第8話 総当たり戦

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 昼休みが終わり、異能力実技の授業が始まろうとしていた。


「うっ、外はちょっと寒いか?」


 学校指定のジャージ(半袖短パン)に身を包んだオレは、校舎裏のグラウンドにやって来た。4月になり、暖かくはなってきたもののこの服装はまだ少し早かったかもしれない。


「マジかよ。超広いじゃねーか。テンション上がるわ!」


 浮谷うきやとその取り巻きがグラウンドを見て子供のようにはしゃいでいる。まあ、高校生だからまだ子供なのだが。

 学校側は初めから学年全員で授業を行うことを想定していたのか、グラウンドもかなりの広さだ。ポイントシステムもそうだが、設備投資に対しても出し惜しむということを知らないようだ。


「あっいたいた! 神楽坂かぐらざかくーんっ」


 グラウンドをぐるりと眺めていると、背後から明智あけちの声が耳に届いた。

 交友関係が広く、女子からも男子からも人気があるのにどうしてオレばかり話し掛けてくるのか。

 友人が少ないオレからしたら大変ありがたい存在と言えるが、そろそろ周りの嫉妬の視線に耐えられそうにない。

 それにオレと親しくしていることで、明智自身にも何らかの攻撃が始まる可能性がある。できればそれは避けたいところだ。


「どうしたの?」


 上目遣いで心配そうな表情を向けてくる明智。


「いいや何でもない。長袖を着て来ればよかったなと少し後悔していたところだ」


「春とはいえまだ寒いよねー」


 明智も半袖短パンという服装だった。

 制服の上からだとあまりわからなかったが、その、胸の主張が激しいな。明智は着痩せするタイプだったのか。まだ服は着てるけど。

 あまりジロジロ見ていたら不快感を与えかねないため、すぐに視線を逸らした。


千代田ちよだは一緒じゃなかったのか?」


風花ふうかちゃんは御手洗いに寄ってから来るって言ってたよ。もうすぐ来ると思うけどっ」


 オレと明智がグラウンドに向かって来るジャージ集団に視線を向けると、右に左にキョロキョロ首を動かす千代田の姿が見えた。

 千代田もこちらに気付いたのかパッと表情が明るくなる。


「すいません、遅くなりました」


「授業には間に合ったんだし、全然謝ることないよ風花ちゃん。ほらっ先生が呼んでるから行こっか」


「チャイムが鳴ってるぞー。早く集まれー」


 先ほどバトルポイントとライフポイントについて説明してくれた鞘師さやし先生と保坂ほさか先生がグラウンドの中央に立っていた。


「よーし、それじゃあ午後の授業の流れについて簡単に説明する。まず最初の20分程度はウォーミングアップも兼ねて各自で体を軽く動かしたり、異能力を発動したり自由に動いてもらう」


 これだけグラウンドが広ければ各々動き回ってもぶつかることは無いだろう。

 昨日結成した自主練組の3人でアップするのが良さそうか。

 そう思っていると、オレの両サイドから明智と千代田の視線が飛んできた。考えていることは同じ、か。


「アップが終わり次第、1対1の総当たり戦を行う。とは言ってもこの人数だ。全員と当たることは難しいだろうな。よって今回は時間で区切ってローテーションしていく形にする。ペアはお前たちで適当に決めるように。ただし同じ相手と2度対戦することのないように。説明は以上。それじゃあアップを始めろ」


