第2章 華麗なる生徒会、学院存亡の危機編

◯前期中間考査

第41話 周囲の反応

―1―


 ソロ序列戦明けの5月6日水曜日。

 平常運転に戻った異能力者育成学院では、座学に実技と再び忙しい日々が始まろうとしていた。


 1限目はホームルーム。

 オレは1学年の生徒154人を収容できる大教室を目指して足を進めていた。


 朝も早いというのに教室の外まで賑やかな雑談の声が漏れている。

 まあ、ソロ序列戦や確定した序列の公開など話題が尽きないことは認めるが、この声の大きさには一周回って関心さえ覚える。


 教室に入った瞬間、雑談をしていた生徒が何か示し合わせたかのように私語を止め、一斉にオレの顔を見てきた。


 教室内に訪れる静寂。


 まるで、いもしない転校生を目にしたかのような興味に満ちた視線が肌に突き刺さる。


 オレは平然を装って定位置の窓際の席に向かう。

 その間も教室内の複数のグループから「序列2位」という単語が聞こえてきたが、直接話し掛けてくる者はいなかった。


 自分が起こした行動の結果とはいえ、さすがに目立ち過ぎたようだ。

 ここまできたらいっそのこと開き直ってどう向き合っていくか考えないといけないか。


 状況に応じて方向転換も必要だ。


「おはよう、神楽坂かぐらざかくん」


「おう、おはよう西城さいじょう


 1学年の中心人物である西城がわざわざ雑談の輪から抜けて話し掛けてきた。

 周りに気を配れる西城なりの優しさだろう。


「なんかあれだな。気を遣わせて悪いな」


「ううん、気なんて遣ってないよ。ただまあ、皆も話していたように僕も全く気になっていないと言ったら嘘になるかな」


 西城が隣の席に座り、爽やかな笑みを浮かべる。

 ソロ序列戦では呆気なく初戦で敗退しておきながら、いざ序列が開示されたらオレは序列2位となっていた。

 誰が見ても疑問を抱かずにはいられないだろう。


「そのことについては後で話す」


「うん、わかったよ」


「それにしてもやけに空気が悪いな。どこか殺気立っているというか。やっぱりあのことか?」


「そうだね。さっきまで僕も明智あけちさんたちとその話をしていたところだよ」


 1学年で男子の中心人物と言えば西城が真っ先に挙がるが、それと同じように女子の中心人物は明智あけちだ。

 その明智あけちが教室内にできた輪の中心に入り、友人の話を親身になって聞いていた。


 今朝、学院から送られてきたあれを見てしまったら誰でも不安を掻き立てられるに違いない。

 いち早く信用できる人物に相談したくなった生徒も多いはずだ。


 そして、実際に多くの友人から相談を受けている明智はそれだけ周囲に信頼されているということになる。


 授業開始の時間が近づき、教室内にも続々と生徒が顔を見せる。

 そのほとんどの生徒が顔を合わせるなり不満を口に出していた。その他にも困惑する者、怒りを露わにする者、涙を流す者までいる。


 オレはその光景を尻目にスマート端末を取り出し、学院のウェブサイトにアクセスした。

 ポイント照会画面へ進み、ライフポイントの残高を確認する。


 ライフポイントとは、異能力者育成学院で生活をする上では必要不可欠なポイントだ。

 お金の役割を果たすライフポイントは、月に1度学院から振り込まれる。


 その振込日が今日だったのだ。

 序列によって支給額が異なると事前に説明を受けていたが、どうやらその金額差がこの空気を生み出しているようだ。


『ライフポイント:16万2850』


 オレのスマートフォンにそこそこの金額のライフポイントが表示された。

 昨日最後に確認したときには、4万ライフポイント近く残っていたから12万ポイント振り込まれたことになる。

 履歴にもしっかりと記録されていた。


「序列主義とは言っていたが、こうもあからさまに差をつけてくるとはな」


「うん、何か対策を打たないと来月までに半分の生徒が退学になるだろうね」


