第112話 密会
—1—
船が出港してから約2時間ほどで着岸作業が始まった。
ここから先のスケジュールは基本的にフリータイムになっている。
船の自室でのんびり過ごすも良し、友人と船内を散策するも良し。
また、無人島の砂浜エリアが夕方まで開放されるとアナウンスが入ったため、下調べも兼ねて外に出てもいいだろう。
さらには、集団序列戦開始時の混雑を避けるべく無人島で使用可能な生活必需品の事前販売を行うとのことだった。
販売場所はスタート地点の砂浜エリア。
すでに教師陣が船から物資を運び出し、テントの設営を進めている。
「綺麗な海に豊かな自然。いいねぇー、私にピッタリの場所だねぇー」
船の上から無人島を眺めていると、独特な話し方が特徴的な
なぜか海パンだけを身に纏った状態で上半身は裸だった。
引き締まった筋肉が太陽の光に照らされて輝いている。
「わざわざ道を開けてもらってすまないねー」
岩渕の登場とその姿に驚いた生徒が左右に避けたことで、岩渕が悠々と下船した。
同学年のはずなのになぜか大物感が出ているから不思議だ。
岩渕の後に続いて続々と下船する生徒たち。
無料で浮き輪やビーチボールの貸し出しも行っているらしく、砂浜に向かう生徒も案外多い。
少し早めの夏休みといったところか。
この状況でこれだけリラックスすることができるというのも才能の1つなのかもしれないな。
船外に人が流れている今、船内には人目に触れないスポットが生まれつつある。
オレはデッキから船内に場所を移し、スマホを操作する。
「映画館は8階か」
砂浜エリアの開放が夕方までと決められているときにわざわざ長時間拘束される映画館に足を運ぶ生徒は少ないはず。
そう推測したオレはこれから始まる映画のチケットを2枚取ると、ポップコーンと飲み物を買ってしばし人を待つことにした。
「神楽坂くん、お待たせしました」
目を閉じて無心になっていると、いつの間にか目の前に暗空が立っていた。
「突然呼び出して悪かったな」
「いえ、外は混んでいるみたいですし、ちょうど私も暇を持て余していたところです」
「そうか。それならよかった。とりあえず中に入るか」
真ん中の1番後ろの席に並んで腰をかける。
オレの予想通り館内に生徒の姿はなかった。
映画はファンタジーモノで、ヒーローランキング1位の男が同じく2位の女と協力して異能力犯罪を解決していくという話だった。
男のキャラクター性もこの作品の人気の1つなのだが、他にもド派手なアクションシーンも見所となっている。
「適当に選んだんだが、この作品でよかったか?」
隣に座る暗空の顔色を窺う。
スクリーンには映画の予告が淡々と流れている。
「まあ、世間一般的に高校生の男女が2人きりでこういった作品を観るのかがわかりませんけど、青春作品よりかはよかったです。恋愛とかはよくわからないので」
「オレも恋愛はよくわからないな」
そう言って定番の塩味のポップコーンを摘む。
映画の導入は過去最大の異能力犯罪を前に、ソロで活動していたヒーローランキング1位の男が日本最大規模のヒーローギルドに所属するというシーンから始まる。
そこで男はヒーローランキング2位の女と出会う。
初めはぶつかり合う2人だったが、徐々に認め合い、信頼関係を築いていく。
正に王道の展開と言っていいだろう。
『ヒーローランキング1位の男が大手ヒーロギルドに所属し、ナンバー2の女とバディーを組んだ』
このニュースが世間を賑わせ、一時は落ち着きを見せた犯罪組織の犯行だったが、ヒーローギルドに所属するヒーローランキング5位の男が殺害されたことをきっかけに一気に物語が加速していく。
次々と殺されていく仲間たち。
派手な動きを見せているにも関わらず一向に犯人の正体が掴めない苛立ち。
男と女はぶつけようのない怒りと悲しみを抱えて前を向く。
「神楽坂くんは誰が犯人だと思いますか?」
