第93話 時として天使は悪魔にもなる
—1—
光の魔剣・
もう旦那も息子もいない。
2人はいなくなってしまったが、2人と過ごした楽しかった思い出は私の中で確かに生きている。
これからは2人の分まで生きていこう。
多分、旦那と息子もそれを望んでいるだろう。
—2—
仕事を辞めて収入源を失った私は、貯金を切り崩しながら食い繋いでいた。
新しいスタートを切るといってもすぐに歯車が回り出すわけではない。
自分が何に興味を持っていて、何をしたいのか。
もう1度自分自身と向き合う必要がある。
そこで浮かび上がってきたのが息子の姿だった。
やはり、私の中で子供という存在はとても大きなものになっていた。
1度は辞めてしまったが、もう1度何らかの形で子供と関わる仕事に就きたい。
そう思っていたある日、私の家に
陣内は自身を異能力者育成学院の校長と名乗っていた。
話を聞くにどうやら旦那と親交があったらしい。
すでに小学校を辞めていた私に何の用があるのだろうかと思っていると、陣内は重そうな口を開いた。
「私はとあるプロジェクトの一環で行き場の失くした子供たちを15歳まで育て上げるという取り組みを行っています」
私の想像を遥かに飛び越えたスケールの大きな話が展開された。
「種蒔さんが子供好きだということは、
勝彦とは私の旦那の名前だ。
旦那にこんな知り合いがいただなんて私は知らなかった。
思い返せばまだまだ知らないことがあったのかもしれない。
「単刀直入に申し上げますが、種蒔さんにはその子供たちの母親役になって頂きたいと考えています」
「なぜ、私なんですか?」
「子供が好きだから……という理由だけでは納得されませんよね。正直にお話ししますと、種蒔さんの異能力に関係しています」
「私の異能力ですか?」
「はい、行き場の失った子供の多くは家庭環境に問題を抱えています。親から愛情を満足に受けることができず、自分の異能力を扱うことさえできていません。そこで種蒔さんの成長促進の異能力を子供たちに使い、一緒に暮らすことで愛情を注いで頂き、子供たちの未来のために是非力をお貸し頂けないかと思い、勝手ながら足を運ばさせてもらった次第です」
陣内さんは他にも生活をする上で不自由の無いように金銭面での援助。
暮らしの拠点となる屋敷の提供など、不安要素を片っ端から潰していった。
児童養護施設の名前は『マザーパラダイス』。
日本語に直すと『母の楽園』。
マザーになる私にとって楽園のような場所という意味らしい。
人間に成長促進の異能力を使うのには抵抗がある。
それに前例が無いから私にもどうなるかわからない。
異能力を使ったことで子供たちに悪影響が出ないとも限らない。
しかし、親から愛されず行き場の失った子供たちを見捨てることもできない。
別に私じゃなくても他に適任者がいるかもしれない。
でも、新しいスタートを切りたいと思っていたこのタイミングに舞い込んできた話に運命のようなものを感じていた。
けれど学校とは違って問題を抱えた子の母親の代わりを務めなくてはならない。
生半可な気持ちで受けていいものではない。
「陣内さん、少し考えさせてください」
「わかりました。これはマザーパラダイスで受け入れることになった10人の子供たちの資料です。参考までに」
陣内さんは子供たちの情報が記された10枚の書類をテーブルの上に置いて帰って行った。
『マザーパラダイス第1期生』
書類の見出しにはそう書かれていた。
1枚、1枚しっかりと目を通していく。
「保坂アユミ、鞘師カンナ……」
書類には子供たちの顔写真が貼り付けられていたのだが、全員どこか暗い表情だった。
家庭内暴力、公園での放置、万引きの強要、交番に助けを求めてきた子。
顔写真の下にはなぜマザーパラダイスに来ることになったのかという理由が詳細に記されていた。
可哀想などと思ってはいけないのかもしれない。
こんな汚れた社会を作り上げてしまったのは私たち大人なのだから。
一通り目を通し終える頃には私の意思は固まっていた。
マザーパラダイスで母親代わりではなく、この子たちの本当の意味での母親になる。
私は自分の中でそう誓った。
—3—
マザーパラダイスの子供たちには定期的にミッションが与えられた。
陣内さん曰く、成長促進の異能力の効果を確かめるためのものらしい。
犯罪者や学院に手を出そうとしている人間がターゲットにされ、子供たちが裁きを下す。
子供たちを幸せにするためにマザーパラダイスにやって来たのに私が行っていることは真逆のことだった。
ターゲットの命を奪い、反対に仲間が命を落とすこともある。
こんな馬鹿らしいことなんて今すぐやめるべき。
そう陣内さんに抗議したが、マザーパラダイスが無くなったら子供たちの行く場所は無いと脅され、どうすることもできなかった。
私には力が無い。
子供たちを守る力が欲しい。
しかし、その後はどうする?
金銭面の援助が途絶えたら10人の子供たちを一体誰が食べさせる?
私の貯金だけでは到底無理だ。
籠の中の鳥。
私と子供たちは完全にマザーパラダイスという籠の中に捕らわれてしまった。
あの日、陣内さんが私の家にやって来たあの日から全てが仕組まれていたのか。
私は陣内さんに利用されていたのだ。
そのことを理解した瞬間、頭が真っ白になった。
私はどうすればいいのだろうか。
何も知らない子供たちに罪はない。
私のことを信じてついてきてくれている。
そんな子供たちを裏切ることはできない。
私は悩み抜いた末、全てを理解した上で子供たちの母親になることにした。
これがどれだけ残酷な決断だろうと、私は子供たちに本物の愛情を注ぎ続ける。
子供たちがマザーパラダイスを卒業する15歳まで。
—4—
第1期生の卒業者は保坂アユミと鞘師カンナの2人だけだった。
2人は15歳の誕生日を迎えてすぐ陣内さんに引き取られていった。
私はそれ以降2人とは会っていない。
陣内さんは2人と顔を合わせる機会を作ってくれようとしたのだが、頑なに私は断り続けた。
死なせてしまった子供たちの声が私を掴んで離さないのだ。
「どこに行くの?」
「行かないで」
「マザー、大好きだよ」
「……逃げるなよ」
低く冷たい声が私をこの場にとどまらせようとする。
「大丈夫。私はずっとあなたたちとここにいるから」
アユミとカンナが卒業してから少しして、マザーパラダイスの第2期生がやって来た。
それがウシオやスイ、コグマやキノコたちだった。
また始まる。
そして、終わる。
私がこの手で終わらせるのだ。
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