 鞘師さやし先生の指示で生徒が散り散りになった。

 オレと明智と千代田は、グラウンドの隅の方に陣取り、ストレッチを行うことにした。


「わ、私、初めての実技の授業で総当たり戦って聞いて、まだ心の準備が」


「私もだよ。皆もそうなんじゃないかなっ?」


 明智が足を伸ばして座る千代田の背中を優しく押す。


「明智は緊張してるようには見えないけどな」


「そうかな? これでも心臓バクバクだよ。ほらっ触ってみて」


 明智が千代田の背中を押す手を止め、その手をオレに伸ばしてきた。

 心臓の音を確認するということは、明智の豊かな胸にオレの手が触れてしまうということになる。明智はそれを理解しているのだろうか。

 世の男子高校生なら喜んで飛びつくところなのだろうが、オレは目の前に伸ばされた明智の綺麗な手を見て固まった。


「疑った訳じゃないんだ。だから——」


 瞬間、オレは自分の手に触れた柔らかい感触が何なのか理解できなかった。

 いや、頭が追いつかず、理解するのに時間がかかったというべきか。


「ねっ、ドクンっドクンって鳴ってるでしょ」


「あ、ああ、そうだな」


 明智がオレの手を掴んで自分の胸に押し当てたのだ。

 服の上からでも胸の弾力が、吸い込まれるような優しさが伝わってくる。


「えっ、えっと、2人ともいつまでそうしてるんですか?」


 千代田が頬を赤くしてオレと明智を見上げていた。


「あっ、ごめんね神楽坂くんっ」


 明智がオレの手を離した。千代田の言葉でようやく自分が何をしていたのか理解したみたいだ。


「こっちこそなんか悪かった」


「ううん」


 オレが謝る必要は無かったのだが、気まずい雰囲気になりかけたので一応謝っておいた。後から関係がこじれたら面倒くさいしな。明智とは今の関係を継続させておきたい。


 周囲の様子はというと、準備運動をすでに済ませ、異能力の試し打ちをしている者が出始めていた。

 一方でアップもせずにただただ時間が過ぎるのを待つ者もいた。その中でも岩渕周いわぶちあまねの姿が特に目立っている。

 授業の流れが説明された場所から1歩も動かず、視線は腕時計に落としている。


(時間を計っているのか?)


「よしっ、それじゃあ今から総当たり戦を始めるぞ!」


 岩渕が顔を上げるのと同時に鞘師先生の掛け声がグラウンドに響いた。


「バトル開始の合図は私と保坂で出すからとりあえず対戦相手となるペアを組め。勝利条件は相手が降参するか戦闘不能になるかの2つ。多少派手にやってもらっても構わない。私の異能力でどうとでもなるんでな。とは言っても命に関わるような攻撃は禁止だ」


「ティーチャー、私は気分がすぐれないから保健室にでも行こうと思うのだがいいかい?」


 とても気分が悪そうには見えない岩渕が笑みを浮かべながら鞘師先生の元に近づく。


「岩渕、保健室の場所はわかるか?」


 鞘師先生は岩渕の態度について触れることは無かった。しかし、教師として体調不良を訴える生徒を放ってはおけないのか最低限の対応はするといった様子だ。


「さあ、そこら辺にいる人にでも尋ねてみることにするよ。クククッ、私としたことが初めての授業で緊張していたのかもしれないな。全く我ながら情けない」


「そうか。すまないが、誰か岩渕を保健室まで送ってくれる人はいないか?」


 岩渕と2人きり。何をされるかわかったもんじゃない。


「私が行きます! ここにいても戦闘向きの異能力じゃないから対戦相手の人に迷惑掛けちゃうと思うし、保健委員にも入る予定なので」


 活発そうな明るい少女が自ら岩渕の付き添いという外れくじに立候補した。


「お前は浅香あさかちゆ、だったか。悪いが頼んでもいいか」


「はい、頼まれましたっ。よろしくね岩渕くん」


 浅香は鞘師先生に敬礼をしてみせると岩渕に声を掛けた。そして、そのまま1人テクテクと保健室に向かって歩いて行く。


「クククッ、変わったガールもいるものだねぇ」


「岩渕くん、保健室はこっちだよ!」


 浅香が動こうとしない岩渕を不審に思ったのか再び声を掛けた。


「私としたことがレディーに気を遣わせるとは。ティーチャー、それでは私はこれで失礼するよ」


 岩渕が軽く手を上げ、浅香の元にゆっくりと歩き出した。


「皆さん、授業を再開するので早くペアを組んで下さーい」


 鞘師先生の陰に隠れていた保坂先生が手を叩いてペアを組むよう促した。


「神楽坂くん、どうしよっか」


「明智は千代田とペアを組んでいいぞ。オレは他を探してくる」


 鞘師先生の説明を聞いてからこうなることはわかっていた。

 この場に150人以上もいるんだ。誰かしら余っている人はいるだろう。

 だが。


「おかしいな。もしかして余ってるのはオレだけか?」


「全員ペアを組んだか? おいなんだ、まだ組めてないじゃないか。お前名前は?」


「神楽坂です」


「誰か神楽坂とペアを組んでやってくれ。152人いるはずだ。まだ組めてない奴はいないか?」


 鞘師先生が大声でそう叫ぶ。恥ずかしいから止めてほしいがそうもいかない。


「おい誰か——」


「先生、僕が神楽坂くんと組みます」


 大教室で教師いじめを行った浮谷うきやグループにたった1人で立ち向かった西城さいじょうが爽やかな声でそう言った。


「よしっ、ではこれより総当たり戦1回戦を始める!」


 鞘師先生が通る声で宣言する。


「神楽坂くん、僕は戦闘向きの能力じゃないんだ。お手柔らかに頼むよ」


「わかった。1戦目だし西城に合わせる」


 オレと西城のそんな短いやり取りの後。


『「バトルスタート!!」』


 鞘師先生と保坂先生の声が重なった。

 その直後、グラウンドの半分が氷で覆われた。まさに一瞬の出来事だった。


「ギ、ギブアップ」

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