第92話 全てを失って得たもの

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 光の魔剣と闇の魔剣、天使と悪魔の衝突が激しい火花となって荒れ狂う。


「……こんな時に昔の記憶が。いいや、こんな時だからか」


 こめかみが締め付けられるような痛みと共に私がこれまで歩んできた道のりがカメラのフィルムのような形で脳内に再生された。


 私、種蒔育子たねまきいくこは子供が好きだった。

 無邪気に遊ぶ姿、何者にも染まっていない澄んだ瞳。

 好奇心旺盛で疑問が生まれれば自ら解決しようと身ひとつで飛び込んでいく。


 大人になるに連れて自然と失われていく大切なものを子供はたくさん持っている。

 そんな子供たちを見ることが私の幸せな時間だった。


 高校生になると周りは自分の将来を本格的に意識し始めた。

 誰にも負けない炎の異能力を武器にしてヒーローギルドのトップを目指そうとする者。

 動物と意思疎通が取れる異能力を活かして動物園の飼育員になろうとする者。

 美声を響かせ、歌って踊れるアイドルになりたいとオーディションを受け出す者。


 どれも希望に満ちた輝かしい夢。


 しかし、私にはそのどれもが眩しすぎて自分の将来から目を逸らしていた。


 私には一体何があるだろうか。


 私の異能力は成長促進。

 簡単に言えば他者の成長を手助けするというものだ。

 他者と言っても人に対して異能力を使ったことはない。


 園芸部に所属していた私は、高校の敷地内にある花壇の手入れを日課としていた。

 花も生き物であるため、等しく愛情を注いでいるつもりでも個体差が出てくる。


 花を多く付けるものとそうでないもの。

 元気いっぱい育つものと今にも枯れてしまいそうなほど弱々しいもの。


 せっかくこの世に生を受けたのだから華やかに咲いて欲しい。

 そう思った私は元気の無い花たちに成長促進の異能力を使った。


 すると、弱々しかった花たちも元気な花に負けないくらい立派に育った。

 私はこのとき初めて強い満足感とやりがいのような感情を覚えた。


 だが、それと同時に負の感情も押し寄せてきていた。

 私が異能力を使ったことで生態系が破壊されるのではないか。

 今は高校の敷地内にある小さな花壇で花を育てているだけだが、社会人になってその枠を広げたとき、確実に生態系を壊してしまう。


 そう考えると異能力を職業に繋げようとしているクラスメイトと私は相容れなかった。


 楽しそうに夢を語るクラスメイトの姿に嫉妬を覚えていた。

 

 もっと目立つ異能力だったら世間から注目を浴びて、充実した人生を送れていたに違いない。


 今振り返れば恥ずかしいことだが、高校生の私はそんな歪んだ考えを持っていた。


 そんな醜い考えを持った私の心を子供たちは洗い流してくれた。

 近所の公園で遊ぶ子供たち。親戚の子供。児童館に通う子供。

 同年代と関わることに抵抗があった私は年下の子と遊ぶことが多かった。


『子供と関わる仕事がしたい』

 進路を決めなくてはならない時期が迫り、そう結論を出した私は小学校の教諭になることを選んだ。


 4年間大学に通い、無事教員免許を取得。

 教員生活は楽しいことばかりではなかったが、教え子の成長を感じる瞬間に直面すると純粋に心が満たされた。


 私の愛情を受け取ってくれたのかはわからないが、慕ってくれる生徒も徐々に増えてきた。


 プライベートはというと、同僚の2歳年上の方から強いアプローチがあり、交際を重ねた末、結婚することになった。


 自分のことを守ってくれる存在というのはとても大きなものだ。

 仕事で辛いことがあっても彼が側で支えてくれる。

 メンタル面のサポートもそうだが、自分より力の強い人が近くにいるというだけでどこか安心感が生まれた。


 優しくて気配りのできる彼に私はどんどん惹かれていった。


 結婚から3年が経ち、子供を授かった。元気な男の子だった。

 他人の子供でも十分可愛いと思っていたけれど、自分の子供となるとまた話は違う。

 可愛いなんて一言では表現できないくらい愛おしくて堪らなかった。


 こんなに幸せなことが私に起こっていいのだろうか。

 そう思えるくらい私は人生の絶頂期を迎えていた。


 しかし、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。

 息子が5歳になり、旦那と2人で近所のスーパーまでおつかいを頼んだときのこと。


 30分もあれば帰って来られる距離なのにその日はいくら待っても帰って来なかった。

 1時間。1時間30分。2時間。


 時間の流れるスピードは変わっていないはずなのに2人を待っている時間はとても長く感じた。


 どこかに寄り道でもしているのかもしれない。

 でも、もしそうだとしたらマメな彼は連絡の一つでも入れるはず。


 何かがおかしい。


 家の家事を進めながら頭の中では2人のことをずっと考えていた。

 そして、待ちに待ったスマホが音を鳴らした。


 ディスプレイには旦那の名前が表示されていたが、電話に出たのは知らない男の人だった。男は警察官を名乗っていた。

 警察官の口から伝えられた最悪な出来事。


 私は混乱する頭で必死に理解しようと努めた。

 溢れ出る涙。

 旦那と息子と過ごした日々が頭の中を駆け巡る。


 2人は居眠り運転の車に轢かれて即死だったらしい。

 人は突然全てを失うと何も手につかなくなると私は知った。


 食事をすることも、眠ることも。

 ただただ薄暗い部屋の中で1日、1日が過ぎていく。


 生きる目的を失った私はさながら抜け殻のようになっていた。

 2人がいないこの世界で生きていく意味などあるのだろうか。


 あの日、私がおつかいを頼まなければ2人が事故に巻き込まれることはなかったはず。

 激しい後悔が私を蝕んでいった。


 事故からひと月。

 事故以来、例のスーパーを利用することを避けていたのだが、このままでは前に進めないような気がして、勇気を出して事故現場に足を運んだ。


 事故を目撃した人の話によると、2人は手を繋いで横断歩道を渡っていたらしい。

 ルールを守っている人間が命を失い、ルールを破った人間が命を奪う。

 なんて理不尽極まりないことだろう。


 道路の脇に花を供えて手を合わせていると、雲の隙間から光が差し横断歩道を照らした。

 ドラマのワンシーンのようなあり得ない光景に目を奪われる。


 ふと空を見上げると、ゆっくりと何かが降ってきた。

 それが剣だと理解するまであまり時間はかからなかった。


 金色に輝く剣が私の目の前で静止する。

 空から剣が降ってくるというだけで常識からかけ離れているのに、気がつけば得体の知れないそれを私は手に取っていた。


 これが私と光の魔剣・天使剣ガブリエルとの出会いだった。

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