第34話 憧れを抱いて
―1―
俺が中学校に上がる前、当時つるんでいた仲間からこんな噂を聞いた。
俺もその名前には薄っすらとだが聞き覚えがあった。
中学に入学してから学校中の不良という不良に喧嘩を吹っ掛けて回り、力技で全てねじ伏せ、あっという間に頂点まで登りつめたとかなんとか。
噂とは伝わる度に誇張されていくものだからそれが真実なのかどうなのかはわからない。
だが、土浦陸という男が中学で頭をはっているということは本当らしい。
会ったこともない小学6年生の俺たちの耳に入るほど強い奴がいる。それだけでワクワクが止まらなかった。喧嘩には自信があったからな。
同年代の連中が机に向かって鉛筆を走らせている間も俺は拳を振るっていた。
誰しもが異能力を持って生まれるようになって数十年。
近い将来、異能力による実力主義の世界に転換するときがくるはずだ。いや、もう変わってきているのかもしれない。
勉強なんてものに時間を割いている場合ではない。
今は、実力をつけるときだ。
俺は幼いながらに将来を見据えていた。
俺が発現した異能力は物体を浮かせるというもの。
相手を浮かせて吹き飛ばしたり、岩などを浮かせて命中させたりすることができる。
喧嘩はいつも相手が何か仕掛けてくる前に吹き飛ばして終わり。先制攻撃が何より1番強い。負けたことなんて1度も無い。
中学に入学して早々、俺たちは校舎裏に土浦を呼び出した。
土浦は嫌な顔一つせず呼び出しに応じた。学校の頭をはっている以上、下級生に呼び出されて逃げるなんて真似はできないからな。
俺たちはやって来た土浦を5人で取り囲んだ。
異能力を使用した5対1の喧嘩。誰がどこから見ても集団リンチにしか見えないだろう。
しかし、結果的に言うと、俺たちは返り討ちにあった。
全く歯が立たなかった。
口の中に広がる鉄の味。それが初めての敗北の味だった。
土浦は地面に転がっていた俺を見て話し掛けてきた。
「こんだけボロボロになっても目は死んでねーな。おい、お前、何て名前だ?」
「
「そうか。気に入った。お前、明日から俺の所に来い」
敗者は勝者に従う。
俺たち不良の中では、それが暗黙のルールになっている。
次の日から俺は土浦と行動を共にするようになった。
土浦は味方に対しては優しかったが、舐めてかかってくる奴がいたら徹底的に叩き潰す姿勢を貫いた。
そんな土浦の背中がカッコイイと思った。
俺はいつしか土浦の生き様に憧れを抱くようになった。
土浦が3年生で俺は1年生。
年数で言えば1年しか被っていなかったが、毎日濃厚な日々を送っていたため、それ以上長く付き合っていたような感覚がある。
1年の間でいくつも事件を起こした。
集団で他校に襲撃をかけたときは、マジで興奮した。
途中で邪魔が入ったり、色々あったが俺の人生の中であれより興奮したことは無い。
俺はこの人に一生ついて行こう。
そう心に誓った。
土浦先輩が異能力者育成学院に入学すると聞いたとき、俺は迷うことなくその後を追いかけることを決めた。
学院の試験に合格するために嫌いな勉強にも打ち込んだ。
そして、無事合格することができた。
また土浦先輩と学院の頂点を目指せる。
2人で新しい景色を見ることができる。
しかし、現実は俺が想像していたものとはかけ離れていた。
あの土浦先輩でも序列7位以内に入ることができていないという現実。
よく、上には上が存在すると言うが、土浦先輩の上には20人以上もいる。
俺もこの1カ月間独自に同学年を分析したが、特待生を始め才能のある生徒が数多くいることがわかった。
それでも土浦先輩には学院のトップになって欲しい。
そうは思うものの現実的にかなり厳しいということも理解している。
そのためには俺が全てを排除するしかない。
まずは同学年の排除だ。
入学式の日以来、土浦先輩が固執している
それと同時に2人の背後にいる
土浦先輩と作戦を詰める日々。神楽坂の後をつけて情報を集めたりもした。
そして、今日が作戦の最終日。
作戦が無事成功していればドームに千代田が来ることは無かった。
でも、千代田はドームに現れた。
つまり、それは土浦先輩が敗れたことを意味している。
思うようにいかない。
俺はこの学院でやっていけるのだろうか。
小さい世界で頭を取って満足していたのかもしれない。学院を甘く見ていたのかもしれない。
