第89話 総力戦、散る命

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 屋敷に向かって怒りを吐き捨てた咲夜は、私の首を落とすべく悪魔剣サタンを握る腕に力を込めた。

 首筋に剣が突きつけられてる以上下手に動くことはできない。


 咲夜は何に対して腹を立てているのだろうか。

 今から殺される私には知りようがないけれど不思議と気になっている自分がいた。


 目を閉じ、耳を澄ます。

 聞こえてくるのは仲間の声。


 スイ、コグマ、キノコ、スコップ、キララ、ロープ、カズ、ハッチ、アイラ。

 みんなで手を取り合えばきっとどんな壁でも乗り越えていくことができる。

 だから、私の分まで生きて欲しい。


貫通ペネトレート。行けッ、スイ!」


 咲夜の意識が再び屋敷に向く。

 振り返ると、マザーパラダイスの穴掘り名人ことスコップが屋敷の壁に大穴を開けていた。

 そこには戦闘態勢に入ったマザーパラダイスのメンバー全員の姿があった。


水の螺旋砲ウォーター・キャノン!」


 両手を前に突き出したスイが咲夜に向かって水の砲撃を放つ。

 咲夜は後方に跳び、これを回避。

 魔剣で相殺して前に踏み込んだとしても未知の異能力者9人を1度に相手にするのは得策ではないと考えたのだろう。


「場を制圧する。自由を奪う痺れ胞子ノーミング・スポアー


「次から次へと鬱陶しいんだよォ」


 魔剣を振るい、キノコが放った『自由を奪う痺れ胞子ノーミング・スポアー』を無効化した咲夜。


熊爪ベアー・クロー


 そこに獣化したコグマの鋭い爪が襲い掛かる。

 初めからキノコの攻撃が防がれることを想定していたのか、コグマの飛び込む速度は速かった。

 そのため、咲夜の防御が追いつかない。


「クソッ」


 直撃を逃れようと身を捻った咲夜だったが、コグマの爪が僅かに頬に掠ってしまった。

 ツーっと頬を血が流れる。


 この日、初めて咲夜に攻撃を与えることができた。


「大丈夫、玲於奈?」


「うん、ありがとうスイ」


 スイが私の背中に手を当てて心配してくれた。


「玲於奈、2人にだけ負担をかけて悪かった。みんなと話したんだが、2人を置いて逃げることはできないってことで一致した」


「あとは俺たちに任せて玲於奈は少し休んでてくれ」


「キノコ、スコップ」


 キノコとスコップがマザーパラダイスのメンバーを引き連れて私の前に一列に並んだ。


「俺とスコップでコグマの援護に入る。残りはウシオと玲於奈を守れ。言うまでもないが一瞬の気の緩みが命取りになる。全員気を引き締めろ。行けッ!」


 キノコの合図でメンバーが三方向に散らばった。


貫通空気弾ペネトレート・ショット


 指鉄砲の構えをしたスコップが空気弾を連射する。

 咲夜は魔剣の腹でそれらを弾きつつ目の前のコグマにも意識を傾けなくてはならない。


 ダメージを与えることはできなくても集中力を割くという意味で大きな効果がある。


「コグマ下がれ! 安眠へ導く胞子スリーピング・スポアー


 すかさずキノコが状態異常を引き起こす胞子を撒き散らす。


「流石に数が増えるとダルイな」


 魔剣を横に薙ぎ、風圧で胞子を吹き飛ばした咲夜。


「被害は最小限に抑えろとは言われていたがそれももう限界らしい」


 咲夜が悪魔剣サタンに視線を落とす。

 私の見間違いかもしれないが、魔剣が僅かに震えているように見えた。


「早くお前たちを蹴散らしてそこに隠れてる魔剣使いと戦いたいってウズウズしてやがる」


 悪魔剣サタンを深く地面に突き刺す咲夜。

 これは私の『手影砲撃シャドー・カノン』を止めた魔剣の技『深淵アビス』の構えだ。


「腹を空かせた悪魔は獲物を喰らうまで止まらない」


 地面に突き刺さった悪魔剣サタンの鍔の中央に埋め込まれている赤い水晶体が今日一番の輝きを放つ。


深淵から覗く暴食魔アビス・グラトニー


 屋敷の庭全てを覆う漆黒。

 そこから漆黒の翼を持つ吸血鬼のような化物が次々と飛び出してきた。

 鋭い牙をガチガチと噛み合わせることで生まれる不気味な音。


 放たれた化物の数は20〜30体。

 遠距離攻撃の類は一切通用しないと考えた方がいいだろう。


 となるとまだ可能性があるのは近距離戦になるが、近づけば魔剣持ちの咲夜とぶつかってしまう。


流星水矢シューティング・アクアアロー七連セブンス!」


 そんなことを考えていると、私の目の前で戦況を窺っていたスイが空に向かって水の矢を放った。


 矢は中央で戦うコグマの周囲にいた化物を襲う。

 しかし、化物は臆することなく、自ら矢を飲み込んだ。


 そのまま化物はコグマに接近すると、鋭く尖った牙で噛み付いた。


「うがぁああああああーーーーー!」


 コグマから痛々しい悲鳴が漏れる。

 化物はその鋭い牙でコグマの腕の肉を食い千切ったのだ。

 コグマの腕から以上な量の血が流れる。


「コグマ!」


 すかさずキノコとスコップがコグマのフォローに入った。


「みんな! 遠距離攻撃は無効化されるからできる限り近づいて打撃技で仕留めて!」


 私の指示を受けてウシオ班とスコップが化物に接近する。


「よくもコグマに!」


 空中から襲い掛かる化物の腹に狙いを定めて手を伸ばすスコップ。


貫通掌打ペネトレート・ストライク!」


 弾丸の如く放たれた掌打が化物の腹を貫いた。

 化物は声にならない声を上げ、その場で霧散した。


「少しはやる奴もいるじゃねェーか」


「!?」


 霧散した化物の影から咲夜が飛び出してきた。

 スコップも警戒していなかったわけではない。

 化物を倒したことで一瞬反応が遅れたのだ。とは言ってもコンマ数秒の世界だ。


 先程とは逆の手で掌打を繰り出そうとするスコップ。

 しかし、その腕を咲夜に掴まれてしまう。

 そして、


「ぐあぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 肘から下を悪魔剣サタンで切断されてしまった。

 腕を庇って蹲るスコップ。


「命を奪うんだ。俺も出し惜しみはしないぜェ」


 次の瞬間、咲夜の姿がスコップに変化した。

 背丈も顔も服装もどこからどう見てもスコップに変わっていた。

 腕を押さえて蹲るスコップの前に立つ、もう1人のスコップ。


「安心しろ。すぐに全員まとめて同じ場所に送ってやるからよォ。貫通掌打ペネトレート・ストライク


「ぐふっ、仲間に手は、出させない……」


「キノコォーーー!」


 コグマの悲痛な叫び声を受けてこの場にいる全員が何が起きたのか理解した。

 キノコの腹に穴が空き向こうの景色が見えていた。

 私たちの異能力ではこの傷を修復することはできない。


「コグ、マ、お前のこと、好、きだった、ぜ」


 最後の力を振り絞って想いを伝えたキノコ。

 倒れたキノコが起き上がることは2度となかった。

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