◯準決勝

第35話 自由になりたくて

―1―


 5月4日の午前9時過ぎ。

 異能力育成学院ドームスペードのステージには、準々決勝を勝ち抜いた4人の生徒が集まっていた。


 左からAブロック代表、氷堂真冬ひょうどうまふゆ

 Bブロック代表、火野ひのいのり。

 Cブロック代表、岩渕周いわぶちあまね

 Dブロック代表、暗空玲於奈あんくうれおなの順番だ。


 それぞれが何を考えているのかはわからないが、全員が揃って前に用意された正方形のボックスを見ている。


 ボックスの中に入っているのは、数字の1から4が書かれたボール。

 そう、今日はトーナメント表の再抽選が行われるのだ。


 オレは、明智あけち浅香あさか西城さいじょうとその様子を観るべくドームまで足を運んでいた。


 千代田ちよだにも声を掛けたのだが、昨日の疲れが残っているらしく、家にいるとのことだった。

 パソコンやスマート端末からでも中継を見ることはできるので、疲れているのにわざわざ会場まで足を運ぶ必要も無い。


神楽坂かぐらざかくんは誰を応援してるのかな? やっぱり同じブロックの暗空あんくうさん?」


 隣に座る明智あけちが首を傾げて訊いてくる。その仕草が小動物を連想させる。


 浅香は火野を応援していると公言していたし、明智は自分に勝った氷堂を応援するだろう。

 西城は、わからないな。


「オレは別に誰か特定の人を応援しているとかはないな。でも今日と明日に行われる3試合は注目してる。4人共かなりの実力者だからな。西城はどうだ?」


「僕は皆を応援してるよ。皆が自分の実力を全部出し切れればいいな」


 西城らしい優しい答えだ。


「私はいのりんが優勝してほしいな。でも、千炎寺せんえんじくんとの試合の反動が残ってるみたいだから無理だけはしないでほしいけど」


 浅香が我が子を心配する母親のような視線を火野に向ける。

 浅香と火野の絆は傍から見ても深い。

 千炎寺との試合の後、倒れた火野の元に真っ先に駆け付けたのは浅香だったしな。


『時間だ。抽選を始めるぞ』


 ステージに姿を見せた鞘師さやし先生がボックスを両手で持ち上げ、4人の生徒の前に立った。


『くじを引く順番だが、Aブロックの氷堂から順に引いてもらう。先に引いても後に引いても大して変わらないからな。異論はないな?』


「えぇ、構いません」


 暗空が代表して返答する。


『では氷堂、好きなボールを1つ引け』


 鞘師先生がボールを引きやすいようにボックスを少し傾ける。

 トップバッターの氷堂は鞘師先生の目を1度見てからボールを引いた。


『1だ』


 鞘師先生が氷堂からボールを受け取り、目線よりも高い位置に上げる。

 瞬時にカメラがその様子を捉え、観戦用特大モニターにボールが映し出された。


 この流れで火野、岩渕、暗空がボールを引いていく。


『抽選は以上だ。1試合目はこの後すぐ行うから各自準備しておくように』


 鞘師先生がボックスを脇に抱えたままステージから降りた。


【準決勝第1試合・氷堂真冬ひょうどうまふゆVS暗空玲於奈あんくうれおな


【準決勝第2試合・火野ひのいのりVS岩渕周いわぶちあまね


 観戦モニターに準決勝の組み合わせが表示された。

 1試合目から氷堂対暗空の特待生対決だ。

 特待生同士の対戦は過去に記録が無いからかなり盛り上がることが予想される。


 2試合目は万物を焼き斬る火の魔剣・紅翼剣フェニックスの使い手である火野と常に想像の斜め上を行く岩渕との対戦だ。


 これまでの試合を振り返っても実力差はほぼ互角と言ってもいいだろう。

 どちらが勝つかわからない。


―2—


「なんだ真冬まふゆ、今日も負けたのか?」


「すみませんお父様。次こそは必ず勝ってみせます」


「その言葉はもう聞き飽きた。いい加減結果で示さないか。一体いくらお前に注ぎ込んでいると思ってるんだ。早く私を喜ばせてくれないか」


「は、はい」


 父の勢いに気圧され、小さい声で返事をする。

 父は机に肘をつき、実の娘に失望したかのような大きな溜息を吐いた。


「もういい、出て行きなさい」


 固く閉ざされる扉。

