◯反異能力者ギルド襲撃
第58話 もう学院には来ない
―1—
月の初めであり、週の始まりでもある6月1日。
オレは制服に着替え、朝食を簡単に済ませるとスマート端末を開いた。
月の初めということで学院からライフポイントが支給されていることを思い出したのだ。
学院のウェブサイトからポイント照会画面へ。そこからライフポイントの残高を確認する。
「振り込まれてるな」
序列1位~7位までの生徒には12万ライフポイントが振り込まれる。
さらに生徒会に所属している生徒には、仕事の対価として3万ライフポイントが上乗せされるらしい。
だが、今回はまだ生徒会に入ってから日が浅かったため振り込まれてはいなかった。
何か変わったことはないものかと学院のニュースが書かれている新着欄をチェックしていると『1学年の序列が確定』という記事が目に留まった。
更新時間が6月1日0時00分となっていることからかなり最近の記事だということがわかる。
つい最近まで序列最下位者が下剋上システムをフル活用していたことは知っている。
しかし、序列1位の暗空や序列2位のオレの下に挑んでくる生徒はいなかった。
今は一発逆転を狙うような局面ではないからだろう。
無理をして大量のポイントを獲得するより、少なくても可能性の高い方に賭ける段階だ。
上位陣の序列は変わっていないだろう。そう思いながら画面をタップする。
1位・
2位・
3位・
4位・
5位・
6位・
7位・
8位・
9位・
「5位、敷島ふさぎ?」
6位に転落した火野のバトルポイントを見るに火野は敷島に敗れたとみて間違いないだろう。
昨日の放課後まで序列に変動は無かったはず。
だとすれば放課後から夜にかけて何らかのアクションが起こったと考えられる。
まあ、当然下剋上システムしかないのだが。
オレは以前、火野本人から魔剣の力が使えなくなったと相談を受けていた。
火野自身も初めてのことで身に覚えがないらしい。
火野はそのことをオレと浅香にしか話していないと言っていたからどこかから情報が漏れたとは考えにくい。
ポイントを欲していた敷島にたまたま狙われたということだろうか。
そうだとしても、火野の剣の実力をもってすれば簡単に負けるはずがない。
敷島の戦闘スタイルは、ソロ序列戦のときに1度だけ見たことがある。
相手はあの
火野の戦闘スタイルとは正反対に位置する。
ソロ序列戦では攻撃技を隠していたという可能性もあるにはあるが、そうする理由がわからない。
まあ、直接見ていないからここでは想像することしかできない。
今回のことがきっかけになって、魔剣が使えないことが他の生徒にバレてしまったら火野に下剋上システムを挑む生徒が殺到しそうだな。
相談を受けた身としてそれだけは避けたいところだ。
なぜ、火野が魔剣を使えなくなってしまったのか。
実のところオレにはおおよその見当がついている。
すでに鍵となる人物の目星は付いているのだが、現段階ではなかなか踏み込めずにいた。
しかし、事が前に進んだ以上そう悠長なことは言ってられない。
さて、どうしたものか。
―2—
エレベーターを降りると、寮のロビーで
「おはよう神楽坂くんっ」
「お、おはようございます」
「悪い、待たせたな」
色々考えていたら待ち合わせ時間に遅れてしまった。
「おっ! 包帯が取れてるってことはもう大丈夫ってことなのかな?」
「ああ、昨日の放課後に保健室で治療したのが最後だ」
オレの右腕は
利き手が骨折ということで何かと不便な生活だったが、体を休めるには良い機会だった。
まあ、生徒会が本格的に動き出した影響で頭はかなり疲れているがそれはまた別の話だ。
「よ、よかったですね」
「千代田にも心配かけたな」
「いえいえ、治ったみたいで安心しました。病み上がりですからなるべく無理はしない方がいいですよ。な、何かあったらいつでも言ってください」
「ああ、そのときは頼らせてもらう」
頼れる友人を持つというのは有難いことだ。だからオレも困っている友人がいたら積極的に助けたいと心から思う。
校舎を目指して歩いていると、前方に1人でとぼとぼ歩く
いつもなら火野と登校しているはずだが、その火野の姿は見当たらない。
「浅香さーん! おはようー!」
明智が元気よく声を掛け、浅香の元に駆け寄る。
「おはよう明智さん。みんなもおはよう」