さらに視野を広げなくてはこの学院では生き残れない。
敗者は勝者に従うしかない。
この学院では敗者は死も同然。
負けたら全てを失う。
勝ち組になるには文字通り勝ち続けるしかないんだ。
―2—
『さあさあ、皆さんお待ちかね! 準々決勝最終試合が始まります! 特待生最強との呼び声高い
ステージ上の暗空が俺の顔を見て小さく微笑む。
入学式の日、バスの中で暗空の細くて小さな手に腕を掴まれたことがあったが、あれは女子の力じゃなかった。
異能力無しであの力だとすると、特殊な訓練を積んでいる人間としか考えられない。
まあ、そのくらいじゃないと特待生にはなっていないか。
「それでは準々決勝最終試合を始めます」
審判の
俺は正面に立つ暗空から視線を離さない。
「バトルスタート!」
先手必勝。
腕を前に出して暗空を吹き飛ばそうとするが、その暗空の姿がステージ上から消えていた。
ステージ上には身を隠せる障害物のような類のものはない。
『おっと! 暗空選手がステージ上から姿を消しました! これでは浮谷選手の攻撃も当たらない! 会長、予選でも見せていましたが暗空選手は別空間にワープできるみたいですね』
『別空間にワープして死角から突く。非常に厄介な攻撃だと言えるな』
厄介どころの騒ぎじゃない。
標的が消えてしまってはどうしようもない。
俺の異能力では相手が出てくるのをただ待つしかない。
「くそっ、動き回るくらいしかすることがねぇー」
ステージを走り回ったり、ステップを踏んで暗空が出てくるのを待つ。
いずれ攻撃を仕掛けるために出てくるはずだ。
「来たなっ」
背後に気配を感じて振り返ると、俺の陰から暗空が飛び出してきた。
手には漆黒の刀。
暗空はその刀を斜めに振り上げてきた。
「神楽坂の試合と同じ手で来るとは舐められたもんだぜ」
俺は一気に後方に跳び、攻撃を回避した。
その動作の中で右手を前に出す。よし、捉えた。
「逃げようとしても無駄だ」
あらゆる物体を浮かすことができる俺の異能力は俺自身も対象にすることができる。
つまり、俺は自由自在に空中飛行できるのだ。
俺の体が宙に浮き、暗空目掛けて一直線に飛ぶ。
一方で捉えた暗空の体も俺目掛けて飛んでくる。
異能力さえ発動してしまえば暗空でさえも逃れることはできない。
まるで磁石のS極とN極が引き寄せられるように俺と暗空の距離が近づく。
回避不可能の一撃で意識を刈り取る。
「うおおおおおおーーーーーー!!」
暗空が空中で刀を構えた。
バランスが悪い空中でも体勢を立て直せるとは、さすがの体幹としか言いようがない。
それなら――。
予備動作もなく、暗空を思いっ切り地面に叩き落とした。地面に衝突した衝撃で暗空が刀を手放す。
武器が無くなったことを確認してから再び暗空を引き寄せる。
丸腰になった暗空は腕をクロスさせて防御の構えを取ることしかできない。
「食らえッ!」
クロスさせた腕の横から暗空の顎目掛けて全力で拳を振り抜く。
確かな手応えを感じた刹那、俺は異能力を解除した。
勢いよく地面に落下し、砂煙を立てる暗空。
勝負はあった。
動かなくなった暗空を遠めで見ながらゆっくりと地面に着地する。
そして、保坂先生にバトル終了の合図を促すべく視線を向ける。
が、保坂先生は口を閉じたまま俺の背後を見ていた。
まだバトルは終わっていないとでも言いたげな表情だ。
「私の勝ちですね」
倒れている暗空とは別の暗空が俺の背後でそう囁いた。
「ぐああああーーーー!!」
次の瞬間、俺が振り返るよりも早く、暗空が俺の腕を漆黒の刀で斬り裂いた。
「降参だ。降参する」
「バトル終了。勝者、
ここでようやく保坂先生がバトル終了をコールする。
「おい暗空、なんなんだお前は」
痛む腕を抑え、ステージから退場しようとしていた暗空に声を掛ける。
声を掛けずにはいられなかった。
「浮谷くんが倒したのは私の分身です」
暗空が立ち止まり、倒れていたもう1人の暗空に視線を向ける。
すると、倒れていた暗空がドロドロに溶け出し、地面に黒い染みを作った。
暗空は自分の分身の最後を見届けると、何も言わずにステージから立ち去った。
【◯準々決勝2日目】END。
NEXT→【○準決勝】
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