第9話 氷の女王

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 4月に入り各地で桜の開花情報が発表され、春の訪れを感じ始めていた今日この頃。まあ今日は普段と比べて寒かったのだが。

 それでもグラウンドに氷の花が咲くとは誰も思っていなかっただろう。


「驚いたな。まさか一撃で全員を戦闘不能にしてしまうとはね」


 オレと向かい合う西城さいじょうが吐く息を白くしながら呟く。

 オレたちがいるグラウンドの半分より向こう側。その地面のほぼ全てが厚い氷で覆われていた。

 たった1人の少女の周囲を除いて。


 氷の結晶のようにキラキラとした銀髪は肩まで伸び、透き通った綺麗な蒼眼が氷漬けになった相手を静かに見つめている。


氷堂ひょうどう、お前は少し加減というものを知らないのか」


「えっ? 鞘師さやし先生が言ったんじゃないですか。多少派手にやってもらって構わないって」


「それにしても限度というものがあるだろ。これでは授業にならん」


 僅かに聞こえてくる鞘師先生と氷堂と呼ばれた少女との会話。

 戦闘の最中だというのに西城も彼女に視線を奪われていた。


「なあ西城、彼女を知ってるか?」


「もちろんさ。彼女は氷堂真冬ひょうどうまふゆ。神楽坂くんもどこかで1度は聞いたことがあると思うけど、あの氷堂財閥のご令嬢だよ。見ての通りバトルの腕も折り紙付きさ」


 氷堂財閥といえば、日本でも3本の指に入るほどの力を持っている財閥だ。

 彼女の攻撃はたった1撃しか見ていないが、かなりの実力者であることは疑いようがない。


 氷堂真冬の正面に立つ対戦相手の少年だけではなく、その周囲にいたほとんどの生徒の下半身が氷漬けにされており身動きが取れなくなっていた。

 鞘師さやし先生と保坂ほさか先生、炎系統の異能力が使える生徒たちで氷を溶かして回っている。


「この学校には特待生制度があることは知ってるかな?」


「ああ、パンフレットにも載ってたな。それがどうかしたのか?」


 入学試験で学校が定めた基準を大幅に上回った生徒は特待生として扱われる。

 特典としては、入学したその瞬間からバトルポイントを100ポイント付与されるらしい。

 つまり、出だしからオレたちとは差がついているという訳だ。

 そして、この話の流れから行くと。


「氷堂さんが今年の特待生の1人だよ」


 宙に舞う氷の結晶が太陽に反射して眩しいのか、それとも特待生の氷堂の実力を目の当たりしての反応なのか、西城が目を細めながらそう言った。


「そうなのか。西城、氷堂が特待生の1人ってことは他にも特待生がいるのか?」


「そうだね。今年は3人出たみたいだよ。僕が独自に集めた情報だけど、2人目はあそこで刀を持ってる赤髪のカッコイイ彼」


 西城が指を差した先に物凄い速さで刀を振るう少年の姿があった。


「名前は千炎寺正隆せんえんじまさたか、この間行われた世界一の剣士を決める大会で優勝した千炎寺正嗣せんえんじまさつぐの息子だって昨日、本人から聞いたんだ」


「世界チャンピオンの息子か。確かに動きに無駄がないな」


 千炎寺の対戦相手は千炎寺と同じく刀使いの男だったが、終始千炎寺が優勢のまま勝利を収めた。


「3人目は?」


「3人目は、えっとどこにいるかな? あっ、いたいた。ちょうど僕たちの対角線上にいる黒髪の彼女。暗空玲於奈あんくうれおなさん」


「ふっ、なるほど」


「もしかして暗空さんと知り合いだった?」


 オレが鼻で笑ったことから西城はそう思ったらしい。案外勘が鋭い奴なのかもしれないな。


「この学校に来て初めて話したのが暗空だったんだ」


「そうだったのか。暗空さん、僕と話してるときもそうだったんだけど、言葉数が少ないと言うかミステリアスな感じ? だったんだよね。相手に必要以上の情報を与えたく無さそうな。神楽坂くんが話したときはどうだった?」


「独特な雰囲気を持った子だとは思ったけど、別にそんな風には感じなかったな」


「そっか。暗空さん、神楽坂くんには心を開いてるのかもね」


「そんなことないと思うぞ」


 脳裏に暗空が薄っすら笑みを浮かべてる姿が映ったが、すぐに打ち消す。

 暗空の場合、オレに心を開いているというよりは、オレに興味を持っているってところだろう。


「バトルを中断させてすまなかった! 準備が整ったから対戦相手を変えて仕切り直すぞ!」


「時間も無いから近くの人と組んで下さい!」


 鞘師先生と保坂先生がグラウンドの両サイドに分かれて呼びかける。


「神楽坂くんと話せて楽しかったよ。バトルはできなくて残念だったけどね。よかったらまた時間があるときにでも話し掛けてもいいかな?」


「ああ、もちろん。いつでも待ってる」


 西城が立ち去り、再び対戦相手探しへ。

 グラウンドにいる生徒の数は152人。偶数だからペアが組めないということはないが、また最後まで残ったら恥ずかしい。


 次々と新しいペアが生まれていく中、オレはペアを組み損なった人物を探す。

 すると、グラウンドの反対側でオレと同じようにキョロキョロしている少女がいた。


 綺麗な銀髪に深い蒼眼の彼女。

 特待生の1人、氷堂真冬ひょうどうまふゆだ。


 あれだけの実力を見せつけた後では、誰もペアを組みたがらない。孤立するのも必然。オレは真っ直ぐ彼女の元に足を進めた。


「もしもーし、あんた特待生なんだってな」


 背後から声を掛けた。


「なんですかいきなり人の背後から。失礼じゃない」


「悪い。そんなに怒るとは思ってなかった」


 強い口調と冷たい視線を浴びせられてさすがのオレも驚いた。


「それで用件は?」


「いや、まだペアを組む相手がいないならどうかなと思って声を掛けたんだ」


「そう、いいわよ。でもやり過ぎるとまた鞘師先生に怒られてしまうから手加減してあげる。それでもあなたには十分かもしれないけど」


 自信満々に氷堂が言う。

 恐らく負けたことが無いんだろうな。


「感謝する。でも手は抜かなくていいぞ。手を抜かれたバトルほどつまらないものは無いからな」


 手を抜かれては特待生様がどれほどの実力か測ることができない。


「へぇー随分と言うわね。そこまで言うならわかったわ。一瞬で終わらせてあげる」


 彼女の氷の異能力のせいだろうか。氷堂の体から強力な冷気が漏れている。

 総当たり戦、2回戦が始まる。

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