◯偽りの光

第97話 陣内の計画と次の序列戦

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 学院中が暗空あんくうの話題で持ち切りになっていた頃、1年生の担任である鞘師さやし保坂ほさかは校長室に呼び出されていた。


 なぜ自分たちに声が掛かったのか。

 それは暗空の生い立ちに深く関係している。


『マザーパラダイス』

 両親からの虐待などで行き場の無くなった子供たちを引き取り、15歳まで育て上げるという施設。


 異能力者育成学院の校長、陣内を中心にして立ち上げられた施設である。

 施設創立後、陣内は金銭面でサポートを続けていたのだが、約1年前に寮母を務めていた種蒔育子たねまきいくこの不穏な動きを察知し、施設を子供たちもろとも葬り去った。


「なぜ自分たちが呼び出されたのか分かっているかな?」


 校長室で待っていた陣内が2人を迎え入れるなり、そう投げかけた。


暗空玲於奈あんくうれおなについてでしょうか?」


 鞘師が表情を崩さずに答え、陣内の出方を見る。


「君たちが仕組んだのかい?」


「仕組んだと言いますと?」


 鞘師が眉をひそめる。


「私が気づいていないとでも思ったのか? 暗空玲於奈を特待生で入学させたことについてだ」


 異能力者育成学院に入学するためには、筆記と実技の合計点数が設定された基準を上回る必要がある。

 そして、基準を大幅に上回った生徒に関しては特待生として迎え入れられる。

 1年生の特待生は、氷堂真冬ひょうどうまふゆ千炎寺正隆せんえんじまさたか暗空玲於奈あんくうれおなの3人だ。


 今年の1年生は例年と比較しても特に粒揃いで、中でも暗空玲於奈はソロ序列戦の結果を見ても頭ひとつ抜けていた。

 それも当然。マザーパラダイス出身者である暗空は暗殺ギルド血影で数多くの強敵と対峙し、戦闘技術を磨いてきたのだ。


 そこら辺の天才と呼ばれている生徒とはそもそも住む世界が違う。


 そして、ここに呼ばれた鞘師と保坂も暗空と同じくマザーパラダイス出身者である。

 この事実を知っている陣内は、2人が暗空を学院に招き入れたのではないかと疑いの目を向けていた。


「我々は生徒の実力を公平な目で見て判断したに過ぎません」


「暗空が学院を受験したのも偶然だと?」


「我々の関与は一切ありません」


「そうか」


 キッパリと断言した鞘師に対して陣内はこれ以上追求することは無駄だと判断した。

 視線を鞘師から保坂へと向ける。


「保坂先生も鞘師先生の言葉に間違いはありませんか?」


「はい、間違いありません」


「そうですか。分かりました。わざわざ呼び出してしまってすみませんでした。業務に戻ってもらって構いませんよ」


「失礼します」


 鞘師と保坂が校長室を後にした。


「さて、問題というものは次から次へと発生するので厄介ですね」


 反異能力者ギルドやその他未知なる敵の襲撃に備えて、世界最強の剣士・千炎寺正嗣せんえんじまさつぐを特別講師として迎え入れた。


 学院の修繕が完了し、いざ授業を再開させてみれば今度は『暗空玲於奈は人殺し』などという張り紙が掲示板に貼られる騒動が発生。


 現在、張り紙に書かれていた内容が事実なのか悪戯なのかという議論が学院の至る所で行われている。


 陣内としてはマザーパラダイスの存在が明るみになることは極力避けたいと考えているため、この騒動をいち早く沈静化させる必要がある。


 いや、沈静化だけでは不安が残る。

 問題の根本となる部分を根こそぎ排除しなくてはならない。


「失礼します。お呼びでしょうか?」


 鞘師と保坂と入れ替わるように1人の生徒が陣内の前に姿を見せた。


「消さなくてはならない相手が出てきたので協力をと思いましてね」


「なるほど」


 机の上に並べられた2枚の写真。

 そこには暗空玲於奈と神楽坂春斗が写っていた。


「暗空は分かりますけど、神楽坂ですか?」


「あなたは何も聞かずに命令にさえ従っていればいいんです」


「そうでした。疑問は持つなってやつですね」


 陣内は生徒の声に頷き、ゆっくりと距離を詰めた。


「次の序列戦では無人島サバイバルを予定しています。無人島では全生徒に監視の目は行き届きません」


「そこで決めろってことですね」


「話が早くて助かります。あなたの実力は認めていますが念のためにクロムとイレイナも作戦に参加させましょう」


「足手纏いになりそうだったら置いていきますけど」


「彼等も先日の騒動を経てレベルアップしています。遅れは取らないでしょう」


「そういうことなら分かりました。陣内さんも約束は守ってくださいよ」


「もちろんです。あては見つかったのでもうすぐ約束を果たせそうです」


「お願いします」


 そう言い残すと生徒は校長室から立ち去った。

 生徒の背中を見送った陣内は体を反転し、窓から外を眺めた。


 世界は広いように見えて狭い。そんなことを思う陣内だった。

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