振り返り、笑顔を見せる浅香。
しかし、どこか元気がないようにも見える。
「火野さんは一緒じゃないの?」
オレも気になっていたことを明智が訊いた。
「うん、今日は体調が悪いから休むって。いのりんは元々体が丈夫な方じゃないからね」
そう言って浅香がチラッとこちらに視線を向けた。
その視線だけで何か話があるということは伝わった。
「お、お見舞いに行ったら迷惑でしょうか?」
火野の体調を心配した千代田がお見舞いを提案する。
「どうだろう。朝、いのりんから連絡が来たときは風邪かもしれないから移すと申し訳ないって言ってたよ」
私に合わせて欲しいという視線が再び浅香から飛んできた。
「病人の所に大勢で押し掛けてもあれだし、誰かが代表して火野の様子を見に行くってのはどうだ?」
「それもそうだねっ」
「だ、誰が行きますか?」
「男のオレが1人で女子の部屋に行く訳にはいかないから3人で決めてくれ」
オレは自ら候補から外れることを選んだ。そもそも放課後は生徒会の仕事で動けそうにない。
話し合いの結果、1番仲が良い浅香が行くことになった。
「浅香さん、私、飲み物とか後で買うから火野さんに渡してもらってもいいかな?」
「わ、私もぷ、プリンとか買ってきます」
「ありがとう。いのりんも喜ぶと思うよ」
「じゃあ、風花ちゃんコンビニに買いに行こっか!」
「はい」
校門を抜けるなり、明智と千代田が学院の敷地内にあるコンビニに向かって駆け出した。
―3—
コンビニに向かった2人を見送ったオレと浅香は一足先に教室に来ていた。
教室には、授業の準備をしている生徒が数人いたため誰もいないベランダで話すことにした。
「それで、火野が休んだ本当の理由は何なんだ?」
「うん、神楽坂くんは学院のウェブサイトを見た?」
「ああ、1年生の序列が更新されてたな」
火野が学校を休んだ理由は何となく察しているが、あえてこちらからは何も言わない。
「昨日の放課後、いのりんと一緒に寮の前まで帰って来たら
浅香の薄紫色の髪が風でなびいた。
「火野なら魔剣の力を使わなくても勝てそうな気がするんだけどな」
浅香が首を横に振る。
「普通の相手だったらいのりんも負けなかったと思うけど、敷島さんとは相性が悪かったかな。あんなに防御に徹せられたらさすがのいのりんも為す術無しって感じだったよ」
序列に差があったとしても異能力の相性次第では逆転の可能性がある。
例えば水の異能力者が自分より序列の高い火の異能力者に勝負を挑むことで勝つ確率を上げる戦い方がある。
「怪我とかはしてなかったか?」
「うん、大きな怪我はしてないよ。でも、いのりんはもう学院には来ないって言ってた」
学院に来ないだと?
「それは本当か?」
浅香は声に出さず静かに頷いた。
「月も変わったし下剋上システムの制限はリセットされたよね。いのりんは他の生徒に下剋上システムを申し込まれないようにしばらくの間学院を休むって。考える時間が欲しいんだって。神楽坂くん、どうにかならないかな?」
「どうにかって言われてもな」
来週には反異能力者ギルドの襲撃が控えている。
その絡みでオレにも行動の制限が出ている。
だからといって何もしないわけにはいかないな。
家に帰ったらとある動画を見返してみるとするか。そこに答えがあるはずだ。
「火野から相談を受けて、オレも独自に調べてはみたんだが、正直な話、現時点では何もわかっていない。だが、もう少しなんだ。もう少しで点と点とが結びつきそうなんだ」
「頼ってばかりでごめんね。このままだといのりんが学院を辞めちゃいそうな気がして私も不安で……」
浅香と火野は古くからの付き合いだ。傍から見ても2人は姉妹のような関係性に見える。
火野が魔剣の代償で苦しんでいるときには、浅香は治癒の異能力で火野を癒していた。
浅香にとって火野はなくてはならない存在なのだ。
「浅香、約束する。あと数日で必ず解決させる」
「神楽坂くん」
浅香が安堵の表情を浮かべる。
魔剣に選ばれた貴重な人材をここで失う訳にはいかない。
火野いのりという人間は、学院を守る上でもその先に待つまだ見ぬ敵と戦う際にも必ず必要になってくる。
たとえオレの立場が危うくなったとしても救うだけの価値はある。
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