第111話 豪華客船

—1—


 舞台は陸から海上へ。

 全10層からなる豪華客船に乗り込んだオレたちは、集団序列戦アプリに配信された部屋割りを頼りに船内を歩いていた。


 5階にエントランスロビー、フロントがあり、上層階にはショーステージ、映画館、プール、ジャグジー、ジム、図書室、ショッピングエリア、レストラン、カフェ、展望浴場などが備えられている。


 今日の夜は船で一泊することになっているが、とてもじゃないが全部回るのは難しいだろう。


「まずは部屋に荷物を置いてからレストランにでも行ってみるか」


 客室は2人1部屋。

 オレの相部屋の相手は——。


「おう、神楽坂。短い間だがよろしくな」


 部屋に入ると、千炎寺が鞄の中を整理していた。


「こちらこそよろしく頼む。何かオレの行動で気になることがあったら言ってくれ。すぐに直す」


「ははっ、男2人だ。そんなに気を遣うことはねーよ。よしっと」


 千炎寺が膝に手をついて立ち上がった。


「まだ飯は食ってないよな? 良かったら一緒にどうだ?」


「そうだな。ここに来る途中で船内図を見たんだが、9階にレストランがあるらしい」


「決まりだな」


 荷物を部屋の隅に置き、オレと千炎寺は食欲を満たすべくレストランへ向かうのだった。


—2—


 時刻は昼時。

 慣れない環境であっても時間が経てばお腹は空く。

 オレたちと同じように客室に荷物を下ろした生徒が上層階へと移動を始めていた。


 レストランに着く頃には、入り口に順番待ちの列ができていたが流石は豪華客船。

 次々と空いている席に案内されていき、あっという間に席に着くことができた。


「うっ」


 メニュー表を見て千炎寺が頭を抱える。


「どうした?」


「いや、カタカナばっかりだと思ってな」


 料理名の下に詳細な情報も記載されているが、その欄ですらカタカナばかりなので千炎寺が頭を抱えたくなる気持ちも分かる。


「無難にシェフのお勧めとかでいいんじゃないか?」


「そうするか。シェフが勧めてるなら間違いはなさそうだしな」


 ウェイトレスにメニューを注文し、軽く雑談をしていると程なくして料理が運ばれてきた。

 海の具材をふんだんに使ったシチュー。

 トマトソースベースのシチューに貝やら海老やら魚やらがこれでもかと入っている。


 匂いだけで美味しいのが伝わってくる。


「美味ッ、口の中に海が広がっていくようだ」


 千炎寺の笑顔に釣られるようにオレもスプーンでシチューを口に運ぶ。

 刹那、頬に衝撃が走った。

 あまりの美味しさで頬が驚いたのだ。


 千炎寺の言うように、具材を噛み締めると海の旨味が口全体に広がっていく。


「これは美味いな」


 思わず溜息が漏れる。

 レストラン内は、明日に集団序列戦を控えているとは感じられないほど和やかな雰囲気が流れている。

 まあ、この料理を前にしたら自然と笑みが溢れるのも頷ける。


 しかし、笑っていられるのも今だけだ。

 明日の午前8時には無人島サバイバルが幕を開ける。

 時刻が近づけば近づくほど、生徒の緊張感も高まっていくだろう。


—3—


「風が気持ちいいな」


 外の景色を堪能するべくデッキに訪れたオレと千炎寺は海を眺めていた。

 太陽の光が水面に反射してキラキラと輝いている。

 視線を空に移せば海鳥が涼しい顔をして飛んでいる。


 集団序列戦さえ無ければ最高に豪華客船を満喫できるというのに。

 腹も満たされたことで話題はライフポイントで購入することできる物資についてへと切り替わっていた。


「食料が1食分で1000ライフポイント。飲み物が500mlのペットボトルで300ライフポイント。いくら何でも高くないか?」


 千炎寺が集団序列戦アプリの画面を開き、スクロールしながらボヤく。


「毎食必ず食べるとすると食料だけでも7000ライフポイントかかる計算だな。飲み物に至ってはこの暑さだ。いくらあっても足りないだろうな」


 水分補給を怠って倒れでもしたら本末転倒だ。

 節約を心掛けるのは大事だが、削る場面とそうでない場面とを見極めることも大切だ。


「他にも簡易トイレが3000ライフポイント。野営用のテントが7000ライフポイントって、序列下位の生徒には痛い出費だな」


「序列下位の生徒じゃなくてもこの出費は大きいだろうな。7月に支給されたライフポイントがいきなり無くなるようなもんなんだからな」


「かと言って無人島でテント無しはキツイぜ」


「そういう面ではグループを組んでる生徒は割り勘できるから出費は抑えられる。そういえば千炎寺はグループを組んだのか?」


「俺は1人だ。敷島さんとのバトルで恥をかいたからな。誰からも誘われなかったわ」


 千炎寺が苦笑しながら頭を掻いた。


「恥ってことはないだろ」


「いいや、歯が立たなかったのは事実だ。特待生として入学した暗空、氷堂と比べて俺はまだまだ実力が足りない」


 実力だけで見れば一般生徒より頭ひとつ抜けているのは確かだが、火野や敷島のように特待生で無くても実力を持っている生徒はいる。


 オレの勝手なイメージだが、千炎寺はやり方によってはまだ伸びる可能性がある気がする。

 その点については先日千炎寺の父親も触れていた。


「千炎寺、触れられたくない話だったら先に謝る」


「何だよ?」


「千炎寺は強くなりたいんだよな?」


「ああ、そんなの言うまでもない。俺は親父を超える刀使いになる」


「だとしたら今は刀よりも異能力を伸ばした方がいい」


 瞬間、千炎寺の目に殺意が宿った。


「なんでだよ。なんで神楽坂も親父と同じことを言うんだよ。俺は、俺を見限った親父を刀で超えることで証明してやるんだ。俺の方が正しかったって」


「待て、最後まで話を——」


「うるさい!」


 オレの言葉を遮り、千炎寺が肩を突き飛ばしてきた。

 そして、そのままデッキから立ち去ってしまった。


 話に聞く耳を持ってくれない以上、千炎寺は自分で気がつくしかない。

 異能力を伸ばすことがどれだけ自分の力になるのかということを。


「さて、困ったな」


 オレと千炎寺は相部屋であるから同じ部屋で寝なくてはならない。

 オレの荷物も部屋に置きっ放しだ。

 この状況はかなり気まずい。


 だが、起きてしまったことは考えていても仕方がない。

 オレは時間潰しも兼ねてしばらく海を眺めることにした。

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