第107話 当初の目的
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放課後の第二校舎は昇降口から少し離れていることもあって文化部に所属している生徒以外はあまり立ち入らない。
美術部、化学部、コンピューター部、文芸部、演劇部、茶道部、華道部、合唱部、ロボット研究部などなど。
運動部に比べて地味な印象を持たれやすい文化部だが、異能力者育成学院では結構幅広く活動している。
「確か2階だったか」
事前に浅香から聞いていた情報を頼りに目的地を目指す。
オレが第二校舎を訪れた理由。
それはとある部活動に所属するためだ。
以前から部活動には興味があったのだが、なかなかまとまった時間が取れなかったため、踏み出すことができていなかった。
現在、生徒会は暗空の件もあり活動自粛中。
先日発表された集団序列戦のグループ分けについては、単独で挑むことを決めたから自ら行動を起こす必要はない。
つまり、ようやく学生らしいことができるというわけだ。
とはいえ、オレが何も考え無しに部活動に所属する訳が無い。
オレがこの学院に入学した目的を果たすために部活動に所属するのだ。
妹を誘拐した犯人の情報を掴み、夏蓮を見つけ出す。
これがオレの最大の目的だ。
そこでオレは数ある部活動の中から2つまで選択肢を絞った。
文芸部と陸上部。
文芸部には妹を誘拐した
2人と同じコミュニティーに所属すれば何か情報を得られるかもしれない。
という訳でオレは手始めに文芸部の部室までやって来た。
「すみません、文芸部の体験で来ました」
ドアを開くと部室の中には、窓際で本を読む紫龍の姿があった。
「神楽坂くんじゃない。体験と呼べるほど何かしているわけではないけれどどうぞ」
紫龍に招き入れられて部室の中へ。
「他の部員はまだ来てないんですか?」
見たところ部室には紫龍の他に部員の姿はない。
「浅香さんと火野さんは図書室に寄ってから来ると連絡があったわ。もうすぐ来ると思うわよ」
「そうですか。それにしても凄い本の数ですね」
部室に入った瞬間から目に入っていたのだが、部室後方の壁面に配置された本棚に小説や参考書がびっしりと並べられていた。
「文芸部は毎年文化祭で文芸誌の販売をしているの。そこにあるのは参考資料や卒業した先輩が趣味で読んでいた本よ」
左上から流し目で本のタイトルを見ていき、何気なく目に留まった1冊を手に取る。表紙には『文芸誌・翼』と書かれていた。
中を開くとすぐに目次があり、作品名と部員の名前が記してあった。
「それは8年前の文芸誌ね」
「目次にある
「ええ、1学年の担任をしている2人は学院の卒業生なのよ。鞘師先生が当時の文芸部の部長をしていたみたい」
「そうだったんですね」
2人が学院の卒業生だという話はこれまで聞いたことがない。
卒業して母校の教員をやっているというのはなんだか感慨深いな。
「ところで、神楽坂くんはどんなジャンルの本を読むのかしら?」
「ジャンルを問わず何でも読みますけど、最近はファンタジー系が多いですね」
「何だか意外ね。てっきりミステリーもののような固い話とかを好んで読んでいそうなイメージだったわ」
「ミステリーものは人によって結末の好き嫌いが分かれる作品が多いので、あまり読む機会はないですね。紫龍先輩はどんなジャンルを?」
「私はこれがジャンルになるのかは分からないけれど、力を持たない主人公が努力をした末に唯一無二の力を手に入れて悪に立ち向かうような、そんな話を好んで読んでいるわ」
紫龍が言う小説は大まかにファンタジー系に分類されるのだろうか。
無能な主人公がいわゆるチート能力を授かって強大な敵を討ち滅ぼす。こういった作品は数年前から流行の一つとして取り上げられている。
「オレが言うのもあれですけど何だか趣味が合いそうですね」
「そうね。本好きに悪い人はいないって言うのも嘘じゃないみたいね」
紫龍を纏っていたオーラが部室に入ったときと比べて柔らかくなった。
話が弾んだこともあってお互いに警戒心が解け始めたのだろう。
だとしたらこちらとしては都合がいい。
「失礼します。おっ、神楽坂くんの方が早かったかー」
「ちゆが選ぶの遅いから」
「だって文芸誌の参考にしようと思ってた本が誰かに借りられてたんだもん」
部室に入ってくるなり頬を膨らませる浅香。
一方の火野はというと、マイペースに机に鞄を置くとその鞄を枕代わりにして突っ伏した。
「ちょっと休憩」
「もういのりん、紫龍先輩もいるんだから寝ちゃダメだってば」
どちらかと言えば火野の方がしっかりしている印象だったが、案外そうではないのかもしれない。
「浅香さん、好きにさせてていいわよ。原稿の締め切りはまだ先だし、期限内に間に合えば問題ないわ」
「わかりました」
浅香が頷き、火野の体を揺すっていた手を止めた。
「神楽坂くん、何読んでるの? あっ、先生の文芸誌か」
オレが持っていた文芸誌を覗き込み、一人で会話を進めていく浅香。
「その鞘師先生の作品がめちゃくちゃ感動するから読んでみて欲しいな。純愛ものなんだけど2人に過酷な試練があって——」
「浅香さん、まだ読んでいない神楽坂くんにネタバレするのは可哀想よ」
紫龍の的確なツッコミが入り、浅香の顔が「あっ、いけない」みたいな表情に変わった。
「ついうっかり全部話すところだった。ごめんね神楽坂くん」
「いや、大丈夫だ。オレはネタバレとかあまり気にしないタイプだから」
例えネタバレをされたとしてもそれは展開の話であって、登場人物の心理描写や地の文章、作中の雰囲気など、口で説明するには限界がある。
それに本当に面白い作品であれば展開が分かっていたとしても、それを超えて楽しませてくれる力があるはずだ。
まあ、この考え方は人によって分かれるだろうな。
「紫龍先輩から部活のこと聞いた?」
文芸部の見学をしたいと浅香に相談していたこともあり、気を遣って聞いてきてくれた。
「ああ、文化祭で文芸誌を販売するんだろ?」
「うん、私もいのりんも今は題材探しをしているところなの。神楽坂くんも文芸部に入るなら何か書いてもらうことになるよ。ですよね紫龍先輩」
「そうね。短編から中編くらいの物語を1作品書いてもらうわ」
「中編というと何文字くらいですか?」
「厳密に設定はしていないけれど、3万文字くらいで完結させるイメージかしら」
月に5冊ペースで本を読んでいるが書くことに関しては完全な初心者だ。
3万文字と聞いてもイメージが湧かないな。
「神楽坂くん、私もいのりんも初心者だし一緒にやってみようよ!」
浅香がニッと白い歯を見せた。
「そうだな。ただ、実は陸上部も気になっていてな。そっちを見てから決めようと思う」
「そっか。じゃあ、もし入部したいってなったらいつでも声掛けてね!」
「ああ、そのときはよろしく頼む。紫龍先輩もありがとうございました。今日はこの辺で失礼します」
オレが部室の扉を開くと紫龍が軽く手を上げた。
拒まれる可能性も考えていたがどうやらその心配は必要ないみたいだ。
ひとまず文芸部の活動内容は把握することができた。
文化祭に向けた文芸誌の作成という明確な目標がある以上、紫龍も積極的に部活に取り組んでいる様子だったし、オレが文芸部に所属すれば話す機会も増えるだろう。
親しくしている浅香と火野がいることも大きい。
後は陸上部の溝端と話してからどちらの部活に所属するか決めよう。
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