされる。
周囲の木々に刀傷が入り、その内何本かは倒れている。
クロムと斬り合っていた最中、イレイナに牽制として放っていた光の粒も使い果たしてしまった。
既存の枠組みにとらわれていてはダメだ。
このレベルの相手にはオレのオリジナルで挑むしかない。
オレが今までコピーしてきた異能力を活かして新しい技を作る。
「行くぞ!」
ヒビの入った緋鉄を空中のイレイナに向かって投げる。
「血迷いましたか?」
イレイナがレーザー銃で緋鉄を粉々に撃ち抜いた。
その破片を突き裂くような勢いで急降下しながらレーザーを連射してきた。
オレはビームソードを正面に構えるクロムに向かって駆けながらレーザーの雨を掻い潜る。
出来る限り視野を広く、思考を止めるな。
使える物は全て使う。
走りながら再び物体生成で緋鉄を生み出す。
だが、それだけでは終わらない。
炎を纏えないなら別な物を纏えばいい。
「
氷堂の異能力である氷を緋鉄に纏わせる。
ただ刀に氷を纏わせただけなら大したことはない。
緋氷は触れた対象を凍らせる能力を持つ。
「!?」
先程までとは明らかに違う衝撃がオレとクロムを襲う。
ビームソードに氷が広がり、質量が増す。
だが、規格外のパワーを持つクロムにとっては誤差の範囲でしかない。
「フハハッ、我輩をここまで本気にさせた相手は久し振りだ!」
「それはどうも」
豪快に笑うクロムを冷たくあしらう。
ビームソードを振るう度に刀身が伸びている気がするが恐らく気のせいではないだろう。
緋氷が触れた箇所から氷が広がっているがクロムの馬鹿力の前ではあまり効果が見られない。
まあ、それならそれでいい。
耐久力を上げた緋氷ならまず折られることはないはずだ。
後は純粋に我慢比べだ。
クロムと斬り合っている中、オレの背後に回ったイレイナがレーザー銃を撃ってくるがオレはほぼノールックで斬り払う。
前後、どちらにも集中力を割くのはかなりの神経を使う。
「グアッ!」
力強く地面を踏み込み、クロムが全力でビームソードを振り下ろしてくる。
オレはなんとかそれを受け止めて弾き返す。
クロムはロボットだから表情に変化はない。
しかし、目の前の敵を仕留めることができず苛立っているのが動きから伝わってくる。
クロムの性格上、ムキになればなるほど力技で突破しようとする節がある。
それがクロムの武器でもある。
だが、それと同時に弱点でもある。
オレはそこを利用する。
「何のこれしきッ!」
弾き上げられたビームソードの柄を握り直し、左足を上げて全体重を踏み込むクロム。
「
クロムの足が地面についたタイミングを見計らって土浦の異能力を発動した。
地面が四方八方に裂ける必殺技。
致命傷には至らないだろうが、バランスを崩すことが目的なら十分だ。
クロムの踏み込んだ先の地面が沈み、勢いを止めることができずそのまま前傾に倒れていく。
「緋氷一閃!」
姿勢を崩したままであれば防御は取れない。
オレはクロムの校章を高速で斬り払った。
だが、ここで気を抜いてはいけない。
イレイナの正確無比な銃撃がクロムの校章を斬り払ったばかりの緋氷に直撃した。
緋氷がオレの手から離れて地面を転がる。
「やはり、あなたは危険人物みたいですね」
「初めのクロムの発言も引っ掛かっていたが、オレのどこを見てそう思ったのか甚だ疑問だな」
「あなたは大人しく消されていればよかったんです」
「お前たちの背後にいるのは誰だ? って聞いたところで答えるわけないか」
クロムもイレイナもオレを殺す気で攻撃をしていた。
オレのことを「目標」「危険人物」と言っていたから糸巻と繋がりがあるのだろうか。
どちらにせよなぜオレが狙われているのかという結論には辿り着けない。
オレは物体生成でハンドガンのような見た目の銃を作り出す。
この銃には弾が込められていないが設計ミスではない。わざとそういう作りになっている。
この銃の銃弾は異能力を媒介にする。
「疑問を抱えたまま消えなさい」
オレが物体生成を発動している間にエネルギーを溜めたのか、レーザー銃が輝きを放つ。
眩い光と共に繰り出されるレーザー。
その威力は銃の域を遥かに超えている。
「
オレは千代田の防御技を自身の足元に発動した。
猛烈な突風でオレの体が空中のイレイナに向かって一直線に浮かび上がる。
地面に向かって放たれたレーザーと逆走するようにイレイナに迫る。
銃口の先をイレイナの胸に向け、銃に強力な冷気を流し込む。
「
氷堂の氷の異能力を凝縮して放たれた銃弾がイレイナの胸に直撃する。
イレイナも咄嗟にこちらに銃口を向けていたのだが、強力な一撃を放った後では多少なりともインターバルを要するみたいだ。
イレイナの校章の破片と氷の結晶とが宙に舞い、太陽の光に反射して輝いた。
その光景はまるでオレの勝利を祝福しているかのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます