第42話 西城の理想
―1—
放課後になると
オレも他の生徒と同じようにスマートフォンで試験範囲を確認したが、サラッと目を通した感じではそれほど出題範囲は広くなさそうだった。
日頃の復習さえできていれば焦って勉強するほどでもない。
しかし、受ける印象は人それぞれ違う。
スマホを片手にわかりやすく頭を抱えている生徒もチラホラと見受けられる。そのほとんどが序列最下位の生徒だろう。
授業が終わってからすでに数分経っているが、未だに教室を去ろうとする生徒の気配はない。
テスト対策について意見交換をしているグループやテスト勉強の約束をしている生徒、他にもライフポイントを譲ってくれそうな先輩に心当たりが無いか聞き込みをしている者など、放課後の教室は情報交換の場へと変わっていた。
中には帰り支度をしている者もいるみたいが、なかなか誰も帰ろうとしないので席を立てないでいるといった様子だ。
オレもその中の1人であることは言うまでもない。
「みんな、ちょっといいかな?」
教卓の前に立っていた
西城は周囲の視線が自分に集まったことを確認すると、一呼吸おいてから話を切り出した。
「みんな、僕に少しだけ時間を分けて欲しい。今後についての話し合いがしたいんだ」
人望の厚い西城の呼び掛けということもあって耳を傾ける生徒の数が増えていく。
と、そんなとき、学年で唯一空気の読めない金髪の男が立ち上がった。
「悪いが私は先に帰らせてもらうよ学級委員ボーイ」
「
西城が帰ろうとした岩渕の進行方向を塞ぐ。
これには岩渕の目の色も変わった。
「すまないが人を待たせているんだ。そこをどきたまえ」
「ほんの少しでいいんだ。岩渕くんの意見も聞かせてくれないかな?」
「しつこい男はレディーに嫌われるぞ」
岩渕が大きな腕で西城を突き飛ばした。西城がバランスを崩して尻もちをつく。
岩渕はそんな西城を横目で流すと、そのまま教室から出て行った。
「大丈夫? 西城くん」
明智が西城に手を差し伸べた。
「ありがとう
明智の手を取り、ゆっくりと立ち上がる西城。
そのまま視線を前に向ける。
「僕はここにいる誰にも欠けて欲しくはないんだ。みんなで揃って卒業したいと思っている」
まだ学校が始まってから1カ月。
言ってしまえばここにいる生徒とも1カ月程度の付き合いしかない。
オレに関して言えば、話したことがある生徒もまだ一握りだ。
だが、西城は学年の中心として多くの生徒と関わりを持っている。常に孤立している生徒がいないか目を光らせ、救いの手を差し伸べてきた。
オレと西城が話すようになったきっかけも総当たり戦でオレがペアを組めずに孤立していたときだった。
「西城、それはあまりにも理想が高すぎる話だ」
教室の後ろを陣取っていた
「そんなことは僕もわかってる。それでも――」
「いいや、お前はわかってねぇよ。現状退学にリーチがかかってる奴は70人近くいるんだ。仮に何らかの方法でポイントを搔き集めたとしても来月はどうする? 序列最下位にいる人間の数を減らさないといつまで経っても改善しないぞ」
浮谷の話は核心をついている。
退学圏内にいる70人を救済したとしても翌月以降再び同じ状況に陥ることは避けられない。
そもそもな話、浮谷のような序列上位者が最下位の人間を助けるメリットが無い。
早い内に競争相手が減ってくれるなら願ったり叶ったりだろう。
「目の前に困っている人がいて、君は見て見ぬ振りができるのかい?」
「ああ、それが自分のためになるなら無視なんて容易いことだ。西城、お前は昔から周りに甘いんだよ」
浮谷に本質的な部分を指摘され、西城は言葉をぐっと飲み込んだ。
「私もみんなとは一緒にいたいよ」
言葉を飲み込んだ西城の代わりに明智が口を開いた。
「でも、退学のピンチだからって誰彼構わず助けようっていうのはどうかと思うな」
「明智さん……」
包み込むような優しさで万人受けしている明智だが、実はしっかりとした芯が通っている人間でもある。
自分が違うと思ったらはっきりと口に出して意見することができる。そこが明智の魅力の1つだ。
「ポイントを使ったのはその人の、個人の責任でしょ。お金が無いから助けて下さいだなんていくらなんでも虫が良すぎると思うな。そんなことが現実世界で、社会に出てから通用すると思う?」
味方だと思っていた明智から放たれた強烈なパスにさすがの西城も口を紡ぎ、目線を下げるしかなかった。
それでも西城は自身の想いを、理想を、嘘偽りなく話すしかない。
「明智さんの意見はもっともだよ。だとしても僕は誰かを蹴落としてまで序列7位入りを目指したいとは思わない。もし、そんなことをして願いを叶えてもその先の人生、胸を張って生きていけない」
「西城くんの言ってることもわかるよ。でもさ、ここは普通の高校じゃないよね? 生徒会長もこの学校は序列主義の高校って言ってたでしょ。だから嫌でも周りと競い合わなくちゃならない。これから先も大会や試験がたくさん控えてると思うし、その度に全員を助けるって言うのは現実的に厳しいんじゃないかな」
全員を救いたい西城。
全員とまではいかずとも数を絞って現実的に可能な範囲で手を差し伸べようとする明智。
全員を切り捨てればいいと言う浮谷。
三者三葉、全員が違う考えを持っているが、当然そのどれもが間違いではない。
自分が置かれている立場や状況によって立ち回り方も変化するからな。
「西城、中途半端な優しさで他人を救おうとするなんてエネルギーの無駄だろ。ここはお前の学校じゃねーんだ。大人しく学校のルールに従って全員切り捨てればいいんだよ」
浮谷の過激な発言。教室に残っている序列最下位の生徒の多くが、浮谷のことを睨みつけた。
彼らにしてみれば自分たちを切り捨てようとする浮谷が悪と映っているだろう。
一方で救いの手を差し伸べようとする西城のことは神にでも見えているのだろう。
「西城、俺たちはどうすればいいんだ?」
「西城くん、私もう残りのポイントが少なくて食費も間に合うかどうかわからないの」
救いを求める声が広がり、その全てが西城1人にのしかかる。
思考の放棄は最大の罪だ。
考えることを諦めてしまった人間に価値などない。
「う……さ……」
負のオーラのような暗い雰囲気を纏った西城が物凄い小さな声で何かを呟いた。
「は? おい、西城なんて言ってんだ?」
西城に助けを求めていた男子生徒の1人が聞き返した。
「うるさいって言ったんだ! 馬鹿の一つ覚えみたいに助けてくれ、助けてくれってお前たちはそれしか言えないのか?」
「ど、どうしたんだよ西城。いきなりそんな怖い声なんか出して」
普段見せたことのない西城の圧に声を震わせる男子生徒。
「ついさっきテスト範囲が公開されたばかりだろ。少しは自分の力で頑張ってライフポイントをどうにかしようとは思わないのか? 他人に任せてもどうにかなっていたのは義務教育までで終わったんだよ。どうしてそれがわからない?」
先ほどまで助けを求めていた生徒たちが息を呑み、思い思いの表情を浮かべる。
西城の言葉が胸に届いているのが目に見えてわかる。
「僕はね、みんながやればできる人たちだと心から信じている。みんなが協力して1つにまとまればこの問題もきっと乗り越えられるはずだとそう思ってるんだ」
言葉を選びながら丁寧に話す西城。
その様子から友人のことを心から思っていることが窺える。
「でも、明智さんや浮谷くんの意見を聞いて少しわからなくなった。僕のやろうとしていることは間違っているのかな?」
西城は1人1人に目線を合わせていき、答えを求める。
しかし、その投げかけられた問いに言葉を返す生徒はいなかった。
「みんなが納得する誰も悲しまない方法があると思うんだ。絶対にあるはずなんだ。でも、悔しいけど、今の僕ではどれだけ頭を回転させてもそれが思いつかない。みんなに貴重な時間を貰っておいてこんなことをお願いするのも申し訳ないけど、僕にもう少し考える時間を下さい」
西城が深く頭を下げた。
友人のために自分の身を削ろうとしている人間に対して誰も何も言えるはずがなかった。
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