 西城が顎に手を当ててそう言った。

 オレは1学年の生徒に振り込まれたポイントの内訳が確認できるページへと移動した。


1位~7位→12万LP

8位~24位→10万LP

25位~49位→8万LP

50位~99位→7万LP

100位~153位→6万LP

学年の序列最下位→0LP


 異能力者育成学院の生徒は、寮生活を義務付けられているから家賃や光熱費はかからない。

 出費するとしたら食費や日用品くらいなものだが、それでもたかが知れている。


 しかし、ライフポイントが全く振り込まれないとなると話は変わってくる。

 現在、序列最下位の生徒は1学年の半数にも及ぶ。


 入学式の日に10万ライフポイント振り込まれたが、多くの生徒は娯楽施設やゲーム機などの娯楽用品に使ってしまい残高が無いに等しい。


 高校1年生にとっての10万円は大金だ。

 それ故に金銭感覚が狂い、散財してしまった生徒も多かった。


 また、いくら序列が低くても生活をしていく上で必要最低限のポイントは振り込んでくれるだろうという思い込みもあった。


 学院側はライフポイントが0になった生徒は退学処分にすると断言している。


 夢を抱いて入学したあの人もこの人も、このままいけば夢は文字通り夢として消えることになる。


「どうしたお前ら。朝っぱらから随分と騒がしいじゃないか。大人しく座れ、ホームルームを始めるぞ」


 ホームルーム開始を告げるチャイムと共に鞘師さやし先生が教室に入ってきた。

 

「鞘師先生、ライフポイントの件ですが、序列最下位の生徒は1ポイントも振り込まれていません。このままでは70名以上の生徒が退学処分になってしまいます。何か救済措置のようなものはありませんか?」


「救済措置か。西城、仲間を失いたくないか?」


「はい、当たり前じゃないですか」


「そうか。ただ残念だが、救済措置は存在しない。初めに忠告しただろ。それでも後先考えずにポイントを使ったのはお前たちの責任だ。毎日のようにカフェに入り浸り、ゲームセンターに通い、ショッピングを楽しみ、カラオケだの映画だのなんだのと。お前たちはお金を何だと思っているんだ?」


 鞘師先生の言葉に心当たりがあったのか机に顔を伏せる生徒の姿がちらほらと見える。


「ただ、私も鬼じゃない。退学を回避する方法くらいは教えてやる」


 鞘師先生が黒板にチョークを走らせ始めた。


「1つ目はライフポイントを他人から借りる方法だ。言い方を変えると借金だな。学院では序列に影響を与えるバトルポイントの貸し借りは禁止としているが、ライフポイントの貸し借りは認めている。信頼できる友人、部活の先輩に話を持ち掛けてみるのも1つの手だろう」


 黒板の半分を使ってライフポイントの貸し借りについて説明した鞘師先生が、再びチョークを走らせる。


「2つ目が今日のホームルームで話そうと思っていた本題だ。2週間後の5月20日水曜日から前期中間考査が始まる。そのテストの成績上位者30人にボーナスとして5万ライフポイントが支給される。テストの範囲は、今日の放課後、学院のウェブサイトで公開されるからポイントに困っている人は学生らしく勉強を頑張るんだな」


 生徒の勉強に対するやる気をポイントで釣る学院のやり方はどうかと思うが、ポイントを欲している者には少しながら効果があったようだ。


 それでも成績上位30人というのはかなり狭き門だと言える。


 テスト範囲が公開される今日の放課後から約2週間、今まで大して勉強をして来なかった人間が死ぬ気で勉強したとして一体どれくらいの差が埋まるだろうか。


 まだ入学してから1カ月しか授業が進んでいないから可能性としてはある方か。


 それにしても、ソロ序列戦が終わったばかりだというのに波乱を呼びそうだ。

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