第88話 深淵を司る化物

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 振り上げれば剣が届く距離まで一気に間合いを詰めてきた咲夜さくやに対して、私とウシオは迷うことなく斬りかかっていた。


 私たちに掛け声はいらない。


 呼吸を合わせようとせずともウシオが次に何を仕掛けようとしているのかが手に取るようにわかるからだ。


 ウシオが咲夜に斬りかかればタイミングを僅かに遅らせて私も月影で斬りかかる。


「どんだけタイミングを合わせようとも無駄なんだよォ!」


 ウシオの初撃を漆黒の剣で受け止めた咲夜はすぐさま身を翻すことで私の月影から逃れた。


「ッ!?」


「ウシオ?」


 ウシオが持つ赤棘あかのいばらが咲夜の漆黒の剣に触れた瞬間、粉々に吹き飛んだ。

 刀は空気中で血液へと戻り、地面に赤い雨となって降り注ぐ。


「闇の魔剣・悪魔剣サタン。それがこの武器の名前だ」


「魔剣だろうがなんだろうが斬り伏せる」


 ウシオが懐に隠していた小型ナイフで手首を切り裂く。

 再び赤棘を生成すると、刹那、刀を真横に薙いだ。

 一瞬目を離した隙に目の前に咲夜が飛び込んできていたのだ。


「無駄だって言ってるだろうがァ!」


 咲夜は赤棘を糸も簡単に流して見せると、武器を失ったウシオに上段から斬りかかった。


「月影一閃ッ!」


 咄嗟に加速をかけてウシオと咲夜の間に割って入る。


「邪魔すんじゃねぇ」


 咲夜の視線が私に向く。

 攻撃を見切られ、月影を持つ方の腕を掴まれた私は屋敷に向かって思い切り投げ飛ばされた。

 地面にぶつかる瞬間に受け身を取ろうとしたが、衝撃を殺し切れなかった。

 そのまま屋敷の壁に勢いよく激突する。

 不味い。だいぶ距離を離された。


 これまで私とウシオはマザーパラダイスの最年長として辛く厳しい任務をいくつもこなしてきた。


 任務の最中に死にかけたこともある。


 しかし、これだけ全く歯が立たなかった相手は過去にいなかった。

 マザーパラダイスのメンバーが力を合わせればどんな難敵でも攻略できた。


 だが、この天魔咲夜に勝ち得る術が現段階では思いつかない。

 ウシオの赤棘や私の月影は、闇の魔剣・悪魔剣サタンによって完全に防がれてしまう。


 ウシオは何よりも剣技を得意としている。

 それが通用しないとなるとかなり厳しい戦いになる。


「クハッ」


「ハハッ、どうした? もうへばっちまったのかぁ?」


 咲夜がウシオの両腕を掴んで上に持ち上げると拳を腹目掛けて振り抜いた。

 1回、2回。

 聞くに耐えない不快音が耳に届く。


影吸収シャドー・アブソーブ


 月影を解除して掌に影を集める。


手影砲撃シャドー・カノン! ウシオを離せッ!」


 種蒔さんの異能力による成長促進とウシオとの特訓で威力を増した攻撃。

 たとえ魔剣であったとしても防ぐのにはそれなりにエネルギーを必要とするはず。


「めんどくせぇ。正直、お前たちに魔剣の力を使う気は無かったんだがな」


 咲夜がゴミを捨てるようにウシオを地面に投げ捨てると、悪魔剣サタンを地面に突き刺した。

 悪魔剣サタンの鍔に付いている水晶体が赤く輝く。


深淵アビス


 咲夜が短くそう唱えると、地面の一部が黒に染まった。

 こちらから見ると咲夜の正面の地面が黒く歪んでいるように見える。


 咲夜に『手影砲撃シャドー・カノン』が命中する次の瞬間、黒く歪んだ地面からこの世の生物ではない異形の化物が姿を現した。

 左右に羽の生えた漆黒の化物。鋭い牙が特徴的でイメージとしては吸血鬼に近いだろうか。


 化物は四つん這いになり、巨大な口を目一杯広げると、あろうことか『手影砲撃シャドー・カノン』を飲み込んでしまった。


 そして、『深淵アビス』の消滅と共に化物も姿を消した。


「……」


 武器も効かなければ異能力も効かない。

 一体どうすれば。


 私の思考が完全に停止してしまった。


「おい、聞いてんだろ魔剣所有者ァ! 今助けに来ないとこいつら死ぬぞ!」


 咲夜が屋敷の前にいる私の方へ足を進めながら大声で叫ぶ。

 しかし、屋敷から反応はない。


 今頃、みんなは上手く逃げ切っただろうか。

 そうだとしたら体を張った甲斐がある。


「ったく、胸糞悪いんだよどいつもこいつも。行き場の無くした子供をモルモットみたいに扱いやがって。そんで自分がピンチになったらあっさり切り捨てるってか。何が最強の兵器になり得る器だ? たった1人の魔剣使い相手にこのザマじゃねェーかよ! 笑わせんな」


 私の首に悪魔剣サタンが当てられる。

 魔剣の切れ味だ。咲夜が力を込めれば私の首なんて簡単に吹き飛ぶだろう。


「ウシオ……」


 私の視界にはこちらに手を伸ばすウシオの姿が映っていた。


(ウシオ、私は少しでも役に立てたかな?)


玲於奈れおなあああああああああああああああああ!!!!!!!!」

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