「さあ、ヒーローギルド関係者とかか?」
「さすがですね。私もそう思います。悪人ほど人に近づくときは善人のふりをするものです。そして、信頼し切った所で簡単に裏切ります」
暗空の言うように映画の終盤に差し掛かると、ヒーローギルドに勧誘した男こそが真のラスボスであることを明らかにした。
ヒーローランキング1位と2位のコンビは、傷つきながらも力の全てを出し切って敵に勝利した。
「面白かったですね」
誘った手前、楽しんでくれているか不安だったがこの反応を見るに満足してもらえたみたいだ。
「犯人は暗空の言う通りだったな」
「ファンタジーも現実も人間が作っている以上本質はあまり変わりませんからね」
「そうかもしれないな」
スクリーンにはエンドロールが流れている。
これだけ多くの人間が携わって1つの作品を作り上げている。改めて凄いことだ。
「それで、メッセージで言っていた私に話というのは?」
「掲示板の犯人について、暗空の耳に入れておきたいことがある」
暗空を呼び出した本当の理由。
それは明智が掲示板の犯人であることを伝えるためだ。
未だ証拠は出てきていないが明智が犯人である可能性は極めて高い。
警戒しておくに越したことはないだろう。
「確か犯人に心当たりがあると言ってましたね」
「ああ、ただ証拠が無いから伝えるか迷っていたんだが、馬場会長から護衛に任命された以上、伝えた方がお互いに動きやすいと思ってな」
「回避できるリスクがあるのならしておいた方が良いですもんね。納得です。で、誰なんですか?」
「明智だ」
「明智さんですか」
「オレの信頼できる人から聞いた話だが、暗空のことをかなり恨んでいたらしい。何か心当たりはあるか?」
暗空は目を細めて考える素振りを見せてから静かに首を横に振った。
「いえ、全く」
「そうか。何かあったら気軽に連絡してくれ。基本的にはいつでも駆けつけられるようにはしておく」
「それは頼もしいですね」
席を立ち、暗空を前にして出口へ向かう。
と、そのとき、館内で何かが動いたような気配を感じた。
「どうかされましたか?」
暗空が振り返って首を傾げる。
「いや、何でもない」
館内にはオレと暗空しかいなかったはず。
じゃあ、あの気配はなんだったんだ?
オレと暗空は誰もいない館内をぐるりと見回してから映画館を後にするのだった。
—2—
夜。消灯時間の22時を迎え、オレは部屋に戻ってきた。
月明かりが室内に差し込んでいて千炎寺がベッドに寝ていることが確認できる。
オレは物音を立てないように寝る準備を進めることにした。
「戻ったのか?」
制服からパジャマに着替えていると、千炎寺が話し掛けてきた。
「なんだ寝てなかったのか」
「昼間は悪かったな。少し言い過ぎた」
「オレの方こそ悪かった。千炎寺の事情も知らないのに無神経だった」
「いや、神楽坂は何も悪くない。親父の言葉と被って聞こえたからついカッとなったんだ。俺はこの序列戦で親父を倒す」
千炎寺が天井に拳を突き上げた。
「無理だと思うか? 神楽坂、今度は怒らないから正直に答えてくれ」
「そうだな。現時点では1対1で戦ったとしてほぼ100パーセント千炎寺が負けるだろうな」
正嗣が戦っている姿を直接見たことがないけど、刀に固執している今の千炎寺では世界一の称号を持つ相手には敵わないだろう。
世界一という称号はそれだけ重いものだ。
「……1パーセントもないのか。じゃあ、どうやったら——」
そこまで口にして千炎寺は言葉を止めた。
「それを神楽坂に聞くのは違うな。悪いな俺の話に付き合わせて」
「いや、大丈夫だ。明日は早い。そろそろ寝るか」
「ああ」
布団を体に掛け、目を閉じる。
次に目を覚ましたら序列戦の幕開けだ。
【◯いざ、無人島へ】END。
NEXT→【○集団序列戦開幕】
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