第84話 堀宮大輔という男
—1—
爆発音がした5階に足を運ぶと、ウシオが瓦礫と共に下の階に落ちていくところだった。
「ウシオ!」
彼女の名前を叫び、しっかりとその細い腕を掴む。
しかし、次々と足場が崩れ落ちている中でウシオを引き上げることはできなかった。
傷ついて血だらけになっているウシオの体をギュッと抱き寄せ、落下する瓦礫から瓦礫に跳び移り、なんとか4階の地面へと着地する。
ズキンッと左足に痛みが走るが顔には出さないように我慢した。
「
「大丈夫。私の影の中で休んでもらっているから」
第一声が仲間の心配とは仲間想いのウシオらしい。
ウシオは大きく足を開いて立ち上がり、周囲に目を配る。
そうでもしないと立ってはいられないのだろう。
そういえば4階にはキノコとコグマが向かったはずだ。
2人は無事なのだろうか。
「いやはや、まさか天井が落ちてくるとは想像もしていなかったよ。だが、落ちてきたのが君たちということは
「
声がした方に目をやると、奥の部屋から
戦闘の影響なのかはわからないが本来ドアがあるべき場所にドアはなく、室内が見通せるようになっている。
その堀宮の背後に見える室内にキノコとコグマが横たわっていた。
「キノコ! コグマ!」
2人に声を掛けるが反応がない。
「堀宮、2人に何をした?」
怒りで震えるウシオの声。
指先から流れる血液から生成した刀・
「僕はただ質問をしただけだよ。君たちにとって、1番の敵は何だろう? ってね。君はどうだい?」
堀宮がウシオに投げかける。
「自分の私利私欲のために平気で他を傷つける存在。お前たちのような人間だ!」
次の瞬間、ウシオが堀宮に斬りかかった。
それと同時に堀宮を取り巻く周囲の空気が一変する。
「
「ん、意識、が」
堀宮の声が遠くなっていき、意識が薄れていく。
体の力が抜け、地面に吸い寄せられる。
「ウシオ……」
堀宮の元に駆け出していたウシオも赤棘を手放し、うつ伏せに倒れた。
—2—
ここは?
目を開くと私は知らない部屋にいた。
8畳ほどの広さの部屋にビールの空き缶が散乱しているため、実際の広さよりも狭く感じる。
また、室内にアルコールの匂いが充満していて空気も悪い。
「おい、酒持ってこい」
ソファーに腰掛けてテレビを見ていた髭面の男が偉そうに声を上げた。
「お、お酒ですか?」
一瞬、黙ってやり過ごそうとも考えたのだが後々面倒臭くなるのも嫌なので恐る恐る尋ねてみた。
しかし、男には私の声が聞こえていないのかこちらを見向きもしない。
どうやら私のことは見えていないみたいだ。
「おい、聞こえなかったのか? 早く持って来いって言ってるだろうが!」
男がテーブルに置いてあった灰皿を手に取り、台所に投げつけた。
すると、台所の床に座っていた幼い少女がのそりと動き、冷蔵庫を開いた。
傷だらけの小さな手でビールを1缶取り出してテーブルの上に置く。
「1回言われたらちゃっちゃと動け。ウシオ、お前も母親に似て鈍臭いな」
伸ばし放題伸ばされた黒髪が少女の表情を隠しているが、前髪の間から僅かに見える赤い双眸が男を睨みつけていた。
男はそんな視線に気がつくことなく、ビールを喉に流し込んで満足そうな溜息を漏らす。
状況が掴めてきた。
これはウシオの記憶の一部だ。
私は堀宮の異能力でウシオの記憶を見せられているのだろう。
「ご飯……」
ウシオがお腹を押さえて遠慮がちに男に視線を向ける。
だが、そんなウシオの声もテレビから聞こえてくる芸人の笑い声が打ち消してしまう。
ウシオは諦めて冷蔵庫の中を覗いた。
缶ビールとつまみが少し。とてもじゃないがウシオの空腹を満たす食材は入っていない。
ウシオは再び台所の床に座り、男に刺激を与えないように小さくなった。
しかし、空腹という生理現象は止めることができない。
ウシオのお腹が音を立てて鳴り始めた。
それも1度や2度ではない。
いつから食べ物を口にしていないのか、まるで悲鳴を上げるかのようにウシオのお腹が鳴り続ける。
「さっきからうるせえな! 腹が減ったならそこら辺に落ちてる米でも拾ってポリポリかじってろ!」
男が抵抗するウシオの頬にビンタを食らわせた。
そして、まだ炊く前の米を一掴みするとウシオに投げつけた。
床に散らばる米を呆然と見つめるウシオ。
ウシオの目から生命力のような輝きが失われていく。
「ったく、誰が食わせてやってると思ってるんだよ。うちが嫌ならあいつのようにとっとと出て行くんだな」
あいつというのはウシオの母親のことだろう。