 部屋から追い出された私は、長い廊下をとぼとぼと歩く。


 三大財閥が一つ、氷堂ひょうどう家の一人娘として生まれた私は、幼い頃から英才教育を施されてきた。


 国数理英社の5教科に始まり、音楽、家庭科、美術などの専門科目もそれぞれ外部講師を自宅に招いて個別で指導を受けた。


 わからない問題があったらわかるようになるまで、付きっきりで丁寧に答えまで導いてくれる。


 父から学校に行く許可が下りなかったため、平日も祝日も関係なく、講師と勉強漬けの生活を送っていた。


 お金さえ注ぎ込めばどんな子供でも優秀に育て上げることができる。

 それが父の考えだった。


 そんな父の思惑通りにいったのか、高校3年生までで習う範囲を小学4年生の歳に習得し終えた。


 天才。

 周りの大人からそう褒められたが、同じ年頃の子供のことをあまり知らないまま育ってしまったので天才と呼ばれても実感が湧かなかった。


 勉強はひと先ず終わり。

 次に父が目をつけたのは異能力だ。

 実を言うと、勉強の合間に講師と異能力バトルの真似事はしていたのだが、本格的に私の異能力を伸ばす計画が父の頭の中で固まったらしい。


 氷を操る異能力。

 勉学同様、その道のプロと呼ばれる指導者を何人も招き、あらゆる角度から私の異能力の才能を開花させようという試みがなされた。


 ボロ雑巾のようにボロボロになりながら異能力の精度を上げる日々。

 初めの内はよく母に泣きついていたことを覚えている。


 それでもただがむしゃらに、必死に食らいついていると、とうとう指導者を圧倒するレベルまで到達することができた。


「もう教えることは何も無い」


 そう言って去って行く人もいた。

 そんなある日、私が13歳になった日のこと。父から外出するからついて来いと言われた。


 今まで外に出ることさえ許してもらえなかったのにどういう風の吹き回しだろうか。

 新しい訓練でも始まるのだろうか。


 私はこれまでの経験から父を疑っていた。


 やって来たのは、お偉いさんたちが集まるパーティー会場。

 父の話では、どうやらパーティーの余興で他の財閥の子供たちと模擬戦を行うことになったみたいだ。


 日本の三大財閥は、氷堂ひょうどう家、鷲崎わしざき家、あかつき家の3家系。

 その三大財閥の子供は、何の運命なのかたまたま同じ年に生まれた。


 大人たちは、余興という名目で子供を使い、勝敗をはっきりさせることでどの家系が1番優れているのか他の財閥や金持ちたちに示したいのだろう。


 巻き込まれる形になった私たちは堪ったもんじゃない。

 堪ったもんじゃないが、ここまで来てしまった以上投げ出すこともできない。


 私は、鷲崎家と暁家の子供と戦うしかないのだ。


 それに私は少なからず日々の鍛錬のおかげで自信がついていた。

 同世代の相手に自分の力がどこまで通用するのか確かめる良い機会だとプラスに考えよう。


 ワインが入ったグラスを片手に闘技場を囲む大人たち。

 闘技場には、子供が3人と審判1人。


 氷堂家からは私。鷲崎家からは目元の鋭い背の高い少年。暁家からは赤いメッシュの髪が特徴的な少女が集まった。


 バトルは全3試合の総当たり戦。

 私はバトルが始まってからの記憶がほとんど無い。


 ただ、徹底的に叩き潰されたのはトラウマとして記憶されている。


 そもそも生まれたときからのスペックが違い過ぎたのだ。

 彼らは生まれたときから頭のイメージだけで何でもこなしてきた人間。

 私はコツコツ努力をしてようやく身につけた程度の人間。


 学習速度こそ早かったのかもしれないが、結局根本的にあるものが違っていたのでは勝てるはずがない。


 家に帰ってから私は父に激しく叱られた。

 今回のような模擬戦が年に1度開かれるから、次こそ挽回しなさいと言われた。


 私は何のためにこんな辛いことをしているのだろう。

 私の人生なのに、これでは父の操り人形ではないか。


 私は自由を掴むためにこの学院にやって来た。

 そのためには序列1位にならなくてはならない。

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