第106話 巣立ち
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6月23日火曜日。
放課後を迎え、談笑しながら教室を出ていく生徒に紛れるように、スマホを片手にした
生徒間で交わされる会話のほとんどが集団序列戦のグループ分けについて。
浮谷は自身が率いるメンバーの中から
ソロ序列戦で準々決勝まで駒を進めた浮谷の実力ならグループを組まずとも上位入賞は狙える。
門倉はグループを組む際、浮谷にそう進言したのだが、浮谷は序列1位となった暗空と直接対決した経験からそれは得策ではないと判断した。
グループを組むことで報酬は半分になってしまうが、2日目からは教師も参加するという特別なルール。
単独で挑むよりかは信頼できるパートナーを側においた方がいい。
そこでメンバーの中でも1番信頼を寄せている門倉を選んだのだ。
「先輩、今から会えますか?」
階段を下りていく生徒とは逆に屋上へと向かう浮谷。
「それじゃあ、屋上で待ってます」
電話の相手から承諾を得た浮谷は一足先に屋上へ足を踏み入れた。
フェンスに体を預けて空を見上げる。
待ち人が来るまで風に当たりながら考え事をするのもいいだろう。
先日、異能力実技の授業で敷島ふさぎが目立った活躍を見せた。
防御に特化した盾の異能力。
ソロ序列戦ではそこまで名前が挙がる生徒ではなかったが、実力を隠していたのではないかと疑うくらい強烈なインパクトを与えたのは記憶に新しい。
下剋上システムでも千炎寺を返り討ちにしてしまった。
そんな敷島の序列は暗空、神楽坂、氷堂に次いで4位。
この短期間で1番ポイントを伸ばした生徒であることは間違いない。
なぜ、敷島がここまでポイントを伸ばすことができたのか。
それは自身の能力を隠していたことにあるだろう。
小柄な体に不釣り合いな白い盾を持ってソロ序列戦に登場したことで、防御に自信がある生徒だと誰しもが思い込んでいた。
もちろん、防御も凄い。
けれど、敷島の武器はそれだけではなかった。
異能力実技では相手の攻撃技をガラス片として跳ね返す技を使用し、下剋上システムでは相手の攻撃技を吸収して反撃する盾を繰り出した。
戦いを重ねる度に新しい攻撃パターンを見せたのだ。
圧倒的な力を持つ人を除いて、人は初めて目にする攻撃への対応が遅れてしまう傾向にある。
敷島の作戦はそこを上手く突いたものだった。
つまり、序列上位に入るためにはある程度実力を隠す必要があるということだ。
序盤から全開で挑むのは以ての外。
卒業までは3年間もあるのだ。
タネが分かればあっという間に対応されて序列を引きずり下ろされる。
正に現状の浮谷が当てはまるだろう。
気付くのが遅過ぎた。
まだ2ヶ月と少ししか経っていないが、学院の序列1位である馬場会長に挑み、学院中の生徒に異能力が知られてしまった。
浮遊の異能力。
自分を浮かすか、相手を浮かすか、物体を浮かすか。
それくらいしか戦い方はない。
異能力が割れてしまったこの状況からどうやって巻き返すのか。
浮谷が思いついたのは2つ。
1つ目は、異能力の進化。
異能力は特訓を重ねることで進化することがある。
威力の上昇、対象となる範囲の拡大など、特訓の仕方によって効果の現れ方も異なる。
その最上級に当たるのが生徒会副会長の
2つ目は、周囲の力を借りること。
まだ生徒の間であまり公になっていない異能力を持つ者と手を組み、序列上位を狙うというものだ。
1人の力だけでは序列上位を狙うことが難しいと考えている生徒も大勢いる。
そういった生徒の力を引き出し、敷島のような新しい攻撃パターンを仕掛けることで本当の意味での下剋上を目指す。
1人ではなく、チームで序列上位を乗っ取ってやろうという計画だ。
その始まりの一歩が門倉だったというわけだ。
浮谷の計画が上手くハマれば集団序列戦はかなり荒れることになるだろう。
「待たせたな」
屋上の扉が開き、浮谷の中学時代の先輩である土浦が姿を見せた。
「いえ、用事とかありませんでしたか?」
フェンスに預けていた体を戻し、土浦の元に歩き出す。
「特にねーよ。んで、どうした?」
「土浦先輩に直接聞きたいことがあったので」
「なんだ?」
浮谷からいつもとは違う雰囲気を感じ、土浦が眉を寄せる。
「土浦先輩はこの学院でトップを獲る意思はありますか?」
「あ? 浮谷、お前も知ってるだろ。俺がバトルポイントを没収されたこと」
ソロ序列戦の準々決勝に出場予定だった千代田に暴力行為を働いたことが問題となり、ペナルティーとして全バトルポイントの没収が課された。
その後、下剋上システムを使ってバトルポイントを獲得したのだが、土浦はもう3年生。
ここからトップを狙うのは不可能に近い。
「あれだけ固執していた神楽坂に対しても何かしようっていう気配もないですよね」
「わざわざ人のこと呼び出しておいて何が言いてぇーんだよ」
物凄い形相で浮谷に詰め寄る土浦。
信頼している後輩とはいえ、説教じみたことを言われて苛立ちを隠せないようだ。
「俺が憧れてた土浦先輩はどこにいったんですか? どんな強大な敵にも身一つで飛び込んでいくあの姿に憧れて俺はこの学院に来たんですよ。土浦先輩とならまた面白いことができるって。今の先輩は正直抜け殻みたいで見てられないです」
溜めていた思いを全て吐き切った。
土浦はそんな浮谷を静かに見下ろしていた。
「なあ浮谷、持てる全てを出し切ってでも
「何を?」
「いいから答えろ!」
土浦の凄みに負けて浮谷が思考する。
「どんな手を使ってでも倒します。例えそれが卑怯な手であったとしても」
「そうか。俺はな、そいつとは一切関わりたくないと思った」
事実、土浦は神楽坂との関係を絶っている。
「変わったんですね」
浮谷が土浦に悲しげな目を向ける。
かつて憧れていた土浦の姿はもうどこにもないと悟ったのだ。
「土浦先輩、俺は俺のやり方でこの学院の頭を取ってみせます」
土浦が成し遂げられなかった序列上位を目指して歩み出す決意を固めた浮谷だった。
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