つまりウシオの両親は別々に暮らしているということになる。
幼い少女が家から出て行ったとして、行く場所なんてない。
それは私も身をもって経験している。
結局は親を頼って生きていかなくてはならないのだ。
ウシオの父親もそれがわかっていてこんなことを言っているのだろう。
「お母さんをいじめて追い出したくせに」
「あっ? なんだウシオ。もう1回言ってみろ!」
男がウシオの胸ぐらを掴み、力尽くで立たせた。
ウシオは何か吹っ切れたのか、怯むことなく男に冷たい視線を向ける。
「なんだその目は?」
男がウシオの顔面を殴る。
口の中が切れたのかペッと血を吐き出すウシオ。
「いつもそうだ。自分の気に入らないことがあるとすぐに手を上げる。お母さんも言ってたよ。あの人は弱い人だって。心が子供のまま止まってるから暴力を振るえばなんでも自分の思うようになるって勘違いしてるって」
淡々と話すウシオの言葉が刺さったのか、男が拳を振り上げたままその腕を止めた。
ウシオはその様子を見ながら再び口を開く。
「優しかったお母さんの心を理不尽な暴力で壊したのはあんただ。お母さんが自分の喉に包丁を突き立てていたことがあったのを知ってる? 追い詰めるだけ追い詰めて、自分の前からいなくなったら文句を言って。自分は一向に変わろうともしない。あなたは一体何がしたいの?」
「う、うるせえー! 子供が親に説教してんじゃねーよ!!」
アルコールが回り、呂律の回っていない声で怒鳴り散らす男。
先ほど投げつけた灰皿の破片を拾い、ウシオの喉に突きつける。
ウシオは一切の抵抗を見せずまるで虫を見るかのような冷めた視線を向ける。
喉から流れる赤い血液。
「
「うがっ!」
ウシオの吐き出した血と喉から流れ出る血が鋭利な棘へと形を変え、男の体を貫いた。
男の体から飛び散る血飛沫が部屋を赤く染めていく。
目の前に立っていたウシオも男の血液を頭から浴びていた。
「……」
ウシオは実の父親が動かなくなるまでの間、何も言葉を発さずその場に立ち尽くしていた。
私はあまりにも衝撃的な光景に思考が止まった。
—3—
「今のって」
目を覚ました私は頭の中を整理する意味も込めてそう溢した。
「玲於奈も見たの?」
ひと足先に起き上がっていたウシオと目が合う。
私は首を縦に振った。
「そう。引いた? 実の親を殺した人殺しが平気な顔してマザーパラダイスのリーダーをしていることに」
「ううん、私は今の場面しか見ていないからウシオの両親についてどうこう言う権利はないし。客観的な意見としては正当防衛だったと思う。それに私はマザーパラダイスのみんなを心から愛してるウシオを知ってるから引くとかはないよ」
「玲於奈って自分の考えをしっかり持っていて大人っぽいわよね」
「それ、ウシオが言う?」
実の父親に淡々と話すウシオの姿は体と中身が合っていないように思えた。
ウシオは良い意味で大人びている。
「そうだ。堀宮は?」
気がつくのが遅れたが室内に堀宮の姿がなかった。
キノコとコグマは奥の部屋でまだ眠っている。
「逃げられたみたいね。私たちが気を失っているうちにトドメを刺せばよかったのに。結局、何がしたいのかよくわからない男だったわね」
堀宮は去り際に「もし君が過去を乗り越えられたのならまたいつかどこかで話をしよう」と言っていた。
ウシオに向けられた言葉だったが、なぜかそう遠くない未来で堀宮と再会するような気がした。
「パトカー?」
パトカーのサイレンが建物に近づいてきていた。
これだけの騒ぎを起こせば通報されても無理はない。
そのうちヒーローギルドも駆けつけるはずだ。
「ターゲットも見失ったし、撤退するよ」
「キノコとコグマと一緒に私の影に入って、ある程度距離を稼いだら表に出て態勢を整えるのがいいと思うんだけどどうかな?」
「うん、そうしよう」
個人差はあるが常時異能力を発動し続けていればいずれ限界はくる。
そうなってしまったら回復するまでインターバルが発生する。
考え方としては体力と同じだ。
誰でも永遠に動き続けられるわけではない。
何事もペース配分が重要なのだ。
今回の依頼はこれにて終了だが、折紙との戦闘で異能力をかなり消費したので途中からは歩いて帰らなくてはならない。
これからは基礎体力を向上させたり、異能力を用いた模擬戦闘を行うことでガス欠までの時間を少しでも伸ばして行く必要がありそうだ。
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