〇神楽坂春斗の異能力
第30話 千代田が来ない
―1―
5月3日、準々決勝2日目の朝はどんよりとした天気の中で幕を開けた。
自室の窓を開け、空を見上げる。
「これは傘が必要だな」
厚い雲を眺めながら誰にでもなくそう呟く。
ドームに行くまでだったらギリギリ濡れなくて済むかもしれないが、帰る頃には雨が降りそうだ。
ネットの天気予報でも学院周辺の降水確率は軒並み高くなっている。
最近はしばらく晴れの日が続いていたから恵みの雨になりそうだ。
時刻は9時30分を回り、そろそろ待ち合わせの時間も近づいてきたので、傘を片手に家を出た。
目的地はもちろん異能力者育成学院ドームスペード。
今日は
西城自身がCブロックだったということもあって、今日の第1試合はかなり注目しているらしい。
第1試合は、
絶賛成長中の千代田と隠し続けた実力を露わにした岩渕。生徒の前投票では、岩渕にかなりの票が集まっている。
オレも岩渕のことは大会が始まる前からダークホースになるのではないかと注目していた。
試合を見た限りでは、まだ底を見せていないように感じたため、正直千代田が勝てる確率は低いだろう。
だが、勝負は戦ってみないとわからない。
昨日の第2試合のように一般生徒が特待生を破ることだってあるからな。
千炎寺が多重能力者だったということにも驚かされたし、火野の魔剣・
お互い手の内がバレている今、再び戦ったとしたら今度はどちらが勝つか予想できない。
その1つ前の試合、
明智はオレとの特訓で習得した新技をフルで使って攻めていたし、氷堂も多彩な氷技で攻守共にバランスが取れていた。
勝敗の決め手となったのは、やはり経験値の差だろう。
戦闘慣れしている氷堂には、先を読む力があった。
バトル終盤で見せた
『準々決勝2日目の実況も私、
ドームの傍に備えられている屋外観戦用スクリーンから滝壺のやや興奮気味の声が聞こえてきた。
今日行われる2試合が終わればそれぞれのブロックの優勝者が出揃うことになる。
つまり、1学年の序列4位までが決定するということだ。
そして、明日はトーナメント表の再抽選が行われ、いよいよ準決勝になる。
最後まで勝ち続けるのは誰か。
まあ、初戦で
それでも異能力を生かした技の数々を直接この目で見ておきたいという気持ちが無いと言ったら嘘になる。
―2―
「
「
「ううん、僕が早く着きすぎただけだから神楽坂くんが気にすることはないよ」
会場に着き、西城と合流したオレの目に観戦用巨大モニターの文字が飛び込んできた。
準々決勝2日目第1試合
準々決勝2日目第2試合
浮谷がここまで勝ち上がってきたのが少々意外だったが、他は順当といったところか。
ドーム内の観客席はまだ準々決勝だというのにほぼ満員だ。
すでに敗北した1年生を中心に上級生の姿も結構見える。
今年の1年生の実力を測りに来たのだろう。中にはスマホを片手にノートを開いている者もいる。
自分の序列が脅かされる存在かどうか上級生も気にしているようだ。
ベスト8に残ったメンバーなら上級生ともそれなりに良い勝負ができそうだしな。大会が終わったら下剋上システムによるバトルも多く開催されるかもしれない。
「いやいやー、こんなに多くのガールが私のために集まってくれたのかい? 申し訳ないが、今日のバトルも1分ちょうどで片付ける予定だからガールたちの期待には応えられないかもねぇー。まあ、せいぜい応援してくれたまえ」
ステージに出てきた
岩渕に緊張という2文字は無縁のようだ。
「おかしいな」
腕時計で時刻を確認した西城がステージを見つめてそうこぼした。
「どうした西城」
「千代田さんはいつも試合開始10分前にはステージに姿を見せていたんだけど、まだ来ていないようなんだ」
「トイレにでも行ってるんじゃないか?」
人が多い場所をあまり得意としない千代田のことだから、満員の会場はかなりのプレッシャーになっていることだろう。
緊張でトイレが近くなっているのかもしれない。
「そうだといいんだけど」
真面目な千代田が途中で物事を投げ出すとは考えられない。
予選2回戦の試合直前、明智からの伝言を伝えたときだって千代田は心から喜んでいた。
その明智が昨日負けてしまった訳だが、千代田は明智の分まで頑張ろうとするはずだ。
となると、千代田の身に何か不測の事態が起きたと考えた方がいいか。
「西城、5分前になっても千代田が来なかったらちょっと探しに行ってくる」
「うん、わかった。じゃあ僕はステージに千代田さんが来たら電話で連絡するね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
それから5分が過ぎても千代田が会場に姿を見せることは無かった。
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